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自立した手


 京都に電車で行って横断歩道で信号待ちをしている時に、ぜひ障害者の応援をしてください、と募金を募っていた。全然少しだけを募金するとポチ袋をくれた。車椅子などを買うという、円応教の募金だった。 パンフレットには「世の中の道具として働く」ことが円応教の教えの根本にある、と書かれてあったので、それを読んだ時に眉間にシワが寄った。彼は自分が自分としてしっかり立っているという自覚を持ちたい。宗教考え思想理念主義想念思念哲学観念ありとあらゆるそれぞれに理由があるはずだから、それに違和感を持ったり同調している場合なんかではなく、自分を早いこと立脚させなさい、と彼は自分に思った。正しいとか悪いという定規自体が間違っている。思っても批判しないということを身体に染み込ませること。
 北新地でお客の男性女性1:2を三人乗せて、一人の女性は立てないくらい酔っていたので、最初に彼女から送る。男性はその女性とちょっと深い関係という感じ。酔った女性をマンションに送って待って、次はもう一人の女性を送ることになった。男性は最後。「ところで」と男性は言う。「ところであいつには彼氏がいて俺は知ってもいるし、俺には嫁がいる。そう言う関係だけど、どう思う」女性は「ルールがあるからなあ」と言う。「ルールなんて破るものや」と男性。少し若い短い髪の、黒いポロシャツとジーパン。「破ったらダメなものもあるでしょう」と女性。女性は綺麗にまとめた髪の毛が全然乱れていなくて、そのセットは女性の性格とフィットしてるように思った。早朝の堺筋の車は混んでないけど速度がみんな早い。「じゃあ今からどうしようか」と男性は言い、「それぞれ帰りましょう」と女性は言う。「ええやんか」と小さい破裂音、「だめ」と衣擦れで、ミラーは絶対見ないように。「なんでなんええやろ」「だめ〇〇ちゃんがいるやん」「あいつも好きにやってるやん」「そう言う問題じゃない。ダメです」「ええやん」「だめ」「ええ」「だめ」男性は急にブシュー、と言う息を吐いて女性に「勝ちたくないの」と聞いた。「ええ?」「だから勝ちたくないの」「そりゃ勝ちたいよ。でもそういうんじゃない」「明日シャンパン二本入れようか」「それは〇〇くんやり方汚いよ」「汚くてもいいよ。勝ちたくないの」「汚い」と言って衣擦れと破裂音が続いた。「じゃあセックスはせんとこう。その手前まで」「何言ってんの」指定目的地に着き、女性は降りようとして、男性はお金を払って女性を追いかけた。窓の外では声は聞こえないけどさっきまでのやり取りが続いていて、二人はコンビニに入った。出てくると二人は彼の乗ったタクシーの横を通り過ぎて、もしかしたら男性はもう一度タクシーに乗るかもしれない、諦めるかもしれないと彼は思って二人の方を見た。すると女性はキッと前を向いて、朝日に顔をしかめてシラフの表情で二回、手の甲をこちらに向けて下から上へ振った。「行きな」と言う感じだった。部品でも道具でもないしっかり立った指と手があった。ひどく感動したけどミラーはしばらく見れなかった。

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