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しっていた

好きな人のこと、客観視したときに恐ろしくなるくらい隅々まで好きになれるタイプなんだけれど、それを当の本人に伝える事ができない。たとえその人と両思いになれたとしても。

ひと目見た時から美しいと思っていた人類が、巡り巡って自分のことを好きになってくれた事があったけれど、私はとうとう、別れの時がくるまで、”あなたが全部知ったら気持ち悪くなっちゃうくらい、わたしあなたの事が大好きですよ”って、伝えることができなかった。

気持ち悪いくらい大好きな人に、気持ち悪いと思われるのが恐ろしくて、最後までなんでもないふりをしてしまった。

気持ち悪いくらい好きになっちゃった人に対して、わたし気持ち悪いくらいあなたの事が好きなんです、と言える日なんて、来るものなのか。

私と彼がお互いを好きでいた頃、彼の顔を褒めたとき、彼が信じてくれなかったことを覚えている。ありがとう、でもそれはわたしちゃんに色眼鏡がかかっているからだよ、と言われたことを覚えている。

彼の顔の事を美しいと思う人は限られているらしかった。しかし当時の私はというと、他の誰にも彼を見せたくないくらい、彼がアルバイトで時々行っていた、塾の教え子にすら嫉妬してしまうくらい、誰しもが彼を素敵に思うに違いないと完全に信じきっていた。

私は彼の横顔の美しさを知っていた。彼の真顔が神秘的にすら見えることを知っていた。彼の笑顔が狂おしいほど可愛らしいことを知っていた。彼の大きな大きな笑い声がいつも場の空気を和やかにすることを知っていた。彼の髪がいかに柔らかく、いかに艶めくかを知っていた。彼のほくろがどこにあって、それがどう可愛らしいのかを知っていた。くちびるの形が愛らしく、どんな感触がするのか、そしてどんな時に乾燥するのか、それがどれほど愛しいかを知っていた。眉毛はひとつの方向を向いて生えそろっていて、自然のままで美しいことを知っていた。彼の首筋の筋肉がどう美しく浮き出るかを知っていた。日焼け止めなしで白く美しい彼の肌を知っていた。彼の瞳がどれほど個性的な色をしているのか知っていた。彼の瞳が自然光に照らされるとどれだけ明るく美しく輝くのかを知っていた。めがねを外すと意外と目が大きく、度の強いメガネでは一重に見える目が、実は二重なことを知っていた。まつ毛が多く長く、実は可愛らしい顔立ちをしていることを知っていた。私は彼の独特のセンスを愛していた。彼の瞳に映る色は、他の人よりも少ないことを知っていた。限られた色の中で表現をする、彼の写真を愛していた。私が絶対に買わない色の洋服を、見事に色彩をまとめてお洒落に着る彼を尊敬していた。

彼が魅力的なことなんて百も二百も承知、こんなにしっていた、しっていたのにしかし、それをひとつも、ひとつも上手に伝えられなかった 伝えられなかった 伝えられなかったのだ。


私にうまく愛を注いでくれる彼にひとつたりとも、


気持ち悪くなりたくない保身の気持ちで、ひとつたりとも、

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