快楽が苦痛に変わる~エピクテトス~
「今日はエピクテトスの言葉か。彼自身は『奴隷の哲学者』と呼ばれている。
思うに、快楽にふける主人たちを見てこの考えを持ったのではないかな」
アヴァロンはコートを預けながらそう言った。
「来て早々講釈とは、さすがだねジェフ」
ゴンザロは笑いながら言った。
「ただまぁ、その言葉には反対だよ。
どんな生活、どんな人間にも美徳と悪徳それぞれの道が用意されているのさ。
たとえ奴隷だったとしても、仕事で手を抜く、ほかの奴隷をないがしろにする、我々が今日考える快楽とは違うかもしれない。
しかし、奴隷だから快楽がないとは言えないだろうよ」
「ふむ、たしかに。わたしの職場にもいるよそうゆう輩がね。
いかに効率的に『非効率な』仕事をするか苦心している奴らがね」
アヴァロンとゴンザロの話にルーピンが入ってきた。
「真の賢者は、低級の快楽よりも高級な快楽を求めるのさ。
目の前のアイスクリームにかぶりつくのは低級な快楽。
それを我慢することで健康な身体を手に入れるのが高級な快楽。
そうだろう、ホルステッド」
「君はいじわるだねぇ、トム。
僕からいえるのはただ一つ、これから出てくる極上の料理を前にそんなことを言ったら、その眼鏡をたたき割るってことさ」
ホルステッドは苦笑しながら言った。
ちょうど万言を尽くしても表現しえぬ超然たる給仕ヘンリーが声をかけてきた。
「皆様、お食事の準備ができました。今日はよい鴨が入りました。
シェフも腕によりをかけております。どうぞ目の前の快楽に酔いしれてくださいませ」
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