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J-WAVE、達郎、バラカン、ときどき春樹と教授

去年、Spotifyのリスニング時間が年間44000分を超えた。時間に換算すると730時間超。日数に換算するとおよそ30日。一年のうち丸1か月間、寝ずに音楽を聴いていた計算になる。
「え?嘘でしょ?」
いえ、本当です。自分でも驚いたけど。

ラジオ生活
起きている限り、ほとんどの時間を音楽とともに過ごしている。
朝、目が覚めると、ラジオのスイッチをいれる。
「おはよーモーニング!」
J-WAVE「TOKYO MORNING RADIO」のナビゲーター、別所哲也が爽やかな声で東京の朝を告げる。
J-WAVEは季節や天気を合わせ、その日にふさわしい曲をオンエアする。
春。桜の開花予想が報じられる頃、レミオロメン〈3月9日〉がかかり、別れの季節を予感させる。4月に入るとTahiti 80〈Heartbeat〉が流れ、出会いの季節の到来を知らせる。
夏。花火大会が各地で始まる7月に入ると、aiko〈花火〉がかかる。蝉の泣き声が鳴りを潜め、鈴虫の泣き声が聞こえてくる頃にはフジファブリック〈若者のすべて〉が流れる。夏が終わる気配がラジオから次第に漂ってくる。
秋。トレンチコートが似合う気候になると、The Cardigans〈Carnival〉がかかる。さらに肌寒くなると、Bill Evans Trio〈Autumn Leaves〉が流れる。
冬。クリスマスにはBenny Sings & Clara Hill〈On Christmas Morning〉、大晦日はPrince〈Last December〉が定番。
ラジオはジャズに似ている。
2020年までオンエアされていたJ-WAVEのジャズ・プログラム「PRESIDENT THEATER」は、番組の最後をいつもこう締めくくっていた。
「ジャズはどこまでも自由でクリエイティブ。予定調和な人生よりもアドリブと想像力で命の輝く時間を生み出す。そんな生き方を教えてくれる」
ラジオもアドリブと想像力で音楽を楽しませてくれる。
DJやナビゲーターの感性、誰かのリクエストが展開を左右する。たった一人の音楽好きの熱量が、ストリーミングサービスのアルゴリズムでは届かない領域へとリスナーを誘う。

レコード生活
東京・渋谷のレコードショップで働き始めた2002年。世間は空前のレコードブームだった。自分もその波に乗り、店で働き始める前の高校時代から、店を辞めるまでの5年間で3000枚以上のレコードを集めるに至った。
出勤前、マンハッタン、シスコ、DMRに寄って、新譜の入荷状況をチェックする。昼前に出勤して午後に休憩に出たら、かにチャーハンを食べてからまたレコード屋に行く。休憩中は中古盤を中心に店を見て回る。
退勤後、深夜まで開いているレコ屋に顔を出し、馴染みの店員からプロモ盤やブートレグの情報を仕入れた。一日の終わりにはクラブに顔を出し、そのとき流行っている音楽をフロアでチェックした。
帰宅後、買ったレコードに針を落とし、盤を眺めながら一日を振り返った。一通り聴き終わると、レコード棚を見て盤をおさめる場所を考える。レコードを買っていた頃は、毎日がこんな感じだった。
レコ屋へ行くと、初めて見るのになぜか猛烈に惹かれる盤に出会う瞬間がある。店へ行かないと知る由もなかったであろう音楽を見つけたとき、心の中で静かに快哉を叫ぶ。
この感覚には再現性がない。だからこそ、同じような感覚を味わいたくて、またレコ屋へ行く。こうして音楽好きはレコードに金を貢ぐようになっていく。この頃は有り金すべてがレコード代に消えていった。

デジタル音楽生活
2005年にiTunesのサービスが日本で始まって以来、デジタル音源でも音楽を楽しむようになった。レコ屋から新聞社へ転職した2006年以降は、レコードを買う機会が減っていった。
2015年以降、Apple MusicやSpotifyのサービスが日本でもローンチされ、いよいよデジタル音源しか聴かなくなった。その結果、レコ屋で体験していたような、偶然の出会いから音楽を知る機会はなくなった。
ストリーミングサービスのアルゴリズムには限界がある。ランダム再生で偶然いい曲を見つけられても、あくまで自分の趣味の範囲内に収まる音楽しか流れてこない。レコ屋で味わえる興奮はそこにはない。
外に出ない限り、何も起こらない。だから、デジタルで音楽を聴いている限り、セレンディピティは失われる。レコードを買わなくなり、デジタル音源だけで音楽を楽しむようになってから、ずっとそう思っていた。
デジタル音楽生活においてセレンディピティの喪失を埋めてくれたのが、過去1週間まで遡ってラジオ番組を聴ける「radiko(ラジコ)」だった。
社会人になれば誰だって忙しい。良質な音楽を流すラジオ番組をリアルタイムで聴ける時間なんて当然なかった。
それが、radikoの登場で一変した。放送時間を逃すと聴けなかった番組をスマートフォンのアプリで後追い再生して聴けるようになった。
ラジオ番組でたまたま耳にした知らない曲をSpotifyで見つける流れは、レコ屋でおもしろい盤を見つけたときの感覚に近いように思えた。おかげで、デジタル音楽生活を始めて以来久しく失われていたセレンディピティの感覚を取り戻せた気がする。

フラット化する音楽生活
良質な音楽を聴くと、世界では多様な人々がさまざまな音を奏でていて、自分の知らない世界がまだまだあると気付かされる。そして、グレーに見えがちな世界がカラフルに見えてくる。
手を伸ばせば、自分にとって未知の領域で奏でられている音楽が聴ける。これはきっと、アナログで音楽を聴いていた時代には叶わなかった。
関税の障壁、輸送手段の確保、レコード会社の商業主義、業界の慣習、店の趣味性。かつては、このような壁を突破しないと聴衆の元に音楽が届かなかった。翻って現在は、デジタルツールを駆使すれば、音楽をほぼ際限なく自由に楽しめる。
日本の音楽業界は音源のデジタル化によって損失を被ったという見方がいまだに支配的だけど、業界に関係のない音楽好きにとっては、史上初めて自由に音源を聴ける時代が到来したといえる。
テクノロジーが聴衆に自由を与えた。音源のデジタル化は、既存のルールに縛られていた専制政治の時代から、聴衆に選択の自由が与えられた民主統治の時代へと移り変わる契機となった。
かくして、音楽生活はフラット化された。

radiko✖️Spotify
radikoで自分好みの曲を耳にしたら、Shazamで検索してSpotifyでフォローする。仕事中も移動中も食事中もひたすらradikoとSpotifyを駆使して音楽を聴いている。毎日が、この繰り返し。
日がな一日、radikoとSpotifyを反復する中で、必ず聴くラジオ番組がいくつかある。彼らの案内によって、これまで素晴らしい音楽たちに出会えた。

温故知新
まずは、古き良き音楽の魅力を教えてくれる番組を紹介しよう。

サンデーソングブック

シンガーソングライターの山下達郎が日曜日午後2時からTOKYO-FMでオンエア。おもにオールディーズがかかる。レア盤がかかる放送回も少なくないため、番組を何十年も録音し続けている熱心な音楽ファンがいるという。

Barakan Beat

ブロードキャスターのピーター・バラカンが日曜日午後6時からInterFMでオンエア。ロック、ブルース、フォーク、ジャズ、民族音楽が中心で、クラブサウンドはまず流れない。選曲はピーター・バラカン自身が務めている。

村上RADIO

作家の村上春樹がDJを務め、年に数回、不定期で日曜日の夜にTOKYO-FMでオンエアされる。オールディーズが流れる放送回もあるが、村上春樹自身がかつてジャズ喫茶を経営していただけあって、選曲はジャズが中心。

一期一会
次は、多様な世界への扉を開いてくれる番組を紹介しよう。

TRAVELLING WITHOUT MOVING

編集者の野村訓市が日曜日午後8時からJ-WAVEでナビゲート。野村訓市やリスナーによる旅のエピソードとともに、「一度かけた曲は二度とかけない」という鉄則に基づいた選曲で落ち着いた雰囲気の音楽が流れる。

MUSIX ASIA

女優の金沢雅美が金曜日24時からJ-WAVEでナビゲートするアジア・ミュージック専門の番組。ソウル、バンコク、ジャカルタをはじめ、アジアの都市で鳴り響くロック、ポップス、ジャズ、ヒップホップ、R&Bを聴ける。

ORIENTAL MUSIC SHOW

中東音楽のスペシャリスト、サラーム海上が金曜日26時からJ-WAVEでナビゲートする。イスラエルやトルコ、イラン、アゼルバイジャンなど、宗教や文化の垣根を超えて、中東各国の最先端サウンドがオンエアされる。

SAÚDE! SAUDADE...

日曜日午後6時からアナウンサーの滝川クリステルがJ-WAVEでナビゲートする。ブラジルをはじめ、ラテンアメリカのサウンドを中心に届けてくれる。昔の曲も流れるものの、基本的には最近の曲がオンエアされる。

RADIO SAKAMOTO

作曲家の坂本龍一が奇数月の第1日曜日24時からJ-WAVEでナビゲート。エレクトロニカやアンビエント、民族音楽の曲が多め。毎回紹介される教授のプレイリストは要チェック。選曲に脈絡がなく、それが返っておもしろい。

進取果敢
最後は、最先端のサウンドを届けてくれる番組を紹介しよう。

TOKIO HOT 100

日曜日午後1時からクリス・ペプラーがJ-WAVEでナビゲート。言わずと知れた最新ヒット100曲チャート。4時間もあるが、この番組さえ聴いておけば、洋楽・邦楽を問わず音楽のトレンドは大体つかめる。

SATURDAY NIGHT VIBES

DJ TAROが土曜日24時からJ-WAVEでオンエア。「RHYTHM & GROOVE」をコンセプトに掲げ、ダンスミュージックの曲をメジャー、マイナー問わず紹介する。ダンスナンバーの新譜をチェックするうえで欠かせない存在。

(標題イラストはタナカ基地による作品)

タナカ基地(Tanaca Kichi)
イラストレーター。セツ・モードセミナー卒業。
Instagram@tanaca202

文中敬称略