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快楽が苦痛に変わる~エピクテトス~

何か快楽にふけりたくなったときは、ほかの衝動と同じだ。
それに流されないように用心し、実行に移すのをしばし我慢するのだ。
そして思い出してみよ。
まずは、自分が快楽にふけった時のこと。
次に、快楽にふけったことを公開し自分を責めた時のことを。
それから、それと比較して、もしもそうした快楽を完全につつしんだら。
どれほどの喜びと満足を味わうか想像してみよ。
そして少しくらいなら衝動に従ってもいいような気がするときでも、
その安楽、享楽、誘惑に飲み込まれてはならない。
それがどれほどまばゆく楽し気に見えても、
それを抑え込んだ達成感のほうがはるかに心地よいのだ。

エピクテトス『提要』

「今日はエピクテトスの言葉か。彼自身は『奴隷の哲学者』と呼ばれている。
思うに、快楽にふける主人たちを見てこの考えを持ったのではないかな」
アヴァロンはコートを預けながらそう言った。
「来て早々講釈とは、さすがだねジェフ」
ゴンザロは笑いながら言った。
「ただまぁ、その言葉には反対だよ。
どんな生活、どんな人間にも美徳と悪徳それぞれの道が用意されているのさ。
たとえ奴隷だったとしても、仕事で手を抜く、ほかの奴隷をないがしろにする、我々が今日考える快楽とは違うかもしれない。
しかし、奴隷だから快楽がないとは言えないだろうよ」
「ふむ、たしかに。わたしの職場にもいるよそうゆう輩がね。
いかに効率的に『非効率な』仕事をするか苦心している奴らがね」
アヴァロンとゴンザロの話にルーピンが入ってきた。
「真の賢者は、低級の快楽よりも高級な快楽を求めるのさ。
目の前のアイスクリームにかぶりつくのは低級な快楽。
それを我慢することで健康な身体を手に入れるのが高級な快楽。
そうだろう、ホルステッド」
「君はいじわるだねぇ、トム。
僕からいえるのはただ一つ、これから出てくる極上の料理を前にそんなことを言ったら、その眼鏡をたたき割るってことさ」
ホルステッドは苦笑しながら言った。
ちょうど万言を尽くしても表現しえぬ超然たる給仕ヘンリーが声をかけてきた。
「皆様、お食事の準備ができました。今日はよい鴨が入りました。
シェフも腕によりをかけております。どうぞ目の前の快楽に酔いしれてくださいませ」

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