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3時間の旅による紀行文

 私は時々、旅に出たくなる時がある。

 ここにいてはいけない。

 そう突然感じ、衝動的に「ここじゃないどこか」へと向かうのだ。


 今日の私もそうだった。

 午前中、理由も分からず大泣きし、目が腫れたまま昼食のスコーンを頬張った。そして淹れたての紅茶を一口飲んだ。

 ここにいたくない、と思った。

 どこかへ行きたかった。

「に」と「へ」の違いって知ってる?

 どこかに、は到達点が見えている時。

 どこかへ、は到達点が前者よりも曖昧。


 私はどこかへ行きたかった。


 そんな私は持て余した休日の時間を旅に使おうと思った。誰かに会う訳でもないのにお洒落をした。慣れないコンタクトを入れ、顔色の悪い顔面をメイクで健康的な色味に変えた。出かけるための準備を終え、冷めきった紅茶を口に含むとダージリンの香りが広がった。


 雨が少し降っていたから、「一応」持ってきた折り畳み傘をさした。

 駅に向かう途中、ヘアスプレーを後ろ髪に振りかけるのを忘れたことに気がついた。まあいいや、と思った。

 去年の夏に買ったTシャツのよれた首元を気にしながら地下鉄の一日乗車券を握りしめ、駅の改札を通った。

 

 電車を降りると雨が少し強くなっていた。


 新作コスメを見にファッションビルに入ったが新作コスメはまだ発売していなかったので、本屋に行き本を買おう、と思った。

 

 本屋に着いた頃、ストレートアイロンでセットした前髪は湿気でチリチリになっていた。コンタクトを付けているからか目が染みる。瞬きを多めにしながら目当ての本を探した。


 しかし買いたかった歌集は売っていなかった。前来た時は売られていたのに。代わりに欲しかった小説と短歌の入門書を図書カードで購入した。


 試し塗りしたアイシャドウのラメが手の甲でちらちらと光る。出かけた先で得たものは本2冊と手の甲で光るラメだけなのか。


 私はコンビニへ行き、過去に書いた小説を冊子印刷しようと思った。

 しかし、途中で急にやる気がなくなったので行くのをやめた。


 衝動的に行動することもあれば、衝動的に行動することをやめることもあるのだ。


 終点まで電車に揺られようと思い、駅に向かった。駅の近くに百貨店があったので入ると、デパコス売り場が目の前に広がった。


 エスカレーター付近でCHANELのBAさんが香水のムエットを持って立っていた。私にはそれを貰える自信がなかった。自分なりに精一杯のお洒落をしてきたはずなのに私はなぜだかそれを貰えないと思った。


 しかし、BAさんは私にムエットを渡した。


 私も百貨店を歩くだけでCHANELのBAさんから香水のムエットを貰える年になったんだなぁ、と感慨深かった。初めて嗅ぐCHANELの香水は私には良さがよく分からなくて大人の香りに酔いそうだった。私がデパコスを身につけるにはまだ早いのか。


 その後エスカレーターで上の階に移動し、キャラクターショップに入った。心はときめかなかった。キャラクターよりも、好きじゃない香りのCHANELのムエットに心は惹かれていた。


 これが私がムエットを貰えた理由なのだろうか。


 駅に着くとなんだか私は疲れてしまい、結局終点まで乗らずに家へと向かった。


 雨はまだ降り続いていた。


 家に帰ると夜ご飯の美味しそうな匂いがした。

 洗面所で鏡を見るとアイラインが滲んでいた。


 トートバッグにムエットを入れたはずなのに自分の体からCHANELが香った。


 こんな感じで私の旅が終わった。

 

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