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植物が好きな大家さん。

鎌倉で最初に喪服を着る機会となりました。

今の賃貸物件に入居する際、契約書の読み合わせに“庭の梅の実は折半です”、“庭木の選定は大家側で行います”という項目がありました。梅の実折半か、ジャムや梅干しにして納めたらメタイヤージュみたいで面白いなと思いました(こちらが届ける前に大家さんの奥さま手作りの青梅ジャムを届けてくださいました)。

庭木の選定はお抱えの庭師がいらっしゃるのだろうと思っていたので、とある暴風で苔むしたハクモクレンが朽ち落ちた折に、大家さん自らやってこられて、庭仕事をされているのを見てそういうことだったのか、と腑に落ちました。

今の物件に決めた理由のひとつは庭木の姿がいずれも美しいことでした。

車停めにアーチを描くように据えられた2本の梅はもちろんですが、裏庭に一本立ちした梅の古木が出色。よくぞこのバランスで仕立てたものだと内見時にほとんど一目惚れしたこの樹が大家さんの手によるものだったのかと覚えると、僕はすっかり大家さんの美意識のファンになってしまいまして。

ご近所ということもあり、道端でお会いすることも少なからずで、その都度気にかけてくださり。ある時には「庭の柏葉紫陽花が頃合いだから採りにおいでよ」なんて誘ってくださり、こちらも甘えてお伺いしたこともあります。そしたらホタルブクロもわんさか自生していてこちらも合わせて拝借させていただいたりして。

なにより谷戸の奥、陽のあたる高台にある御宅は風の抜けるカラリとした環境で、訪れる度に自宅のある、湿度が流れ込むバレーフロア(これはこれで植物のありよう的には好み)とヒルトップのミクロクリマの違いを体感させてもらいました。

「昔、竹の根っこを掘って作った花入れだよ、もっていく?」なんてうずくまるに仕立てた花器を譲ってくださったり、かと思えば「その壺に大きな枝を挿れたいんだけど、どうしたらうまいこと留まるかね?」なんて言うものだから、花のお礼にと仕込みを作って帰ってきたりして。

ご近所に花を通じてコミュニケーションがとれる友達ができたよろこび。どころじゃなくて、こんなにも植物を愛して自らも庭仕事をこなす、谷戸をはじめとした周辺環境を知り尽くした先輩がいらっしゃることを大変心強く思ったものです。

「新しく入居される方が花道家さんと聞いて、大家さんよろこんでらっしゃいましたよ」と、これまた契約時に仲介業者さんから教えてもらった話でした。

大家さんに、いつか彼の土地から切り出した植物で生み出したいけばなを見てもらおうと企てていました。今はその機会が失われてしまったことが残念です。もっともっとうかがいたいこと、見せていただきたいこと、あったのに。

帰宅すると庭の奥に彼岸花が一輪、花開いていました。毎日見て回っているのに気づかなかったな、その存在に。
寂しい気持ちって、会った回数や知り合った年月に比例しないんですね。さいわい、鎌倉という街は、肉体を離れた存在と近い街だと感じています。またひょっこり、庭の様子でもご覧においでになるやもしれません。

                              合掌

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ありがたくいただき、世界のどこかにタネを撒こうと思います。