本当のスクールカースト

 学生時代を振り返ってスクールカーストの話題を持ち出したり、中高生がそれらを取り上げて盛り上がったりしているのをよく見かける。わたしは決まった友達とばかり連んで、それ以外の人とはあまり仲良くしない質だった。そして、決まった友達というのは加虐性の弱い子達(腹の中で何を思っているかはわからないけど)だったので、わたし自身はスクールカースト的には低いところに居たのではないかと思っている。スクールカーストの話題を敢えて取り上げたりすることはあるけど、当時、スクールカーストを気にして過ごしていなかったから本当の自分の立ち位置とかみんながどうやって過ごしていたのかとか、正直よくわからない。ああいうののてっぺんにいる人って、加虐性の強い人だなと思う。それはなんとなくわかる。
 たぶんみんなも思っていると思うけど、スクールカーストって下らないよね。思春期特有の自意識の生んだバケモノだ。他人にどう思われているのか気になって仕方がない人たちが、勝手に怖がったり、支配してみたり、足並み揃えるために用意した枠組みだと思う。楽なんだよ、きっと。他人に興味がない人とか、自分対相手で接する人にとってはこの枠組みは全く作用しない。そういう生き方の方が建設的だなと思う。

 カーストって名前が付く割にはこの枠組みって脆いなと思う。なんか、現代的だよなって。わたしの通っていた高校の先生に、ヤンキー校でマンモス校出身の先生がいた。校内を箱を持った厳つい生徒が練り歩いて、教室に入っては「○○先輩が◇○高の女子を妊娠させてしまったからみんなでカンパして中絶費用を集めてる。○○円この箱に入れろ」と言って、集金することがザラにあったそうだ。一人一人の席の前まで来て箱を突きつける。その時、何部かを訊かれて、先生は柔道部ですと答えると「じゃあお前はいい」と順番を飛ばされた。年功序列で、部活動によってランクがある。そんな話を聞いた時に、そうだよこれこれ!スクールカーストってこれだよ!と思った。

 内面が作り出した振り分けシステムじゃなくて、出自によって差別されるものがカーストじゃんか。どの道くだらないんだけどさ。平和だなっていうか暇だなって思った。

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