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旅のにおい

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旅行記。みたもの、きいたもの、感じたことを記しています。
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ヨールカの上の生死

 ビシュケクのオシュ・バザールはアルマトイのセリョンン・バザール以上に、僕にとって魅力的だった。アルマトイのバザールも大好きだけど、ビシュケクのバザールはそれ以上にワクワクした。年末ということもあってそこに押し掛けるひとの活気がものすごかったからかもしれない。バザールの周りを取り囲むように露店も出ていて、僕はそこでバブシュカ(おばあちゃん)から暖かそうなウールの靴下を買った。森の中のトナカイの模様がかわいらしかった。言葉はキルギス語かロシア語であんまりわからなかったが、とにか

カザフのステップからビシュケクの道端へ/後編

 4時間ほど走り、キルギスとの国境付近のコルダイという小さな町まできた。ここで一度バスを降りて手荷物検査とパスポートコントロールを通過し、歩いてキルギスに入る。大きなゲートがあり、軍服を着た男たちが立っている横をアーチ型に囲われた通路を通る。建物の中に入り雑な手荷物検査を通過すると、その先の狭い部屋には行列ができていて、すし詰め状態だった。なかなか順番は回ってこないが、そこにいるいろんな顔の人間の中の一人として、ただ何者でもない、強いて言えば日本から来た日本人、としてそこにい

カザフのステップからビシュケクの道端へ/前編

  ─── 雪の降るビシュケクの道端で、頼りないプラスチックのコップに注がれたショーロを片手に乾杯した。  もうすでに出かけた人の足跡が綺麗な雪の上に残っていた。アルマトイの街の西側にあるアフトヴァグザール・サイランから国境を越えてキルギスのビシュケクへ向かう。近くのバス停でおりて、ターミナルへ向かう途中、「ビシュケク!ビシュケク!」とバックパックを持っている僕に大きな声をかけてくる男たちがいる。ここでも客引きだ。アルマトイからビシュケクまでは長距離バスで5時間半から6時間

若い青年のことば

 セルゲイとは昼下がりの街で別れた。よく晴れた気持ちのいい天気だった。青く高貴なモスクに積もった雪に太陽の光が幾度となく屈折して煌めく。相変わらず、なにをそんなに急ぐことがあるのかと思うくらいに車の波が押し寄せてくる。だけど山々の美しさが身体の中に染み込んでいたから心は豊かだった。宿に帰ってゆっくり休みながら明日向かうビシュケクの下調べをしようと思う。  夜になってキッチンに降りると数人が食事をしていた。「よっ、仕事どうだった?」。僕が聞くと、まあまあだねっという仕草でセルゲ

稜線を越えて、シルクロード

 約束通り、朝4時に目を覚ます。山に行くということで少しいつもより着込んでおこうと思う。1階に降りて物音のしない静まり返った部屋のソファに座った。遠くから、犬が吠える声が聞こえてくる。この街には野良犬もいるみたいだ。その声を聞いていると、どうしてか切なくなる。なかなかセルゲイが降りてこない。まあ急ぐこともないし、予定がずれることは承知の上での約束だ。5時を過ぎてようやくセルゲイが降りてくる。「ごめん、昨日寝たのが遅くて寝坊した」と言う。5時半に出ることになり、あたりが暗い中僕

天に登るコーランと羊の頭

 昨日は遅くに眠った。日本時間だと多分、夜中の4時ごろだろう。しかし時差の関係か、早くに目が覚める。アルマトイの時間で朝7時ごろには目を覚ます。夜明けを待つ青白い空。冬の時期の陽の出は朝8時半ごろのようで、日本に比べてずいぶん遅い。ベッドから窓の外を薄目で見ていると、外には背の高い針葉樹が2本、雪をかぶっているのが見える。  外の空気を吸おうと、着替えをして、玄関の扉を開けると白い雪に反射する光が目を刺激した。一夜明けた朝はとても気持ちがいい。あたりを散歩してみようと歩き始め

決別と白い息とアルマトイの街

朝8時に目を覚ました。冬の寒さに身震いをして着替えをする。この日12時20分のフライトで韓国ソウル仁川空港を経由して、カザフスタンのアルマトイを目指す。実に7年ぶりに海外へ行く。なぜ、カザフスタンかと?それは僕にもわからないが、なにもわからないところに行ってみたいと心が動いたからである。ロシア語を話すことが出来る友人から教えてもらった簡単な挨拶や質問の仕方など、わずかな知識を備えて飛行機に乗り込んだ。数日前から呼んでいた沢木耕太郎さんの『深夜特急第4巻シルクロード編』に出てく