マガジンのカバー画像

自作短歌一覧

42
noteで公開済みの自作短歌をまとめました。
運営しているクリエイター

#短歌連作

【連作短歌】 旅立ち

生き終えた樹木が朽ちてゆくようにわたしの湖(うみ)も乾きはじめる なつかしい匂いの部屋に包まれて時計の音に別れを告げて にんげんのかたちを解いて生命のはじまりの夜を迎えにいこう ひび割れた記憶の束はぜんぶぜんぶベッドの上に置いて、わたしは ひかる窓ひかる天井ひかる扉(ドア)ひらいてひかる道がうまれる 澄みきった青い空へとつづく道 眩しくてそう、なにも見えない なにもかもひかってるからもうわたし光らなくてもだいじょうぶだね やすらかに眠れわたしが呼吸する機能を終え

【連作短歌】蟹のいる生活

青痣が消えない点滴針の痕 終末前夜をどこまでも行く 血のにじむ絆創膏を剥がすとき無音の白い空間が来る 肝臓に棲む黒蟹の消息をきくたびに潮騒がうまれる 遺伝子の捩(よじ)れた蟹にぴったりと寄り添うような波をください 両肺に水玉模様の火を宿し浅瀬で泳ぐように息して 黒蝶ひらり万緑をゆく病む肺のようにひろがる翅ひややかに 天上の糧はこの世で食べたいね雪の香りのアイスクリーム 生きるとは別のいのちを奪うこと呼ばれた順に旅立つキウイ わたしより前(さき)に薬を試されて逝

【連作短歌】青葉のコード

紫陽花の珠がほどけてきらきらの蕊が地球を芯から照らす 鶯がまた口ずさむ六月のアリアに森の声が重なる 龍の庭にプラスチックの遺物あり ヒトは何処でもピクニックする QRコードが埋め込まれた青葉たまに雀も読み込んでゆく ウイルスの生きのびかたを称えつつ新たなランナーとすれちがう 世界がずっとくだりだったらいいのにね 坂道を降りきって夕風 青梅雨の死が近づいてくるようなやさしい音に触れつつ、前へ

【連作短歌】踏まれた薔薇

殺意閃くさくらばな殺す側にわたしはきっとなれないでしょう      * 心臓が裂かれる音をきいていた箱庭の薔薇踏みしだかれて 花には花の痛みがあってこの夜も誰かが水の包帯を巻く 花の文字、薔薇の言葉を解さないヒトらの靴の裏で花片は どの薔薇も怯えたように目を伏せて内なる空を吸い込んでいる 怒りには土を かなしみには海を 溶けない痛みには月の瞳(め)を 知りすぎたたましいはもうぼろぼろで焼けたベンチに凭れて祈る 薔薇を踏むヒトのこころは歌えない踏まれた痛みしかう

【連作短歌】春の回廊

春が来る 眠れる土に高らかなボレロを響かせて春が来る アーモンド、杏、さくらに似た花をあつめて春の回廊とする 三月の風の針先つついたら染井吉野のけはいが覗く 四月にはいろとりどりのキャンディーが空からこぼれおちてはひらく 冬鳥の消えた池には龍が来てみどりの声を意訳している 乱視の眼、貸してあげるね。木洩れ陽がイルミネーションみたいにずっと 昨日より淡いさくらのまなざしを風のデータに閉じ込めてゆく 騒ごうよ サービス精神旺盛な孔雀に羽根を分けてもらって 春暮れて

【連作短歌】沈みゆく春に

花びらにひらりひらりとウイルスを宿しいのちを削る桜よ 恋じゃない恋じゃないけどこんなにも掻き乱される見えない君に 綻びてゆくシステムは日常の息の根をゆるやかに縛って 春の陽を感じていよう咳をしただけで独りになる車両でも 祈るように手を洗いつつ沈みゆく春のひと日をひそやかに抱く 週末は超カラフルなマスクして知らないひとと接触したい カフェオレを手に純粋な死について語り合えた日を奇跡と憶う

【連作短歌】 午前27時のLove Letter

目が合った瞬間(とき)をぼくらは忘れてる波打ち際で鳴るファンファーレ 誤字すらも可愛い君のmailから感染したい どうせ飛ぶなら ぼくたちの痛さ苦さも溶けてゆき溢れて海は永遠になる 吊り橋の上でぼくらは遥かなる波に呑まれぬように離れた 百億年のちの宇宙へ歌を産もう このまま君を滅ぼす前に 詩歌とは、媚薬。あなたのたましいの翼となって虚空に果てる 太陽系焼き尽くすほど恋してた惑星ぜんぶ道連れにして いつまでもそのままでいて双子星(ポルックス)あなたの息が光跡になる

【連作短歌】見えない戦争の時間です

言の葉の渦巻く海よ水中で目には見えない戦争がある 奪うより与えることを選んだら今しも骨になりそうな月 バーチャル鬼ごっこの鬼たちは月の裏で朽ち葉をかぞえていたが 欲望がせめぎあう夜この惑星(ほし)の芯をふるわすほどの痛みを 水晶を愛したことは罪じゃない(忘れないのは水晶の罪) 降臨を待ちのぞむ日を 液晶の窓の向こうの気が荒れる日を 冬天の感極まって潤んでる星があなたの歌を奏でる 暗黒の宇宙ひろがりひと筋の白い吐息の抵抗のあと じゃんけんをしようかぼくの聖域とき

【連作短歌】エレベーターで上がったり下がったりした日

透明な種として過ごしたい街で個体識別されて冬空 高層ビルの窓に映った青空と雲と高層ビルがまぶしい シースルーエレベーターに運ばれてこのまま一人で昇天したい あすの朝ゴジラに変身していたら私がビルを踏みつぶす番 二〇〇メートル下りれば歩道を人類があるいていたので私もあるく いつの日か廃墟となって堕天使がはしゃぐ駅前バベルの塔よ ビル風に殴られながらシャッターを押すゆびさきが無言のままだ ◎初出: http://newmoon55

【連作短歌】地下劇場の王国より

パペットの糸切れたあとその瞳(め)にはひかりが宿る やがて開幕 観客がわたし独りの劇場に轟きわたるオラクルの蒼 道化師がバビブベぼくの鼻先で告げる世界をはみだす呪文 真実は劇薬だからすこしだけ朝のスープにそそいであげる 錆びついたメロディーよりも熱い嘘 過激なほうを取り分けるから 托卵の歌とき放て明日にはきっとわたしがあなたを超える 硝子戸の前に立っても開かない自動ドアではない板硝子 何処へでも行けるIC乗車券かざして月の改札口へ 何周も同じ楕円をめぐりつつ 

【連作短歌】ヘモグロビンが足りなくなる日

鮮血がほとばしる日を(おだいじに)鉄の錠剤しろく煌めく 赤血球白血球をかぞえたら私の肺に吹くあかい風 いつもより賑やかに鳴る鼓笛隊むねに抱えてのぼる階段 血を流しまた血を流し残された血が体内をまためぐりゆく 子宮から剥がれ落ちた血は裏側でいつか誰かの体液になる 産むまいと決めても性の規定によりもれなく月経はついてくる

【連作短歌】水の領域

龍の庭、その結界に触れるときかつてわたしも森だったこと あと一歩踏み出せばほら、ここからは水の領域 うたがうまれる たましいに鳥の刺青いつだって翔べる準備はできていたんだ 水が空を恋うように気がつけばまた ぼくらはとおく月をみていた 川面には光がさやぎ終わらない夏をあなたはいつまでも追う けれどいま終着駅を過ぎたこと うたがわたしにおしえてくれた なにもかも諦めた日のミントティーわたしに水の記憶が満ちる あとはもう眠るばかりの千年を 水底のメドゥーサの燐光 夕

【連作短歌】ありふれた夜のために

 *「生まれてこなければよかった」と叫ぶすべての魂に、この連作を捧げます。 新月の闇から闇へ谺(こだま)する無邪気な夢魔の宣戦布告 まなうらの水晶宮の奥深く誰もが孤独な王となる夜 眠ってる星の記憶を辿りつつわたしを使役する電子音 星と星ゆき逢う宙(そら)をつきぬけて無数のノイズ君のシグナル 彗星とすれ違うとき完璧な夜をまっぷたつに裂くベルが 世界征服と世界平和の微差を問う声ひそやかに睡蓮の朝 地下鉄が唸る誰もがざらついた憂鬱を飼い馴らす火曜の いつか来るその日

【連作短歌】芒果色の日曜日

太陽の汁が滴るマンゴーの果肉に花のような歯形を クリームの白を掬えばスプーンが踊りはじめるきらきらワルツ シャーベットしゃりしゃり恋に墜ちるときこめかみを突くちいさな芽吹き 蜜色のゼリーそれよりクリームの泡にまみれて溺れたいのに ひとくちが遠い記憶になるまでを太陽の舌先でなぞって ひとりパフェひとりで終える日曜の夢の際(きわ)までマンゴーが降る