見出し画像

脚本 RPG@ドリーマーズプッシュ( 松山ラプソディ改題)

登場人物
赤井健太郎(あかいけんたろう)男 元俳優
青山修造(あおやましゅうぞう)男 コワーキングスペースオーナー
板野(いたの)男 銀行支店長
羽鳥(はとり)女 銀行員
桃井桃子(ももいももこ)女 モモイロ軒店員
桃井桜(ももいさくら)女 桃子の祖母
紅(くれない)女 保険外交員 ※ボス
白井(しらい)女 保険外交員
黒沼(くろぬま)女 保険外交員
御茶山(おちゃやま)女 保険外交員
黄天愛(こうてん)女 保険外交員
緑川(みどりかわ)女 ファイナンシャルプランナー ゲイの男性に変更可能
灰谷(はいたに)女 ブロガー 男性に変更可能
金子(かねこ) 女 メイクアップアーティスト
紫(むらさき)男 霊能者
朝葱(あさぎ) 男 フリーカメラマン
水上(みずかみ)女 医者の妻
水上夫(みずかみ)男 医師 ※水上まいの夫
永井(ながい)女 紫の女性客
上田(うえだ)男 修造の元上司

一幕

○暗転

修造のナレーション
「2015年の春。たった一人の肉親だった、おじいちゃんが死んだ。僕は脱サラして、おじいちゃんの遺したコワーキングスペース『ドリーマーズプッシュ』のオーナーになった。ちなみにコワーキング(Coworking)とは、事務所スペース、会議室、打ち合わせスペースなどを共有しながら独立した仕事を行う共働ワークスタイルのこと。

○フロア

喫茶店のようなオシャレなフロアに、長テーブル、ソファ、丸テーブルなどがセンス良く配置されている。観葉植物がたくさんある。ドアの前にはドリーマーズプッシュと書かれたボードがある。

緑川と灰谷が長テーブルに横並びで座り、キーボードを叩いている。

金子が丸テーブルでサロンの準備をしている。
修造、観葉植物に水をやっていると、訪問者が来る。

赤井「こんちはー。ドリーマーズプッシュってここ?」

修造「(元気よく)はい。そうです!」

赤井「見学したいんだけど」

修造「あ、どうぞ」

修造、ジョウロを置き、赤井を招く。
緑川と灰谷、興味深そうに赤井をチラチラ見る。

修造「初めまして。オーナーの青山修造です」

名刺を出す修造。  

赤井「悪い、俺、名刺持ってないや。名前は赤井健太郎。役者やってんの」

赤井、名刺をまじまじと見る。

赤井「あんた、下の名前、修造っていうんだ。あの修造と一緒だね」

サーブとレシーブのリアクションをしてみせる。

修造「あの修造って、日本の気温を上げ下げしてるという、テニスが得意なあの人ですよね?」

赤井「そうそう。俺ファンなんだよ。熱血っていいよなー。あんたも熱いの?」

修造「全然。至ってクールな省エネ人間です。ちなみにあの修造、暑苦しくて嫌いです」

赤井(呆れたに)「なるほどね。(切り替えて)あ、見ていい?」

赤井、キョロキョロと中を見回す。

修造「どうぞ」

修造、ジョウロで再び水をやり始める。
赤井、部屋の中をざっと見て回る。
緑川、赤井に目配せ。赤井、気づいて頭を下げる。

緑川「ファイナンシャルプランナーの緑川よ。よろしく」  

赤井「よろしく」

灰谷「私は、ブロガーの灰谷。赤井さんって、松山の人じゃないよね。どこから来たの?」

赤井「俺? あー、東京」

灰谷「へえ、じゃあ私と一緒だ。なんで松山に?」

赤井「んー、ちょっと色々あって」

灰谷「わかった。プチ移住でしょ?」

赤井「まあ、そんな感じ」

灰谷「流行ってるもんねー。移住」

修造、ジョウロの水がなくなり、奥のキッチンに消える。  

緑川「この人(灰谷を指差す)も移住組。ブログのネタ探しのためなんですって」

赤井「へえ。松山、どう?」  

灰谷「最悪。遊ぶとこないし、みかんとポンジュース以外ネタないし。守りにはいって動かない奴ばっか。滅びればいいって毎日思ってる」

赤井「そこまで!?」

緑川「確かに保守的な人は多いわ。でも、移住組が頑張ってくれてるじゃない」

灰谷「流れてくんのは都会に居場所がなかった負け犬ばかりでしょ。あ、私は違うけどね。けど、結局イノベーションは都会でしか起きないって、皆最初から諦めてんのよ」

水上登場。

水上「みなさーん、おはようございます」

水上、元気よく挨拶。皆会釈でこたえる。水上、金子に手を振る。

水上「金子ちゃーん」

金子、フロアに戻り、アンニュイに

金子「いらっしゃい」

水上「よろしくね」

ブリブリしながら金子の前に座る。

水上「今日は女子会だからー、おしゃかわな感じでお願い」

金子、メイクボックスを開ける。

金子「わかった」  

水上「おしゃかわって、オシャレでかわいいって意味なのよ。娘が教えてくれたの」

金子「そう」

水上「あ、フェイスブックにアップしていい?」

金子「どーぞ」

水上、髪の毛を直す。
両目を大きく見開いて、自撮り棒とスマホで二人をパチリ。
金子むすっとしてる。  

水上「『メイクサロンにきてまーす。なんと、担当は中学時代のアイドル、金子ちゃんだぞ!可愛くなって女子会行くんだ。ハート』送信!」

文字を打ち、スマホをしまう。

水上「宣伝してあげたから」

金子「…そ」

金子、施術を始める。
赤井、緑川に尋ねる。

赤井「あの人、ここで店やってんの?」

緑川「ええ。金子さんはメイクアップアーティストなの」

灰谷小声で付け加える

灰谷「自称だけどね」

緑川「余計なこと言わないの」  

赤井「へえ。そんなこともできるんだ。(修造に向かって大きな声で)なあ、店出すの、追加料金いくら?」

緑川「追加料金なんていらないわよ」

赤井「マジで?」  

緑川「打ち合わせやセミナーも無料。同伴者も一日1人までならオーケーだしね。なかなかいいでしょ」

赤井「東京のとは全然違うなー」

緑川「お借り得よ!」

赤井「そうか…、よし決めた」

修造、またジョウロを持ってやってくる。
赤井、修造を見る。修造、まだ木に水をやってる。

赤井「あのさ」

修造気づかない。

赤井「オーナーって、いつもああなの?」

緑川「ええ。よく言えばマイペース。悪く言えば空気を読まない」

灰谷「自称通りの省エネ人間」

赤井「そっか」

赤井、修造の肩を叩く。

赤井「俺、ここ入るから」

修造「あ、ありがとうございます! それじゃあ契約書をお願いします」

契約書を赤井に渡す。
赤井、灰谷の横に座る。

ピンポーン。ブザーが鳴り、
銀行員二人組がやってくる。
支店長とその部下羽鳥。

修造「あ!」困り顔。

赤井「(緑川に)誰?」  

緑川「銀行さんよ。支店長さんとここの担当さん」

灰谷「(ウキウキしながら)面白いものが見られるよ」

赤井「面白い?」  

修造、銀行員を招きいれ、ソファ席で向かい合う。

羽鳥「青山さん、リフォーム融資金の返済が滞ってます。ご存知ですよね」

修造「はい…まあ」

羽鳥、涙を浮かべ始める。

羽鳥「一体どうなさるおつもりですか?」

修造「そのうちまとめてお返しします」

赤井「なに、ここ、経営やばいの?」

灰谷うなずく。
羽鳥、少し鼻をすすり始める。

灰谷「利用者、たった三人だもん」

赤井「え? じゃあ」

緑川「ここにいるのがオールメンバー」

羽鳥「支店長(泣き始める)」

支店長「羽鳥くん、大丈夫か(羽鳥の肩に手をやり慰めるように)」

支店長、修造に向き直る。  

支店長「青山さん、あなたのおじいさまとは長くお付き合いさせていただきました。そのよしみで忠告させていただきますが、ドリーマーズプッシュは畳まれてはいかがですか。あなたに経営は向いてない」

修造「そんなあ。僕は僕なりに頑張ってます。ただ結果に繋がらないだけで」  

支店長「あのね、ビジネスは結果が全て。水面下でどれだけ足を動かしても前に進まなきゃ意味がないんですよ」  

灰谷「名言きたー! 『水面下でどれだけ足を動かしても前に進まなきゃ意味がない』っと」

灰谷、復唱しながらキーボードを叩く。

緑川「灰谷ちゃん。趣味悪いわよ!」

赤井「何やってんの?」  

緑川「(修造たちを見て)ブログであれ実況してんの」

灰谷「赤井ちゃんのことも書いていい?」

赤井「(少し呆れて)別にいいけど」

修造「(真剣な顔で)近いうちになんとかしますから。信じてください」  

支店長「わかりました。一か月だけ待ちましょう。ですがこれがラストチャンスですよ」  

羽鳥「(泣きながら)青山さん、ラストチャンスですよ」

銀行員2人、立ち上がる。
ドアの前で支店長振り向く。

支店長「…エフツウシステムエンジニアの上田さん、ご存知ですよね」

修造「はい。元上司です」  

支店長「実は上田さんのお父様は電報堂の社長さんで、当行とは古いお付き合いなんですよ」

修造「あの広告代理店の? へえ、知らなかったなー」  

支店長「上田さんは青山さんのことをずいぶんと尊敬されてるようですね。エフツウの長瀬部長もあなたの事を優秀なエンジニアだったと、褒めてらっしゃいましたよ」  

修造「確かに自覚はあります。でも、システム組むの、ちっとも楽しくなかったんですよ」

支店長「今は、楽しい、と」

修造「まあまあですね。家から近くて早起きしなくて済むし」

支店長「……そういう適当な考え方を改めないと、あなたはこの先、永遠に負け犬の人生を生きることになりますよ」

修造「(素直に)よく言われます」

支店長「では…失礼します」

銀行員出て行く。

水上「なにあの支店長、態度悪いわね。あの上から目線、いやな感じ。うちのダーリンの銀行さんとは全然違う。あ、ダーリンがお医者さまだからかなー」

金子「出来たよ」

金子、鏡を突き出す。
鏡を見ながら、水上大喜び。

水上「ありがとう。さすが金子ちゃん。昔からセンス抜群だもんね」

スマホで自撮り。

水上「ね、金子ちゃんもいつか女子会行こうよ。みんな会いたがってるし」

金子「仕事あるから」

水上「そう。じゃ、また。あ、みんなに宣伝しておいてあげるね」

水上、お金を払い、出て行く。

金子「何が宣伝しといてあげる、よ。余計なお世話。ブス!」

紙コップを灰皿にしてタバコをふかす。

緑川「金子ちゃん、ここ禁煙。吸うならベランダで吸って」

金子、ちっ、と舌打ちして灰皿を持ち、舞台前方のベランダに移動。
修造、落ち込んでる。  

赤井、契約書を手に立ち上がり修造に話しかける。

赤井「おい、これ。(契約書を渡し)大丈夫か?」  

修造「大丈夫じゃありません。負け犬だなんて…メンタルやられちゃいました」(イジイジ)

赤井「だろーな。けどいじけてても何にもならないぞ」

修造「ですよね!」

ゲーム機を出して、嬉しそうにプレイする修造。

赤井「お前、何やってんの?」

修造「ドラゴンクエストでーす」

緑川「プライドが傷つけられると、修造ちゃんはゲームに没頭するの」

灰谷「一日中ぶっ通しでね」

赤井「何のために?」

修造「モチベーションを上げるためでーす」

赤井「はあ?」

赤井、ゲーム機をとりあげる。

修造「何するんですかぁ」

赤井「お前な、ゲームに逃げてどうすんだ。ちゃんと現実を見ろよ」

修造「見てますよ…」

赤井「嘘つけ」  

修造「さっき、銀行さんが人生がどうとか言ってたじゃないですかー。RPGは人生の縮図ですから。これも一つのお勉強なんですよ」

赤井「言い訳だけは一流だな」

修造、ゲームを取り返そうとするが、赤井、背中に隠す。

赤井「…お前さ、とりあえずもう少し利用者を増やす努力をしろよ」  

修造「してますよ。ホームページもつくりましたし、コーヒーつきの無料体験のチラシも配りました。ほら」

修造、チラシを赤井に渡す。  

修造「元システムエンジニアだから、こういうの、得意なんです。赤井さんだって、ホームページを見てここにきてくれたんでしょ? 」

赤井、チラシを見ている。

赤井「これ、いつ、どこで配った?」

修造「早朝に…駅前とか」  

赤井「馬鹿じゃねーの。出勤前のサラリーマンがコワーキングスペースに興味持つわけねーだろ」

修造「そうかなあ」  

赤井「それじゃ、ただ頑張ってるふりをしているだけだ。やってるふり、努力してるふり。もっと本気で頑張れよ」  

修造「わかりました…そうします。次からね。というわけで、ゲーム返してください」

にっこり笑って片手を差し出す。

赤井「あー、ムカつく」

金子「ん?」

金子、揉めてる様子に気づき、ベランダから戻って来る。  

赤井「次じゃないだろ。いつやるの? 今でしょ! 今すぐこれ、配って来いよ」

修造、困り顔。  

修造「あの、どうしてそんなに熱くなるんですか? もし仮にここが潰れたとしても、困るのは僕だけじゃないですか。誰にも迷惑なんてかけませんよね」

赤井「はあ? こいつこんなこと言ってるぜ」

赤井、みんなに同意を求める。

金子「別に私はどっちでもいいけど」

灰谷「東京に帰る大義名分が出来て、ラッキー、って感じ」

緑川「やだけど…ま、仕方ないかな」

修造、勝ち誇る。

修造「ほら」

赤井「情けない。それでもお前は修造か?!」  

修造「僕はあの修造じゃありませんって。それにおじいちゃんの後を継いでまだ一年なんですよ。最初はうまくいかなくて当然じゃないですか。今は成長の途中なんです。長い目で見てくださいよ」

赤井「成長の前に潰れるぞ」

修造「その時はその時かな。日本じゃ飢えて死ぬことありませんし」

赤井「最悪だな」  

赤井、ドアの前にある『ドリーマーズプッシュ』のプレートにそっと触れ振り返る。  

赤井「ドリーマーズプッシュ…この名前に惹かれてわざわざ松山くんだりまでやってきたのに…オーナーがこんなボンクラなんて、詐欺だ」

修造、灰谷、緑川「え?」  

赤井「大きな仕事が飛んじゃってさ。空いた時間を田舎で暮らそうと思って調べてたら、ここのサイトを見つけたわけ」  

修造「いろんな検索ワードで上位にあがるよう、組んでますからね。元システムエンジニアですから」

赤井「その結果が俺一人。しょぼすぎだろ」

修造「すみません」

赤井、再びプレートを見る。  

赤井「お前のじいさんはさ、夢を持って頑張る人の背中を押したくてこのコワーキングスペースを作ったんじゃないのか。その思いがな、ネーミングに現れてんだよ。俺はさ、サイトでドリーマーズプッシュのロゴを見たときピンと来たんだ。次のステージはここだって。ここで、俺の新しい夢を見つけるんだって」

赤井、修造の顔をぎろりと睨む。

赤井「じいさんが生きてた時、利用者何人いた?」

修造「…11人…だったかな」  

赤井「8人も減ったのか。じゃ、俺が一時間で、いや三十分でそれだけの人を集めてやる」

修造「三十分で?(少し鼻で笑って)一ヶ月かけたって無理ですよ」

赤井「ほう。賭けるか?」

修造「いいですよ。もしそれができたら(少し考えて)」

赤井「出来たら?」

修造「出来たら・・・僕はあなたを師匠と呼びます」  

赤井「(ちょっとガクっと)何だ、それだけか。まあいいや、じゃあその言葉、覚えてろ」

赤井、部屋を出て行く。
灰谷、立ち上がり客席側のベランダから下を見下ろす。

灰谷「赤井ちゃん、すごい勢いで走ってったよ。面白くなってきたね」

灰谷部屋の中に戻って来る。  

灰谷「ドリーマーズプッシュかあ。名前の意味とか気にしたことなかったなあ。修造くんのおじいちゃんって、なんかセンスいいよね」

修造「洋服なんかもハイカラっていうか、考え方とかも斬新で今風でした」  

緑川「それにしても赤井ちゃん、直感だけで移住を決めるなんて、ロマンチストだわね」  

灰谷「ねえ、何人来ると思う? 私は1人も来ないと思うな」

修造「灰谷さんに一票!」

緑川(苦笑して)「オーナーがこれだもの」

しばらく窓の外を見つめている修造。

そしておもむろに振り向いて大きく溜息をつく。

修造「コーヒーでも入れましょうか」

暗転  

明転
利用者の3人は自席で何やら仕事をしている。
修造は、腕時計を気にしながら冷めたコーヒーに口を付けている
霊能者の紫が入ってくる。

紫「ここかな?」

灰谷「嘘」

修造、腕時計を見る。

修造「まだちょっとしか経ってない」

紫「コーヒーと、パンフレットをいただけますかな」

修造「はい!どうぞお座りください」

修造、コーヒーをいれる。
灰谷首をひねる。

灰谷「僧侶?」

緑川「違うわ。霊能者よ。駅前で店を出してるじゃない」

金子「ああ、いつも行列ができてる」

修造(コーヒーを手渡しながら)「あの、なんて勧誘されたんですか?」  

紫「天候に左右されず、仕事ができる場所があるから一度見て欲しいと言われました」

修造「なるほどー。そうやって口説くんだ」

紫、まわりをぐるりと見て、

紫「気に入りました。入会しましょう」

玄関がざわめく。  

どやどやとスーツ姿の紅軍団(紅、白井、黒沼、御茶山、緋色)が入ってくる。

修造「うわ、また来た!」

灰谷「今度は団体さん?」

赤井と談笑をしている紅軍団。
さながら内覧会のよう。

紅「綺麗なとこやないの。喫茶店みたいやね」

赤井「ドリンク飲み放題で月額一万。喫茶店毎日使うよりお得だろ?」

白井「サボりにはもってこいちゅうわけか」

黒沼「秘密基地になるな」

黄「こんなところがあったのね」

修造、数を数えている。

赤井「おい、。ポケーッとしてないでさっさとコーヒー」

修造「はい」

紅「兄ちゃん、いくつ?」

修造「二十六です」

黄「童顔ね」

修造「よく言われます」

紅「若い子向けの終身保険、入らへん?」

修造「いや、いいです。まだ独身なんで」

黒沼「独身やけん、入るんやがね」

修造「いや、お金もないんで」

白井「お金ないけん、入るんやがねー」

御茶山「若いうちに入った方がお得なんよ」

修造「はあ」

金子「保険の外交員なんだ」

灰谷「どこから引っ張ってきたの?」

赤井「ファミレスでナンパした」

修造「へえ」

紅軍団、まとまって適当に座る。

白井「私、アイスコーヒーな?」

黒沼「キャラメルマキアートある?」

修造「あります」

御茶山「私のもアイスでな」

黄「私はアイスラテ」

修造「少し待ってください」  

紅「あんたら、夏でもアイスはお腹冷えるで。ホットにしとかな。私のはホット、砂糖たっぷりな」

修造「はい」(あたふた)

灰谷、人数を数えていたが

灰谷「惜しい! 赤井ちゃん、あと1人足りないよ」

赤井「え? 嘘」

緑川「残念。10人だわね」

赤井「まじかよ」

修造「…けど、じゅうぶんすごいですよ。一気に十人ですから」(少し残念そう)

赤井、チラッと外に目をやり腕時計に目をやる。

赤井「あと5分だな。よし」

赤井、ふと対面を見て、何かを思いついた風に出て行く。

金子「フットワーク軽いなー」

緑川「全然諦めてないわね」

修造窓の外を見詰めながら

修造「・・・もう無理だ、きっと」  

チクタクと時計の音が響き始める。
誘われてやってきた人たちはグループごとにぺちゃくちゃと話している。(声は聞こえない)
スペースの中を所在無げに時計を見たり腕組みしたり、ウロウロと行ったり来たりしている修造。
その修造を心配そうに見ている緑川、灰谷、金子たち。

修造「あと1分だ」

窓のところに駆け寄り、赤井を探している様子で拳を握り締める。

灰谷「あれ? 赤井くんを応援してるの?」
修造「はい…何だか、RPGゲームを見ているみたいで面白くって」

金子「RPG?」  

修造「RPG、つまりロールプレイングゲーム。僕の大好きな冒険ゲームです。主人公が仲間と協力して冒険の旅をするんですけど、赤井さんのやってることって、ストーリーの冒頭部分に似てるんですよね。つまり、仲間集めです」

金子「ふうん」  

修造「仲間集めが終わったら、いよいよ冒険の旅が始まるんです! 最高にワクワクするところなんですよ!」

灰谷「いかにもオタクの発想だわねー」

緑川「あと三十秒よ…二十秒前」

緑川・灰谷「十…九…八…七…六…五…四…三…二…一…」  

ゼロに来たとき、赤井に首根っこをつかまれたあさぎが、フロアに放り投げられてくる。

あさぎ「何すんだよ!」

緑川「どうしたの? 誰それ?」  

赤井「こいつさー、向かいのビルからこっちずっと盗撮してたんだ。さっきから気になってたんだけど、間違いなかった」

緑川「もしかしてストーカー?」

灰谷「そうなの?」

あさぎ「違う。俺はカメラマンなんだ」

あさぎ、自分のデジカメをみんなに見せる。
鳥の写真がたくさん。

緑川「鳥の写真ばかりね」  

あさぎ「ビルの屋上にヒレンジャクが巣を作ってる。それを撮ってた。名刺もある」

あさぎ、カメラマンの肩書きのある名刺を出す。

赤井「あっそうなんだ。ごめんごめん」(あっさりと)

あさぎ「ごめんごめんじゃないだろー。謝ってすみゃ、警察は要らねーんだよ!」

赤井「まあまあ。お詫びにコーヒーいれるから。飲んでってよ」

あさぎ「はー?コーヒー? ちっ。・・・仕方ねーな」

緑川「飲むのね…」(ちょっとびっくりしている。)

赤井「コーヒーずきってか?」

あさぎ「まあな」

赤井「じゃあ、ついでに今度からここに来ないか?」

あさぎ「何でだよ」

赤井「まいにち、コーヒー飲めるぞ」

赤井、上からあさぎを目力で見詰める。
首を横に振るあさぎ。
首を縦に振り威圧をかける赤井。

あさぎ「何だよ! ・・・わかったよ。来りゃいいんだろ」

赤井、ニコリと笑って首を縦に振る。

修造「揃った! これでぴったり11人だ」

修造、赤井にすっかり尊敬の眼差し。

修造「赤井さん」

赤井「なんだよ」

修造「これからは師匠と呼ばせてもらいます」

赤井「師匠か? なんだか大げさだな」

修造、赤井の手を握る。

修造「僕に、旅の仕方を教えてください! 師匠!」

赤井「旅?なんで旅なんだ?」

修造「(満面の笑顔で)いいじゃないですか、師匠!」  

赤井「お、おう。じゃあ、とりあえずドリーマーズプッシュの宣伝、行って来い!」

修造「はいっ!」

ゆっくりと半暗転  

ナレ「結局その場にいた人は、全員ドリーマーズプッシュのメンバーになった。元からいるフリーランス3人、保険外交員5人、霊能者とカメラマンそれぞれ1人。そして、師匠こと、役者が1人。冒険の旅が始まった気がした」

暗転  

二幕

ナレ「そして一週間すぎた」

明転

○フロア

修造はゲームをしている。
緑川・灰谷はパソコンに向かって仕事してる風。
赤井は筋トレ中。
水上、金子にメイクをしてもらっている。
保険軍団はテーブルで雑談。
あさぎ、ソファで眠りこけている。

紫「あなたの守護霊はヒグマですな。背中にがっちりとついてます」

女性客「ヒグマ! そういえば最近背中が痛いような」

紫「ヒグマが引っ掻いておりますな。奴が本気を出せば八つ裂きですぞ」

女性客「きゃーっ。先生、お願いします。助けてください」  

紫「(大きく頷き合掌、目を瞑って大きく息を吸って)はーっ!(ニッコリと)はい、浄化されました。どうですか?」

女性客「背中の痛みがなくなったわ!」

紫「では一週間後にまた来てください。改めて浄化いたしますから」

女性客「はい先生、どうもありがとうございました!」

女性客一万円を支払い去る。

紅「あれで一万。ボロい商売やな。ヒグマやて。アホちゃう?」

黒沼「なんで守護霊が祟るん」

紅軍団クスクス笑う。

紫「何か?」

紅(ケンカ腰)「適当なこと言うてぼろ儲け。あやかりたいわ言うてんの」

黒沼「うちらはヒーヒー言いながら稼いどるのに。むかつくわ」  

紫「私は守護霊の声をお伝えしているのです。この力はまぎれもない本物ですよ」

紅「ほな、うちの守護霊は誰やの?」

紫「(ジッと紅を見詰めて)あなたの守護霊は…オードリーヘブパーン」

紅「本物や」

黒沼「姉さん…」

紅「ローマの恋が蘇ってきたわ」

御茶山「こら、あかん」

白井「紅姐さんは騙せても、うちらは騙されへんで!」  

紫「白井さんの守護霊はマリリンモンロー、黄さんはヴィヴィアン・リー、御茶山さんのはイングリッドバーグマン」

白井・御茶山・黄「本物や」

白井「(薄笑いを浮かべ)さっきの女には、ヒグマの霊が」

御茶山「うちらにはハリウッド女優の血が流れとったんか」(鼻高々)

3人笑う。

黒沼「(ふて腐れたように)ほんまかいな」

紫「(黒沼をジッと見て)黒沼さんはグレースケリーですね」

黒沼「あんた!(急にデレッとして)本物やないのー」

灰谷「紅軍団ちょろすぎ」

緑川「確かに」

赤井「紫先生も紅軍団も、ハリウッド女優の名前、よく知ってんなー」

紅「映画は心のオアシスや」

紫「気が合いますな。私もそう思います」

紫と紅、がっちりと握手。
スマホのアラームが鳴る。

紅「あー、タイムリミットや。そろそろ午後のアポ行くで」

黄「あれ、もうそんな時間?」

白井「めんどくさ。サボりたいわー」

御茶山「今日のアポはインセンティブに繋がらん、しょーもないアポやしな」

黒沼「適当に済まして、またダベろ」

笑いながら紅軍団出て行く。
水上くすりと笑う。  

水上「女一人で生きてくって大変そう。哀れになっちゃう。(金子を見て)あ、もしかして、嫌味に聞こえた?ないないない!金子ちゃんは独身でも、綺麗だしー、かっこいい仕事してるしー。中学時代のアイドルだったんだもん!」

金子無言。  

水上「でも、まさかモテモテの金子ちゃんが独身でー、学園カーストの最下層だった私がお医者さまと結婚するなんて、人生わかんないものねー」

金子「出来たよ」

水上「ありがとー。センス最高!みんなに宣伝しといてあげるね!」

水上出て行く。

金子「けっ。ドブスが」

ベランダでタバコを吸う。

修造「はあ」(ため息をつく)

赤井「どうした?」

修造「冒険の旅が始まるかと思ったら、そうでもなかったですね」

赤井「またわけのわからんことを」  

修造「なんか、紫さんにしても紅さんたちにしても夢も何にもなさそうじゃないですか。ただのノー天気なおばさん軍団というか」

赤井「お前が言うなよ。それでもここのオーナーか?」

赤井、修造のほっぺたをぎゅっと引っ張る。  

赤井「ははーん、お前、さては不安なんだな。みんなにやめられるのが怖いんだろ」  

修造「図星です。だって、みんなもきっと気づきますよ。ここにいたって何も始まらない。夢なんて見つからないって」

赤井「意志あるところに道はひらける、って言葉、知ってるか?」

修造「いいえ」  

赤井「俺の一番好きな言葉だ。リンカーンの名言だよ」  

修造「みんなには、ちゃんとしっかりとした夢を追って欲しいんですよねー。ドリーマーズプッシュオーナーとしては」

赤井「しっかりとした夢って、例えば何だよ」

修造「わかりません」

赤井「じゃ、今のお前の夢は?」

修造しばらく考えて、  

修造「みんなの背中を押すこと…かな? 一応ドリーマーズプッシュのオーナーですから」

赤井「なんだよ、その間は。なんか、覚悟が足りねーなー」  

修造「正直、僕自身の夢なんてよくわかりません…ここを継いだのもたまたまだし。ただ、盛り上がりを期待した分、がっくりきてるんです。人さえ集まれば、なんか凄いことが始まる気がしてた。けど、そんなミラクル起きそうにないし」  

赤井「価値観なんて人それぞれ。あの人たちは、お前の期待を満たすために生きてんじゃねーぞ」

赤井、呆れたように離れていく。
コーヒーを机に運びながら灰谷囁く。

灰谷「来月あたり全員やめちゃうんじゃない?」

修造「そんなあ」

灰谷「メンツがショボすぎたね。ま、田舎だし、こんなもんでしょ」

修造「灰谷さん・・・」  

岡持ちを持った桃子が現れる。

桃子「こんにちは! モモイロ軒です! お弁当のお届けに参りました!」

テーブルに岡持ちを置く。
弁当を注文した灰谷と緑川が近寄ってくる。
紫、桃子に関心を示している。

修造「桃子ちゃん」

桃子「あ、修ちゃん」(嬉しそう)

修造「あ、この人、僕の師匠で赤井さん。東京で役者さんやってたんだって」

桃子「はじめまして。桃井桃子です」

赤井「桃子ちゃんって言うんだ。かわいいね。修造のこれ?」

赤井小指を立てる。

桃子・修造「(顔を見合わせ声を合わせて)ただの幼なじみです!」

赤井「おお、そうか」  

修造「うち、両親が事故で早く死んじゃったから、桃子ちゃんちでよく夕食食べさせてもらってたんです」
赤井「修造がいくつのときだよ?」  

修造「えっと…5歳、かな?」
赤井「で、そのあとは?」
修造「叔父の所に預けられたんですけど、一人もんだったのとサラリーマンでいつも帰りが遅くって、それで近所だった桃子ちゃんちのおじちゃんとおばちゃんが、時々食事の面倒見てくれてたんです」

赤井「へえ」

修造「桃子ちゃんとはまるで兄弟みたいな感じで」

緑川「修造ちゃん、苦労してんのね」

灰谷「意外だったねー」

一同しんみり。だけど修造は全然気にしていない。

修造「おばちゃんたち元気?」

桃子「うん。明日から二人とも外に働きに行くの」

修造「え? モモイロ軒は?」

桃子少し申し訳そうな表情を浮かべる。

桃子「畳むの。だから、これが最後の配達なんです」

灰谷「え〜。この味好きだったのにな」

緑川「残念だわ」

桃子「今までご利用ありがとうございました!」

赤井「桃子ちゃんはこれからどうすんの?」  

桃子「しばらくは家にいます。うち、おばあちゃんがいて、誰かが見てないといけないから」

修造「そうか…だよね」(考え込む)  

桃子「みなさん、家でできるお仕事があれば、紹介してください。内職でも何でもやりますから!」

紫しゃしゃり出る。

紫「私が未来を霊視して差し上げましょうか」

桃子「霊視?」

紫「私は霊能者。あなたの守護霊と会話ができるのです」

桃子「…占いですか?」

紫「いえ、霊視です」

桃子「ちょっと怖いけど…見てもらおうかな」

紫「それでは、お手を」

紫、桃子の手を握る。いやらしい感じで桃子引いてる。

紫「夏目漱石の霊が見える。あなたの守護霊は漱石です」

桃子「夏目…漱石って、作家の…?」  

紫「ええ。漱石が、こっちへ来い、こっちへ来いと手招いている。心当たりはありませんか?」

桃子「坊ちゃんは小学生の時読みましたけど」

修造「あ…そういえば、桃子ちゃん、小説書いてたよね」

桃子「あ、うん」  

紫「なるほど。それでわかりました。あなたには小説家と言う道が拓かれています」

修造「わ。かっこいい!」

桃子「え、でも、ただの趣味ですよ」

修造「じゃあ、プロを目指そうよ」

赤井「作家なら家の中でできる仕事だぜ」

紫「漱石の霊が、嬉しげに笑っております。賛成のようですね」

桃子「そうですか。・・・あの、手を」

紫「あ…失礼しました」

紫やっと手を離し自席に戻る。

桃子「…作家…考えたこと一度もなかったな」

修造「じゃあ今から考えればいいよ。ね、師匠」

赤井「意志あるところに道はひらける。夢なんて願わなきゃ絶対に叶わないぜ」

桃子「…願わなきゃ、叶わない…そうですよね」

灰谷「あーあ。みんなチョロいなー」

緑川「いいじゃないの。これも一つのきっかけよ」

みんな盛り上がっている中、隅っこで寝ていたあさぎが起き上がる。
みんな、ギョッとして黙る。
あさぎ、ふん、と鼻をならし、ポケットに両手を突っ込んでそのまま出て行く。

緑川「…びっくりしたわ。何か言われるかと思った」

修造「あさぎさん、何しにここ来てるんだろ。いつも寝てばかっかですよね」  

灰谷「ほんとにカメラマンなのか、怪しいものねー 自称プロって結構いるし」

金子、ベランダから振り返って灰谷に

金子「嫌味か」

灰谷「金子ちゃん、被害妄想だよー」  

桃子「そろそろ戻らなきゃ。せっかくみんなが背中を押してくれたから、私、作家を目指そうかな」

赤井「いいね!」  

修造「そうだ! 明日からおばあちゃんと一緒にここに来れば?みんなと居ればいいアイディアが浮かぶかも知れないし。ここ同伴者オーケーなんだ」  

修造、言いながらパンフレットを桃子に渡す。  

桃子「来たいけど、おばあちゃん大丈夫かな…最近デイサービスの時くらいしか外に出てないの」  

修造「じゃあ、余計に外の空気を吸った方がいいよ。僕も会いたいし。連れて来てよ」

桃子「わかった。じゃ、明日連れて来るね!」

桃子、大きく頭を下げ、岡持ちを持って出て行く。
赤井、リュックを背負い、敬礼ポーズ。

赤井「俺も帰るわ。また明日!」

修造「師匠!お疲れ様でした!」

赤井フロアを出て行く。  

金子タバコを吸い終えて、戻ってくる。  

灰谷「赤井ちゃんも実は謎なんだなー。一体ここで何をやろうとしてるんだろ。一向に動く気配がないよね」  

緑川「ドリーマーズプッシュの名前だけで松山に来るんだから、よっぽどの変人よね」

金子「あんたたち、あの話、信じてるんだ」

修造「どういう意味ですか?」

金子「あんなの嘘っぱちに決まってるじゃない」

灰谷「確かに、なんか変なんだよね」

緑川「でも嘘をつく理由なんてある?」

赤井、戻ってきて水筒を取る。
みんな気づかない。  

金子「ネーミングに惹かれたっていうのはほんとだと思う。でも、松山に来たのはそれだけが理由じゃないはずよ。例えば不倫相手に会いにきたとか」

灰谷「ええ? 赤井ちゃんが?」

金子、頷く。

金子「女の勘。間違いない」

緑川「道ならぬ恋…切ないわね」

赤井、みんなに後ろから話しかける。

赤井「誰が道ならぬ恋って?」

灰谷「わー、びっくりしたー」

赤井、意味もなく満面の笑顔。

緑川「赤井ちゃん、松山にもともと知り合いっていたの?」

赤井、一瞬黙る。

赤井「…いるよ」

修造「誰?」

赤井「…秘密」

赤井、ニッコリ笑って出て行く。

灰谷「女だ」

緑川「女ね」

修造、ちょっと嬉しそうに。

修造「女かー」

暗転

三幕

明転  

◯ドリーマーズプッシュ

紅軍団、紫と、桃子、車椅子の桜がいる。
金子、ベランダでタバコを吸っている。  

桃子「みなさん、改めてよろしくお願いします。桃井桃子です。そして、こちら。私のおばあちゃんです」

車いすの桜。

桜「桃井桜です。よろしくおねがいします」

金子以外、みんなにこやかに2人を迎える。

紫「また、霊視してさしあげましょう」

紫、桃子の手を握ろうとするが、逃げられる。

桃子「今日はいいです」

紫「そうですか」(残念そう)

紅「先生、暇なんなら、うちら見てや」

黒沼「昨日な、契約者さんが三人もやめたんよ。あれ、守護霊さんのせい?」  

白井「私、いいかげん酒やめたいのになかなかやめられんのよ。やっぱ守護霊さんも酒飲みやったんやろか?」

御茶山「私もついつい食べすぎるんやけど、守護霊さんのせいなんやろか?」

黄「実はこの前彼氏に振られたんだけど、あれって守護霊さんがやきもち焼いたのかな? けっこうイケメンだったのよね(肩を落とす)」  

紫「みなさんそれは守護霊とは関係ないでしょうな」

紫、紅軍団にタジタジ。

紅「(黄に)あんたまた振られた言うて。この前も振られた言うてなかった?」

首をすくめる黄。
桃子、桜と並んで座り、話しかける。

桃子「おばあちゃん、折り紙と、風船、どっちがいい?」

桜「風船」

桃子「はい。(桜に風船を渡す)私は小説の続き書くね」

桃子、iPhoneを取り出し、入力し始める。

灰谷「あれ、パソコンじゃないの?」

桃子「フリック入力の方が速いですから」

オーバーアクションで入力を見せる。

灰谷「本当だ。早い!」

桃子の横で、桜は黙々とバルーンアートを続けている。
やがて修造、赤井、緑川やってくる。
3人とも、大荷物を持っている。
3人、大量の荷物をテーブルに置く。

緑川「ああ重かった。買い物途中の修造ちゃんに会っちゃうなんて、ついてないわ。私、非力なのに」

赤井「人使いあらいよな」

修造「2人とも、あざーっす!」

修造、緑川と赤井に礼を言った後、桜たちに気づく。

修造「あ、桜おばーちゃん! 来てたんだ」

修造、桜のところに飛んでいき、桜の頬を両手で挟む。

修造「元気だった?」

桜、童女のような笑顔を修造に向ける。

桜「修ちゃん」

修造、嬉しそうに桃子を見る。

修造「今日は僕がわかるんだね。こないだはおじさんと間違えられたのに」

赤井、机の上の風船を手に取る。

赤井「おばあちゃん、これ、すごいね」

桜「ありがと」

修造「器用でしょ。あ、そうだ」

修造、机から筆ペンと暑中見舞いのはがきを持ってきて桜の前に置く。  

修造「これね、おばあちゃんに書いてもらおうと思って。用意してたんだ。いい?」

桜「はいはい。任せんしゃい」

桜、リストをもとに宛名を書き始める。

赤井「達筆だねー」

桃子「おばあちゃん、昔、習字を教えてたんです」

紫が桜をしげしげと見る。

紫「ほう。桜さんの守護霊は招き猫ですな」

紅「招き猫?」  

紫「恵比寿様の霊もついている。これは珍しい。桜さんは福の神かもしれませんぞ」

紅「(驚いて)へえ、福の神やて」  

紅何やら考えていたが、カバンからはがきを出して、暑中見舞いの横に積み上げる。

紅「桜さん、それが終わったら、次にこれ、やってくれん?」

白井たちもそれに続く。

白井「ほんならこれも」

黒沼「これも」

御茶山「これも」

黄「これも」

テーブルに葉書の山ができる。

灰谷「契約者へのダイレクトメールだ」

緑川「紅さん、それは厚かましいわよ」

桜「(にっこりと笑い)任せんしゃい」

紅「ええ笑顔や。喜んどるやない」  

白井「よかったわー。これな、面倒で面倒で、やらんといかんおもたら、気がおもくなりよったんよ」

紅「ほんなら、私ら会社行ってくるわ。おばあちゃん、頼んだけんね」

桜「はいはい」

紅軍団退場。

紫「私も野暮用で」

紫退場。  

灰谷「これバルーンアートっていうんでしょ? マジですごいね。桃子ちゃん、これブログにあげていい?」

桃子「いいよね。おばあちゃん」

桜「かまいません」

灰谷、風船を写真に撮る。  

灰谷「考えてみたら、この年代って、ものづくりが得意なんだよね。終活ブームだし、介護用品の広告って、売れ線だし、ネタの宝庫かも」

灰谷、ものすごい勢いでキーボードを叩き始める。

緑川「ほんっとに抜け目ないんだから(苦笑)」

赤井も宛名書きを手伝いながら、桃子に話しかける。

赤井「そうだ。こいつ(修造)って、どんな子供だった?」

緑川「あ、それ、私も知りたい」

灰谷「やっぱりいらっとする感じ?」

修造「失礼な。素直で愛らしい男の子でしたよ。今と同じで」

桃子「正義感が強くて優しかったです。ご近所のアイドル的存在っていうか」

灰谷「うっそだー」

緑川「信じられないわ」  

桃子「モテてましたよ。おばあちゃん世代に(笑)……小学校の時なんて、人命救助で表彰されたんですよ。川で溺れてる人を助けたんです」

灰谷「えー、なんだかキャラじゃないなー」  

修造「ゲームのヒーローになった気分だったんですよね。泳げないのに無理してたら足を滑らせちゃって、結局その人と一緒に流されたんです。川下で流れが変わって助かったけど」  

桃子「しかも、修ちゃんが助けた人の名前、三村拓哉っていうんですよ。あのミムタクと同姓同名。ウケるでしょ」  

緑川「ミムタクって銀幕時代に子役で鳴らして、二十代で再ブレイクしたっていう俳優でしょ? あるとき突然映画界から消えちゃったっていう。どんな顔してたっけ? その人イケメンだった?」

修造「全然。しょぼくれたオヤジでした」

赤井「(少しムッとした表情で)しょぼくれたオヤジ?」

灰谷「それでミムタク? 悲劇ね」  

修造「ま、その人ヒゲボーボーのキリスト状態で顔とかよくわかんなかったんですけどね」

桜、少しそわそわしている。

桜「桃ちゃん・・・おしっこ」

桃子「あ」

修造立ち上がる。

修造「僕が行く。桃子ちゃんは頑張って小説書いて。ミラクル起こすんでしょ」

桃子「ごめん、ありがと」

フリック入力を始める。
桃子、ふと我にかえり

桃子「ミラクルって、何のこと?」(独り言)


暗転  

四幕

明転  


緑川・灰谷はパソコンに向かって仕事をしている。
金子は、ネイルの手入れ中。
紫は、ソファに腰かけて所在無げにしている。
紫が緑川・灰谷・金子のところに近づいてきて。

紫「皆さん方も視てさしあげましょうかな」

緑川「(そっけなく)私はいいです」

灰谷「私は・・・どうしようかな? 金子ちゃんはどうする?」

金子「なんで私がそんなの・・・(紫をみて)結構です」

紫「(苦笑いしながら)そうですか」

灰谷「じゃあ、私もいいわ」  

紫「いやー今日はいい天気だなー。せっかくだからちょっと散歩にでも行ってきますかな」  

紫、出ていく。  

緑川「ちょっと可哀相だったかしらね」

金子「別にいいんじゃない」

あさぎ入って来る。  

部屋の隅で寝る。

灰谷「…一体何しに来てるのかしら」

緑川「謎よね」

紅軍団戻ってくる。
紅軍団、桜を取り囲む。

紅「どれどれ。全部できとるやないの」

白井「字ぃ、うまいなー。おばあちゃん」

桜、とても嬉しそう。  

緑川「感謝しなさいよ。これだけ書くの、大変だったんだから。ね、桃子ちゃん」
桃子「でも、おばあちゃん、すごく楽しそうでした。折り紙してる時よりもずっと」  

紅「そりゃそうや。人はな、社会に貢献するために生まれてきたんよ。誰かのために働き喜んでもらう。これに勝る喜びはない」

黒沼「(桃子に)あんたもな、甘やかしすぎたらあかんで」

灰谷「…都合のいい理屈」

白井「明日も頼んだで、おばあちゃん」

桜「はいはい」

桜、とても嬉しそう。
修造、うっとり。  

修造「桜おばあちゃんの存在が、みんなに良い影響を与えてる! 盛り上がってきたぞー」

赤井「コーヒー入ったよ。いる?!」

みんな、喜んでカップをもらいに行く。
緑川が、あさぎ、金子、水上などにコーヒーを配る。

修造「桜ばーちゃんは何飲む?」

桜「甘酒」

修造「さすがに、それはないなー」

桃子「私、買ってくる」

赤井「あ、俺も行くよ」

赤井と桜出て行く。
みんなおしゃべりに夢中。

桜「桃ちゃん?」

桜、きょとんとしているが、いきなり不安そうになる。

桜「お腹すいた」

近くにいる灰谷のシャツを掴む。

桜「食べもんをください。朝から何も食べてないんです」

灰谷「え? さっきお弁当食べてたよね」

緑川「はい、どうぞ」

緑川、飴をあげる。

桜「ありがとうございます」

口に入れる。
また灰谷のシャツを引っ張る。  

桜「食べ物恵んでくださいませんか、朝から何も食べてないんです。おにぎりやおそばが欲しいなんて言いません。飴の一個でいいんです。誰か私に恵んでください」

灰谷「えっと、大丈夫?」

桜「お米一粒でもええんです」

灰谷「だから」

桜「飴、飴ください。ひもじい。ひもじい」

みんな、異変に気付く。

修造「どうしたの。おばあちゃん」

桜「飴ください」

紅、桜の肩に手を置く。

紅「あんた、口の中にまだあるやろ」

桜、無造作にその手を払う。

桜「ひもじい」  

紅「わがままばっかり言うたらあかん! そんなんやけん、年寄りは役立たず言われるんや!」

桜、ムッとして、机の上にある紅たちのハガキを丸めて投げる。

紅「何すんの!」

黒沼「あーあ!」

黄「滅茶苦茶じゃないの」

白井「ちょっと!ええ加減にし!」

白井、桜の肩を押す。

修造「ちょっと、白井さん!」

桃子「ただいまー」

桃子と赤井戻ってきて異変に気がつく。

桜「桃ちゃん! どこ?」

桜、泣き出す。

赤井「おいおい、どうした」

紅、桃子にクシャクシャになったハガキを一枚差し出し詰め寄る。

紅「あんた、これ、あんたとこのボケ老人がやったんよ! どうしてくれるん?」

修造「紅さん、その言い方はないでしょう」

桃子「すみません…はがき代弁償します…おいくらですか?」

緑川「桃子ちゃん、いいわよ。紅さんも、いい加減にしたら?」

桜「…ひもじい」

紅「あー、もううるさいな!」

桜、号泣。

紅「あんた、何突っ立っとん? ばーさん連れてとっとと帰り!」

桃子「ごめんなさい。明日改めてお詫びにきます」

桃子、荷物をまとめて、車椅子を押す。

赤井「ちょっと待てよ」

赤井、車椅子を手で止める。

赤井「今のは紅姉さんの方が悪いんじゃないか? 謝れよ」

紅「なんで私が謝らなあかんの。被害者はこっちやろ!」

灰谷「…被害者って」

緑川「仕事押し付けたの、姉さんたちでしょ? 勝手すぎない?」  

紅「はあ? あんたら、みんなあの子の味方か。若い子は得やな」
黄「どうせあんたたちもグルなんでしょ」

緑川の顔色が変わる。

緑川「こんどは私たちがターゲット? かわいそうな人」

白井「は? かわいそうな人? どっちがやの」  

紅「お嬢ちゃん、はっきり言うとくわ。ボケ老人は社会の迷惑や。家に鍵かけて 一歩も外に出んようにしとき!」

桃子、傷ついて桜の車椅子を押しながら出て行く。

修造「あーあ。桃子ちゃん!」

修造、桃子の後を追おうとする。

修造「師匠、後をお願いします」

赤井「おう」

修造、飛び出そうとした時、支店長が入ってくる。

支店長「失礼します」

修造「うわあ」

修造、情けない顔で赤井に

修造「師匠ー頼みます!」

赤井「…わかった」

赤井、修造の代わりに桃子たちを追う。

紅「あーあ。全部刷り直しや!」

紅軍団、思いっきり不機嫌な態度で出て行く。
羽鳥、気遣うような表情で、  

羽鳥「お取り込み中ですか?」  

修造「もう、タイミング悪すぎですよー。なんですか? 返済計画の書類なら、この間、出しましたけど」
羽鳥「(満面の笑みで)実はご相談がありまして」  

修造「なんですか?」
羽鳥「(更に嬉しそうに)実はこのビルを1億で買い取りたいとおっしゃる方がいるんです」
修造「(一瞬驚いて、独り言のように)あれ? 空耳かなー、いやストレスかなー」  

羽鳥「(ソファーに腰を掛けて)空耳じゃありませんよ。1億円でこのビルを買い取りたいという方がおられるんです」

皆、騒ぎ出す。  

修造「以前ここの相場は5~6千万くらいって聞いたことがあるんだけど、まさか1億なんて」

銀行員の2人、顔を見合わせ笑う。  

支店長「ここは駅近のいい場所ですからね。欲しい人にとっては相場なんてさほど関係ないんですよ」  

羽鳥「もしご興味がございましたら当行で仲介させていただきますが、いかがでしょうか?」

修造「うーん。(少し考えて)いい話だと思いますけど……お断りします」

灰谷「即答!?」

羽鳥「(急に顔色を変えて)え?どうして?」

支店長「金額がご不満ですか?」  

修造「いいえ、ほぼ倍の金額ですから不満なんて。でも、今って、冒険の旅が始まって、第一の試練に立ち向かってる時なんですよ。そこから逃げてちゃダメだと思うわけですよ」

支店長「え?」

修造「とりあえず、声をかけてくれてありがとうございます」

羽鳥「(ハンカチを取り出し)せっかくのいい話なんですけどね(涙目)」

支店長「本当にいいんですか?」

修造「はい」

羽鳥「(半泣きな感じで)青山さん、私も頑張ったんです」  

修造「羽鳥さんには感謝してます。でも見てくださいよ。だいぶ人が増えたでしょう。これからって時に、ここを手放すわけにはいきませんから」

支店長「…確かに随分賑わってはいるようですが」

支店長、小声で  

支店長「コワーキングスペースとは働く人のための場所でしょう。みたところここは、ただのおしゃべりサロンになっている……続くんでしょうか?」

修造「よく意味が分からないんですけど」  

支店長「ただおしゃべりを楽しむだけなら、喫茶店のようなところでよろしいんじゃありませんか? 情報収集ならネットで十分。コワーキングスペースとは、様々な能力を持つメンバーが集まって、1人ではできないイノベーションを起こしていく。そういう場所じゃないんでしょうか? でなきゃ集まる意味がない。そう思いませんか? まあ一概には言えませんが、果たしてこのメンバーでそれが出来るでしょうか」

修造「そんなこと!」

金子「(みんなに)ここにいるのは役立たずばっかだって言われてるよ」

支店長「そんなことは言っておりませんよ」

金子「でもそう思ってる。態度見りゃわかるんだよ」

羽鳥「(泣きながら)支店長」

支店長、頷く。
羽鳥「(涙を堪えるように)もう一度よくお考えください。気が変わりましたらいつでもご連絡お待ちしていますので」

支店長「それでは」

銀行員2人、席を立ち出て行く。

緑川「1億か。それだけあればここを維持するより未来があるんじゃない?」

灰谷「そうだね」

赤井、 桃子といっしょに戻ってくる。

修造「桃子ちゃん! おばあちゃんは?」

桃子「家で寝てる。今はお母さんにみてもらってるの」

修造「そうか」

赤井「紅さんたちは?」

修造「仕事に行きました」

桃子「そうなんですか」

桃子、少し落ち込んでいるが、何か覚悟を決めたように顔を上げる。  

桃子「実は、あの人たちとお話がしたくて戻ってきたんです。さっきは言えなかったけど、おばあちゃんが役立たずなんかじゃないってこと、ちゃんとわかってもらいたくて」

灰谷「あれってひどいよね。無理やり手伝わせたくせに」  

桃子「うち、バブルが弾けた頃、すごい借金を背負っちゃったことがあるんです。その時、おばあちゃんは夜も働きに出かけて、桃井家を支えてくれました。働いて働いて働きずくめで、家事の手抜きは一切しなくて。いつも笑顔で優しくて。おばあちゃんは私の自慢なんです」  

修造「あの頃のおばあちゃん、紅さんたちに見せてやりたいよ。そしたら役立たずなんて絶対に言われなくて済むのにさ」  

桃子「でも、私はね。何かができるから凄いんじゃなくって、今のおばあちゃんだって、十分凄いって思ってる。だってね、おばあちゃん、もう八十歳なんだよ。そのおばあちゃんが、毎日楽しく暮らせてるんだよ。勇気がもらえると思わない? 生きてくれてるだけで、おばあちゃんはちゃんと社会の役に立ってる。私はそう信じてるんだ」  

緑川「気持ちはわかるわ。私も、紅軍団の横暴が許せないでいるの。でもどうするの? 人間の心って、なかなか言葉だけでは動かないものよ」  

桃子「私、おばちゃんのブログを書いてるんです。 これを読んでもらったら、おばあちゃんのこと、理解してもらえるかも」

赤井「どれどれ」

桃子、スマホを取り出しブログを見せる。  

赤井「わ、面白いなこれ。さすが作家志望。読ませるね。(少し考えて)よし…いいことを思いついたぞ」

 暗転  

五幕

 明転

◯スペース

赤井、灰谷、緑川、修造、話している。
あさぎは寝ている。それぞれの手には『映画スタッフ及び出演者募集!  監督赤木健太郎 ドリーマーズプッシュプロジェクト』のチラシ。
水上と金子はメイク中。

水上「ね、映画撮るの?  このメンバーで?」

金子「…らしいね」

水上「…金子ちゃんも出るの?」

金子「まさか」  

水上「(ホッとした感じで)そっか。これから、パパとランチデートなの。パパ、ケバいのが好きだから、うんと盛って」

金子「盛りメイクか…やってみる」  

赤井「灰谷ちゃんと緑川ちゃんがADやってくれないかな?」

緑川「いいわよ。面白そう」  

修造「画像編集のこととかなら、任せてください。僕は元システムエンジニアですから」

赤井、ちらりとあさぎを見て、

赤井「カメラはあさぎちゃんに頼んだ」

緑川「オーケーしたの?!」

赤井「ああ」

あさぎ、寝返りを打つ。

緑川「(あさぎに)あさぎちゃん、やるの?」

あさぎ「まあねー」

灰谷「あさぎちゃんのキャラ、掴めないわー」

赤井「金子ちゃん、メイクやって」

金子いやそうに

金子「ええー」

修造「お願いしますよー。金子さーん」

金子「うわ。キモっ!  わかったよ。やるよ」

灰谷「しかし、面白いこと考えたね。喧嘩の手打ちに映画を使うなんて」

赤井「…もともと映画は撮りたかったんだよ」  

緑川「けど、肝心な紅軍団は来そうにないわね。無理もないか。昨日の今日だもの」

ドヤドヤと紅軍団やってくる。  

白井「ああ、今日のミーティング長引いたわー」

紅「名指しで説教とか。部長、そのうちいてこましたる」

黒沼、チラシに気がつく。

黒沼「なんやの、これ」

紅軍団全員、チラシを見る。
修造たち、彼女らの様子を無言で観察。
紫、入ってくる。

紫「おはようございます。ん?  どうかしましたかな?」

紅軍団の様子に気づき、紅の横にたち、チラシを読む。

紫「映画スタッフ及び出演者募集…?  なんですと!」

紫、赤井に向かい、

紫「わたくし、出演させていただきます!」

赤井「マジで?  サンキュー!」

紫「ここだけの話…出たがりなんです」

赤井と紫、親指を立てあい、共感の合図。  

紫「松山主催映像コンテストに出品予定……なるほど、役者さんがメガホンを取ることで、一味違った作品ができそうですな」

紫、とても嬉しそう。
紅、紫に向かって

紅「…あんた、何か言うことあらせんか?」

紫「はて?」

紅「うちらに、なんか言わないかんことがあるやろ」

紫「…なんでしょう?」

紅、すごむ。

紅「あんた?  とぼけんのも大概になぁ?」

黄「先生、うちらの守護霊はなんだった?」

紫「オードリーヘブパーンにグレースケリー……ああ!」

紫、気がついて、  

紫「紅さんたちも出演されませんか?  守護霊たちが、やれ、やれ、と言ってますよ」

白井「守護霊様がそういうなら…しゃーないかな、なあ、紅姉さん」

紅「霊のお告げには逆らえん。(赤井に)あんた、うちらも映画出るで!」

赤井「よっしゃ!  姉さんたちがいれば百人力だ!」

灰谷と緑川、釣れた釣れた、という風に笑い合う。
桃子、桜と一緒にやってくる。

桃子「おはようございます!」

赤井「お、きたきた!」

紅軍団、ふてぶてしい態度。

白井「なんやのあんた、また来たんか。厚かましいなあ」

桜、今日は機嫌が良くキョトンとしている。

赤井「俺が呼んだんだよ」

修造、桃子と桜の隣に立ち、

修造「脚本家の桃子ちゃんと主演女優の桜さんです」

紅軍団「はあああ?」

御茶山「この人を主役に?!」

紅「それ、うちらへの嫌がらせやろ?」

赤井「まさか」

紅「じゃあ、なんでこんな年寄りが主役やるんよ」  

修造「桃子ちゃんの書いた原作があるんですよ。あとは脚本に起こすだけなんです」

桃子「私、頑張ります!」  

灰谷「松山は何気に長寿の人が多いんだよね。少子高齢化はキャッチーなテーマだし、コンテストウケすると思うよ」

紅「なるほどな…ほんなら、うちは下りるわ」

御茶山「ええっ?  嘘!」

白井「姉さん…映画に出られるなんて、こんなチャンス滅多にないで?」

紅「あんたらがやりたいなら、やればええ。うちは嫌や」

紅、軍団メンバーに話しかける。  

紅「あんたらも知っての通り、うちは確かに映画好きや。唯一の趣味とも言うてええ。けどな。昨日、うちらはこの人に(桜を見る)役立たずとまで言うたんやで? ほやのにこの人の主演映画にノコノコ出させてもらうん? 悪いけど、うちのプライドがそんなの許さんけん」

桃子が口を開く。  

桃子「私は…だからこそ紅さんたちに出て欲しいんです。年をとったらあとは余生だって、みんな普通に思ってる…でも、そんなの間違ってる。おばあちゃんの生き様を世の中の人に知ってほしい…年を取ってても、ちゃんと誰かの支えになってるってこと、多くの人に気づいてもらいたいんです。だから・・・、まずは紅さんたちの意識から変えていきたい。この映画を作ることで」

紅の前に立ってジッと見詰める桃子。

紅「なんや、宣戦布告か?」

桃子「そうとっていただいても構いません」

修造「桃ちゃん」

灰谷「雲行き怪しくなってきたよ」  

紅「(桃子を睨みつけて)生意気というか、最近の子にしては根性すわっとるやないの・・・(突然大笑いして)面白い嬢ちゃんや。(桃子の顔に近づいて真顔で)わかった。受けてたったるわ!」

御茶山「姐さん…ええの?」

白井「出るん?」

紅「ああ」

黒沼「よっしゃ! うちら女優デビューやな!」

黄「良かったー」

喜び合う紅軍団。

緑川「ひとまず休戦ってとこね」

灰谷「紅さんには、敵わないわー」(苦笑)

修造「ドリーマーズプッシュ初の一大プロジェクト、始動ですね!」

水上「面白そう! ねえ、試写会やってくださいよ! パパと見にくるから!」

赤井「おっと、俺は水上さんにも出て欲しかったんだけどな」

水上「えー私なんか」(照れる)

金子「無理無理、やめといたほうがいいって」

水上「(少し残念そうに)そうよね、じゃあ試写会楽しみにしてる」

赤井「そうか、残念だな。よし、じゃあこれで決まりだ。みんないいかな?」

白井「まかしとき!」

黒沼「腕がなるわー」

御茶山「セリフ大丈夫やろか? なんかドキドキしてきたわ」

黄「私もやるとなったら、全力で協力するわよ」  

修造「試写会かあ、燃える展開!(独り言)ひとりひとりの力は小さくても、みんなの力が集まれば、でっかいことがきっとできる……冒険の旅が始まるぞ!」

暗転。  

ナレ「映画作りは決して順風満帆とはいかなかった」  

特徴(スポットとか色目の違い等)のある半照明が入る

机の上に突っ伏す桃子。

桃子「ああ、もう書けない!」

修造「頑張って! 桃ちゃん!」

台本を読み合わせている紅軍団。

紅「(セリフを読んでいる)『知らん知らん。私は知らんよ』」

赤井「紅姉さん、顔が怖い」

紅「これが地顔や!」

桜、紅に近づいて

桜「(にっこり笑って)紅さん、かわいいかわいい」

紅、グッと言葉につまり、

紅「かわいいのはあんたや。こないだは堪忍な」

暗転

ナレ「僕たちは意見をぶつけあった。僕たちは次第に結束を深めていった。そしてあっという間に一ヶ月が過ぎた」

夜。照明が少し暗い。
修造はパソコンに向かっていたが、  

修造「……こんな時間か。ちょっと休憩」  

ゲームを始める。
赤井入ってくる。

赤井「お疲れ」

修造「あ、師匠。お疲れ様です」

赤井横に座る。

赤井「なあ、ゲームってそんなに面白いの?」

修造「やったことないですか? 今度教えてあげましょうか」

赤井「何がお勧め?」

修造「やっぱりドラゴンクエストかな?」

赤井「それがお気に入りなのか」

修造「ええ。人生に必要なことは、すべてゲームから教わりました」

赤井「ずいぶん大袈裟だな」  

修造「本当です。コツコツ仲間とアイテムを集めていって、目標を一つずつクリアしていく。そしたら、いつの間にか目的地にたどり着くんです。とはいえ、なかなかリアルでは実践できなかったんですけどね。僕は、現実の世界がちっとも面白くなかったんですよ。ずっとゲームの世界に浸っていたかった。システムの仕事もそこそこまともにやってたのに、人間関係のもつれですぐに辞めちゃって・・・」

修造、ゲーム機をテーブルに置いて、赤井を見つめる。  

修造「でも、最近、現実がすごく楽しいんです。映画作りって、ロールプレイングゲームにちょっと似てるし。ゲームも映画作りも、仲間が大事。一人一人の力は弱くても お互い助け合うことで、大きなクエストをこなすことができる。そんなことがわかったのは、師匠のおかげですよ」  

赤井「おまえにとってのゲームが俺にとっての映画なのかもな・・・。修造はロッキーって知ってるか? 知らないよな・・・。古い映画だし」

修造「ボクシングの映画でしたっけ? 」  

赤井「そう。うだつの上がらないロートルボクサーが、どん底から這い上がってチャンピオンベルトを手にするんだ」

修造「へえ。そんなお話なんだ」

赤井「世の中には、物語が必要な人間っているんだよ。俺や、お前みたいに」

修造「物語が必要な人間?」  

赤井「人と話したり金を稼いだり、遊んだり。それでだけで満足できる人だって多いだろ? けどどうしてもそれだけじゃ満足できない奴が居る。現実より、物語の世界に浸っていたい。俺たちは多分、そう言う人間なんだ」  

修造、噛みしめるように  

修造「そうか……かもしれない」  

口調を変えて、

修造「師匠は役者の仕事どうするんですか?」

赤井「んーまあ、そのうち戻るよ」  


暗転

ナレ「何故かその時の師匠の顔が、僕にはとても寂しそうに見えた」  


六幕

ナレ「そして、1ヶ月後、映画はめでたくクランクアップ。  

銀行のお二人や、水上さんたちを招いたプチ試写会が、ドリーマーズプッシュで開かれた。

 明転  

○スペース

支店長と羽鳥が来る。

支店長「ごきげんよう」

羽鳥「お手並み拝見しにきましたよ」

修造「ゆっくりご覧になってください」

羽鳥「今日は・・・(涙ぐむ)懐かしい方をお連れしました」

支店長「(困った顔で)また泣くのか?」

羽鳥、ううんと首を振るがハンカチを顔に当て相当涙ぐんでいる。
上田、入ってくる。

上田「こんばんは」

修造「あれ、先輩!」

羽鳥「(涙を堪えながら)試写会の話をしたら、上田さんも行きたいって」

上田「久しぶりだな」

修造「お久しぶりです」

上田「どう?  仕事、頑張ってる?」

修造「はい!」  

上田「修造…エフツウに戻らないか?  部長、まだお前のこと諦めてないみたいだぞ」

修造「はあ…でもスミマセン、戻りません」

上田「…そうか…でも勿体無いな。すごいスキル持ってんのに」  

修造「今、オーナーの仕事が楽しいんです。人の夢の後押しするの、結構向いてるみたいで」

上田「そうか、わかった」

上田、羽鳥・支店長の隣に座る。
水上、夫と手を組んで入ってくる。

水上「みなさーん。こんにちはー。パパと一緒に来ちゃいました!」

修造と金子、出迎える。

修造「いらっしゃい」

水上夫「家内がいつもお世話になっています」

修造「いえ、今回はいろいろとお手伝い頂いて助かりました」

赤井、水上の夫を見て立ち止まる。

水上夫「おや?」

水上夫、赤井を見て何か気付いた様子。
赤井、水上夫に気づき、一瞬気まずい様子。

赤井「おーっと、あの、その、先生、こんにちは」

水上「パパ、赤井さんを知ってるの?」

水上夫「赤井?」

赤井、先生に何も言うなとジェスチャーで伝える。

赤井「…えっと、風邪を診てもらったんですよね」

水上夫「ああ」

なんだか奥歯にものが挟まったような会話。

赤井「世間って狭いね。先生、水上さんの旦那さんなんだ。あ、一番前空いてるから。どーぞ」

赤井、2人の背中を押して前に向かっていく。水上夫婦着席。
金子、水上夫に

金子「あ、久しぶり。先生」

水上夫「おー、元気やったか?」  

水上夫、立ち上がり金子に抱きつく。
水上、ムッとして引き戻す。

水上「パパー。金子ちゃんに見とれちゃダメ!」

桃子、桜の車椅子を押してやってくる。

桃子「修ちゃん、こんばんは」

修造「あ、桃子ちゃん。おばあちゃん一緒に来れたんだ」

桃子「じっとしてるのはきついかなって思ったけど」

修造「よかったー。やっぱり主演女優がいないと、盛り上がらないよ」

修造、桜の車椅子を誘導する。

灰谷「全員きたね。修造くん、そろそろ始める?」

修造「はい! 」

灰谷、プロジェクターをセット。

灰谷「ネットライブ配信も、スタート、と」

紅、紫、ノーモア映画泥棒の格好で出てくる。

紅「劇場内では携帯の電源はお切りください」  

紫「忘れた場合、十年以下の懲役、もしくは一千万円以下の罰金、またはその両方が科せられます」

紅「あんた、言い過ぎや」

紫「すいません、嘘です」

紅「ま、それは冗談として携帯はマナーモードでな」

2人声を合わせて『NO MORE 着信音!』  

修造「それでは、みなさん、ドリーマーズプッシュ制作の初映画、桜日和、スタート!」

 半暗転
映画が始まる。
 ゆっくりと暗転

 すぐにゆっくりと半暗転に。  

 映画は続いている。
そして映画が終わり、電気がつく。
しーんとしてる。

修造「あのー、みなさん、どうでしたか?」

修造が口を開いた途端、支店長が立ち上がり、修造の手を握る。

支店長「ブラボー」

支店長、羽鳥も泣いている。
支店長、泣きながらメンバー全員と握手。
最後に赤井の手を握り、

支店長「人に歴史あり。いいものを見せていただきました」

赤井「いや…ありがとう」

寝ている桜に、羽鳥が泣きながら話しかける。

羽鳥「桜さん、素敵でしたよ」

桃子、その言葉を聞いて目を潤ませている。

修造「(独り言)人の心を揺さぶるって…こういうことだったんだ」

支店長改めて修造に向きなおる。

支店長「この作品は松山市の映像コンテストに出品されるんですよね?」

修造「はい」  

支店長「いけるんじゃないですか?もしかしたらこれをきっかけに、ここの人気も出るかも知れない。羽鳥くん、君もバックアップしたらいいよ」

羽鳥「支店長、ありがとうございます。私も嬉しくて(号泣)」

みんな大喜び。
金子、水上に笑顔で話しかける。

金子「どうだった?」

水上、ひきつっている。

水上「素人が作ったにしてはマシじゃない?」

金子「え?」

水上夫「(笑顔で)私は感動しましたよ」

水上「パパ、帰ろ」

水上夫「あ、ああ」

ぷい、と顔を背ける水上。帰っていく水上夫婦。
金子、笑顔をひっこめ、つまらなそうな顔に戻る。

支店長「じゃあ、いい報告お待ちしていますよ」

羽鳥「(涙ぐみながら)またお邪魔します」

上田「あ、修造」

修造「はい」

上田「(少し考えて)ああ、まあいいや。今日はありがとう。またな」

修造「ありがとうございました」

上田・銀行員たちも去る。

紅「桜さん、良かったわあ。人間ちゅうもんは、七十過ぎてからが本物やね」  

紅泣いている。

灰谷「役立たずとか言ってたくせに」

そう言いながら、灰谷、微笑ましい笑顔。

紅「あほか!  そんなこと言う奴がおったらな、うちらがしばき倒したるけん!」

白井、桃子に話しかける。

白井「姉さんはすっかり桜さんのファンやね。いつかのこと、堪忍な」

桃子「(笑顔で頷き)はい!」

緑川「みんな、頑張ったわね!」

灰谷「さて、ネットの反響はどうかな?」

灰谷、パソコンを眺めていたが、

灰谷「ライブ配信に、いっぱいコメントがついてる!」

みんな、パソコン画面にかじりつく。
金子、ふらりとベランダへ。

灰谷「金子ちゃん、見ないの?」

金子「…興味ない」

金子タバコを吸い始める。

紅「協調性のないお嬢ちゃんやなあ」

黒沼「ほっとこほっとこ」

みんなの視線がパソコンに戻る。

緑川「絶賛ね。みんなの演技だけじゃなくて、メイクやCGも褒められてる!」  

灰谷「脚本もいいって」  

緑川「ちょっと待って。なにこれ?」  

灰谷「どれ?(自分のパソコンを見て)『ドリーマーズプッシュのメンバーはインチキ集団だ』……え?なによ、これ」

みんな、一瞬、驚く。

緑川「…どういうこと?」

紅、緑川のパソコンを覗き込む。  

紅「『紫はインチキ霊能者、紅軍団は、契約者の保険料をネコババしてる……なんやの、これ!」

修造「一旦コメント欄閉じましょう」

灰谷「あ、うん」

灰谷、慌ててパソコンを操作。
みんな、顔が青ざめている。
ベランダで金子も驚いている。

修造「どういうこと?」  

紅「(興奮気味に)なんやのあれ? 誰なん?、あんなデマ流したんは!(ハッとして)・・・もしかして犯人はこの中におるんやないん?」

白井「裏切り者は誰やの」

御茶山「そや! 心当たりあるわ」  

みんな御茶山に注目する。
御茶山、ベランダに行き金子を引きずってくる。スマホを手にしている右手首を握って、

御茶山「あんたやろ!」

金子「はあ?」  

御茶山「だいたいおかしいんよ。客もほとんどおらんのに、ずーっとここで何しよるん!」  

紅「なるほど。メイクアップアーティストといいながら、ろくな稼ぎのないあんたは、ちゃんと働いとるうちらが妬ましかったんやろ?」

金子「…妬ましい? 冗談も休み休みにしなよ。このブス!」

白井「なんやの?ブスって。あんたいい加減にしいや(金子に掴みかかる)」

金子「なによ!」  

修造「(白井を金子から引き離して)みんな、とりあえず落ち着いて」

白井と金子、睨み合っている。
あさぎ、無言で出て行く。

修造「あさぎさん? ちょっとどこに…」

修造困り果てる。

修造「あ、そうだ。師匠」

修造、赤井を探して洗面所に。
赤井、後ろ向きで苦しそう。

修造「師匠、なんとかしてくださいよー」

修造が腕をとると、赤井、どん、と崩れ落ちる

修造「赤井さん?」

全員が赤井に注目する。
赤井無言。
修造赤井の肩を大きく揺さぶる。

修造「赤井さん!」

何度も肩を揺する。

暗転。  

七幕

 明転

○病院

病院のベッドで寝ている赤井。水上夫と修造がその横で話している。  

水上夫「過労ですな。無理が祟ったんでしょう。今の彼にストレスは大敵ですから」  

修造「今の彼には、って?」  

水上夫「・・・身寄りもいないようだし、あなたにはお話ししたほうがいいかも知れませんな」  

修造「悪いんですか?」  

水上夫「(大きく頷いて)心臓弁膜症です。恐らく先天的なものだと思いますが、仮に手術を受けなければ持って1年か2年くらいかも知れませんな」

修造「1年・・・えっ?!  でも手術をすれば治るんでしょ?」

水上夫「ええ。でも、彼は拒否している」

修造「どうしてですか?」  

水上夫「わかりません。できれば三村くんの傍に付いてあげててください」  

修造「はい」

水上夫出て行く。

修造「三村?」

まじまじと赤井を見る。

修造「三村。もしかして…」

スツールに座る修造。  

しばらくして赤井が目を覚ます。

修造「お目覚めですか」

赤井「えっと…ここは」

修造「病院です」

赤井「悪い。俺、ばてちゃって」

赤井が半身を起こそうとするのを修造が押し止める。

修造「寝てて下さい…無理は禁物ですから」

赤井、従う。  

修造「師匠…いや、赤井さん。ドリーマーズプッシュで出会った時、僕の名前を聞いて受けていましたよね。有名人の修造と一緒だって」

赤井「ああ」  

修造「役者ってすごいな。すっかり騙されましたよ。本当は最初から知ってましたよね。僕の名前が修造で、あの修造と全く同じ字を書くってことも」  

赤井「どういう意味だよ」  

修造「・・・三村、拓哉さん、ですよね? あの時の」

赤井「(独り言のように)…あの先生、おしゃべりだな」  

修造「ドリーマーズプッシュのネーミングに惹かれたっていうのも嘘ですよね。僕がここに居ると知って松山に来たんですよね」

赤井「ああ、・・・そうだよ」

修造「だから僕を助けてくれた」

赤井「ああ。だってお前は、俺の大切な命の恩人だからな。・・・あの時の」

 半暗転


○回想 川の中 音だけ。  

小学校5年生の修造、四十歳の赤井。

赤井「離せ! 俺はな、死にてーんだよ!」  

修造「いやだ! 死んじゃだめだよ。死んだらゲームオーバーなんだよ? 命はリセットできないんだから!」

赤井「俺が死んでも誰も困らない。だから手を離せ!」

修造「嫌だ!」

赤井「離して……くれよ……」

修造「嫌だ!今おじちゃんの手を放したら僕は一生後悔する。僕はずっとずっと大人になっても、おじちゃんのこと覚えてる! だから僕のために生きて! 生きてよ! 」  

赤井「お前……」

水が修造の足をさらう。

赤井「危ない!」

川の流れる轟音が徐々に消えていく。


 明転

赤井は半身を起こしている。

赤井「あんなこと言ってたけどさ、お前、俺の顔忘れてたじゃん」  

修造「仕方ないですよ。あのときの赤井さん、ボロッボロで今の方が若いくらいだし。でもね、あの日のことは、ちゃんと覚えてましたよ。一日も忘れたことはありません。元気かなっていつも思ってた」

赤井無言。  

修造「あのミムタクと同姓同名……覚えやすい名前ですもん。僕の修造とおんなじで」

赤井無言。

修造「名乗らなかったのはなぜですか?」

赤井無言。  

修造「まあいいですよ。こうして生きて会えたんだから」

赤井「・・・そうだな」  

修造「心臓弁膜症病なんですって? …でも手術をすれば治るって聞きました。どうして手術をしないんですか?」  

赤井「もう、満足したからだよ。あの後たっぷり十五年生きた。仕事もそこそこうまくいった。最後にさ、命の恩人に借りも返した……心残りは何一つない」

修造「(顔をこわばらせて)借りを返した?」

赤井「利用者が増えたじゃないか。それに映画も作ったろ」

修造「そのおかげでみんながどうなったかわかってますか?」

赤井無言。

修造「本当は手術が怖いんでしょう?」

赤井「それは違う」  

修造「僕ね、ロッキー観ましたよ。凄かった。負け犬だった男が、勇気を振り絞って、運命に立ち向かっていく。あれ見ると勇気が湧いてくるって言ったの、あなたじゃないですか(独り言のように)…何が借りを返しただよ。僕はそんなこと頼んでない。勝手にやって勝手に満足して欲しくないよ。迷惑だよ」

修造立ち上がる。

赤井「お前、怒ってる?」  

修造「ええ。すごく怒ってますよ。約束破りの大嘘つきに・・・。僕はあなたとの約束を守って、ずっとあなたのことを覚えてた。それなのにあなたは……生きることから逃げてる。・・・ごめんなさい。帰ります」

足早に病院を去る修造。

暗転

 薄明かりが点く  

○外

スマホが鳴る。
修造、スマホを見て、不思議な顔。

修造「あ、上田先輩だ」

出る。

修造「はい」  

上田「あ、俺。さっきはいいもの見せてくれてありがとう。ひとつ言い忘れたことがあって。今、いいかな」

修造「はい」

上田「映画、観て確信した。お前、やっぱり物づくりが向いてるよ」

修造「…先輩」  

上田「お前は、人の背中を押すだけの人間じゃないと思う。やっぱりクリエイターなんだよ。クリエイターは物を作らなきゃダメだ。でないと、どんどん孤独になっていくぞ。今のお前は、人のことばかり考えてて、自分自身が見えてないんじゃないのか?俺にはお前が一人ぼっちになってることに気づいてないんじゃないかと思えてならないんだよ。新しい物を作ってこそ、本来の修造なんじゃないのか?」

修造「先輩…」

上田「それが言いたかった。じゃあ」

修造、電話を切った後、空を見上げて何か考えている。

暗転  

八幕

 明転

○コワーキングスペース

スペースに帰ってきた修造。
全員が心配そうに修造を待っていた。

修造「あれ、みんな、まだいたんだ」

緑川「そりゃそうよ。赤井ちゃん、どうだった?」

修造「心臓弁膜症ですって。…手術するかどうか迷ってるみたいです」

灰谷「あんなに元気そうだったのに」

修造、乱暴な感じで椅子に座る。  

修造「(大きく溜息をついて)…生きる方法があるのに、そこから逃げるなんて信じられない。あの人、何を怖がってるんだろ」

緑川「修造ちゃん」  

修造「だって、そうでしょ?  このままだと一年後に死ぬんだよ?  僕たちの前からいなくなる…そんなの…裏切りだ。あの人があんな弱い人だなんて思わなかった。がっかりです」

緑川「…そんなこと言っちゃダメ」

修造「でも」  

緑川「みんな必死で生きてるの。その上で選んだ選択肢を、弱いの一言で切り捨てるなんて…やりきれないわ」

灰谷「…私もそう思う」

しんみり。
紅立ち上がり、修造に言い聞かせるように語り始める。  

紅「……うちな、今月、契約本数ナンバーワンになりそうなんやて。…この仕事について初めてや。大好きな映画を自分で作って、この歳で女優やらしてもろて、この一ヶ月、すっごい楽しかったわ。そしたらな、怠けることに飽きてきたんよ。本気になったら、人生おもろうなるんやねー。なんでこんな簡単なこと、今まで気づかんかったんやろ。こんな楽しい夢が見られるようになったのは、あんたの師匠が、映画作りに誘ってくれたおかげなんよ」

灰谷「ねえ…ドリーマーズプッシュ映画部作ろっか」

緑川「ドリーマーズプッシュ映画部?」

紫「いいですな」

桃子「私も、もちろん参加します! 脚本で」

紅「女優ならここにおるで」

白井「やっぱり私がおらんといかんのと違う?」

黄「ここにも女優がいるわよ」

黒沼「グレースケリーをほっといたらいかんやろ」

御茶山「イングリットバーグマンもな」

紅軍団が笑い、つられて紫・緑川・灰谷も笑う。  

緑川「一人一人の力は弱くても、集まれば、強い力にかわる。そのことを、世の中に証明してやりましょう!」

修造「わかりました。僕も全力で協力します!」  

金子「あのさ、盛り上がってるとこ悪いんだけど、みんな、大事なこと忘れてない? ネットの書き込み、誰なのよ。言っとくけど私じゃないからね」

あさぎと水上、揉めながら入ってくる。

水上「ちょっと、もう、引っ張らないでよ!」

金子、驚いてる。

灰谷「あさぎちゃん!」

あさぎ「犯人はこの女だよ」

金子「水上…なんで?」

あさぎ「…説明しな」

水上、拗ねたように金子を見る。  

水上「金子ちゃんのこと、こいつ(あさぎ)に頼んで、調べてもらってたのよ。こいつ、私の雇った探偵なの」  

あさぎ「こいつ、こいつ言うな」  

緑川「あーっ! この人、やっぱり盗撮魔だったのよ! ほら、鳥の写真だとか嘘ついて!」

あさぎ「……悪い」

金子「けど、なんで私を探偵なんか……」  

水上「金子ちゃんは私の中学時代からの友達だけど、パパの病院の患者さんでもあるのよ。パパもそれ知ってて、以前冗談で金子ちゃんみたいな子がタイプなんだとか言って…。それでもしかしたら浮気してるんじゃないかと思ったのよ…結局勘違いだったってわかったけど」

金子「は?ないない。勘違いも甚だしいよ」(呆れる)

緑川「水上ちゃんの旦那と金子ちゃん?ないわー」

灰谷「そもそも水上ちゃんがよくあの旦那と結婚したかが謎だもんね」

水上「その時ここのメンバーの秘密を知っちゃって…つい、魔がさしたのよ」

金子「意味わかんない」  

水上「…映画…良かったから、悔しくなって…。金子ちゃんだってそう。私には何にもないのに、器用で…羨ましかったの!」  

金子「私を羨ましがる女なんて、世界であんたくらいだよ。ブス!」(と言いながら口調は優しい)


金子「(水上に)そんなに羨ましいならさ、やってみれば? 映画作り。いいでしょ?修造さん。」


修造「も、もちろんです」

水上「いいの?」

緑川、あさぎの腕を組む。

緑川「あんたもね」

あさぎ「え?マジ?」

白井「金子さん、疑ってわるかったわ。・・・ごめんなさい」

金子「いいよ、別に。みんなを無視してた私が悪かったのかも知れないし」  

紫「これでこそ仲間」

修造「(少し焦って)みんな色々解決して良かったじゃないですか。それより赤井さんに報告しなきゃ」

暗転
明転
病室

タブレットでメッセージ動画を見ている赤井。  

修造「師匠。ドリーマーズプッシュのメンバーで、改めて映画部を発足しました。部長の席は空けてます。みんな、師匠を待ってます。十五年前、僕は僕のために生きて欲しいと師匠に言いましたよね。でも今度は誰かのためじゃなくて、自分自身のために生きて欲しい。師匠は僕の物語に、どうしても必要な人だから」

少しの間。

修造「ドリーマーズプッシュで待ってます」

何かを考えている赤井。ナースコールを押す。
水上夫がやってくる。

水上夫「どうしました?」

赤井「先生、俺さ……」

暗転。  

九幕

明転  

◯フロア

パーティみたく、飾り付けがしてあるフロア。
メンバー全員と水上がいる。
あさぎは寝ている。
紫が女性客を視ている。
桜にメイクする金子。

水上「おばあちゃん、綺麗になってるよー」

桜「ありがと」

緑川「ねえねえ、今月の売り上げどれくらい?」

灰谷「ふふふ」

緑川の耳元に耳打ちする。

緑川「うっそー。すごーい。ねぇねぇ、どうやったらそんなに稼げるの」

灰谷「それがさ、映画からの流入が多いのよ」

緑川「じゃ、私たちのおかげじゃない! 半分よこしなさい!」  

女性客「将来、何をしていいのかわからないんです。目標が見つからなくって」
紫「それはいけませんね。目標ある場所に道が開ける。運命を引き寄せたければ、まず目標を見つけなさい! とマザーテレサの霊が言っとります」  

女性客「あれ?私の守護霊って、ヒグマじゃなかったんですか?」  

紫「守護霊が入れ替わったのです。永井さん、初めて私のところに来てから何回目になりましたかな?」  

女性客「かれこれ十回目くらいじゃなかったかと」  

紫「体の浄化が完全に進んで、ようやく守護霊の浄化が出来るようになったのです」  

女性客「そうなんですか。あの、ちなみに先生の守護霊ってなんなんですか?」  

紫「私? 私は・・・タコです」  

女性客「(驚いて)タコ?・・・タコなんだ」  

紫「また一週間後にお待ちしていますよ」  

女性客「はい!」

女性客、嬉しそうに去る。  

灰谷苦笑し緑川に話しかける。

灰谷「あれだけ喜んでくれたら一万も安いもんよね」

銀行員の二人が入ってくる

羽鳥「ごめんください」

修造「支店長さん。あ、上田先輩も」

上田「今日はいい話があって来たんだよ」

修造「いい話…ですか?」  

上田「実は、うちの長瀬部長が懇意にしてる伊予大の城島教授の学生たちが起業家クラブを作ってて、クラウドファンディングを組んで銀行と大学を巻き込んだビジネスマッチングを計画してるんだ。そこで大学卒業後のOBとしても利用可能なこのドリーマーズプッシュをその拠点として利用したいそうなんだ」  

支店長「当行としてもちょうどクラウドファンディングサービスを始めたばかりで、当行のお得意様でもあるドリーマーズプッシュさんを是非にと推薦させて戴いたというわけです」  

修造「支店長さん」  

支店長「銀行というところは貸出先が限られていて、思うような資金提供が出来ないケースも結構多いんですよ。クラウドファンディングはそのようなお客様のかゆい所に手が届く、新しい顧客サービスとして事業化し始めたところなんです」  

上田「どう?いい話だろ?」  

修造「いいんですか? こんなところで」  

羽鳥「映画部のあるコワーキングスペース。今や注目の的ですから。イノベーションを起こせる優秀な人材が集まる場所になってきましたね」  

支店長、羽鳥、上田たち目を合わせて笑う。  

修造「確かに……でもぶっちゃけイノベーションなんていらないです」

支店長「え?」

修造「僕は、僕と僕の大切な人たちが元気で楽しく笑っていられたらそれでいい……凄くなくても情けなくても、弱くても馬鹿でも……口ばっかで例え何も生み出さなくても……そんな普通の人間が気軽に集まるステーション。ドリーマーズプッシュはそんな場所にしたいんです。支店長さん。以前僕にこう言いましたよね。『コワーキングスペースとは、様々な能力を持つメンバーが集まって、1人ではできないイノベーションを起こしていく。そういう場所じゃないんでしょうか? でなきゃ集まる意味がない』って」

支店長「覚えてます」

修造「能力なんてなくっても、人が集まること、そのものに意味がある。今ならはっきりそう言えます」

支店長「……修造さん大人になりましたね」

羽鳥「ううっ」(泣く)

修造「夢って他人に強制されて追うものじゃない。自然に見ているものですから」

灰谷、腕時計に視線を落とす。

灰谷「ねえ、もう三時よ」

緑川「嘘。いっけなーい」

支店長「お取込み中でしたか?」

修造「あ、いえ。是非ご一緒に」

修造と灰谷、緑川、そこにいる人にクラッカーを配る。
赤井が颯爽と現れる。  

赤井「よー!」

灰谷「赤井さん!」

緑川「おかえりなさーい」

みんなクラッカーを引く。
紙吹雪を投げかける緑川。くす玉が割れる。
桜が書いたおかえりなさいの文字。

赤井「ご無沙汰です。みんな、お見舞いサンキューな」

みんな笑う。

桃子「もう動いて大丈夫なんですか」

赤井「抜糸も済んだし、全然平気」

力こぶを作ってみせる。
修造、部屋の隅で俯き肩を震わせている。
赤井、修造を探していたが、見つけ、見つめる。  

赤井「修造」  

修造、顔を上げられない。  

赤井「修造」  

修造、しゃくりあげる。
赤井、とても優しい声で、  

赤井「……修造」

修造「師匠!」

修造、赤井に抱きつく。

赤井「修造」  

しばらく抱擁。
抱擁のあと、見つめ合う。  

赤井「ごめんな。修造」  

修造、首を激しく横に振る。

修造「約束、守ってくれてありがとうございます!」

赤井「またお前に助けられたな」  

修造「おあいこです。僕だって、随分師匠に助けられましたから」  

二人、離れる。  

修造「(みんなに)僕、決めました。僕もここで自分の夢を追います。いつまでも傍観者じゃいられない。やっと気がつきました」

灰谷「修造さんの夢って?」

修造「…ゲームを作る人になりたいんです。僕は怠け者で、すぐに諦めるし、一歩踏み出すにも、ものすごいエネルギーを使う情けないダメ人間だけど(赤井を見る)太陽みたいに明るい人でも、勇気を振り絞って生きてるんだって知りました。僕は、僕みたいなごく普通の人たちを救うようなゲームを作りたい。この場所でその夢を叶えてみせます」

赤井「…そうか」

みんなにっこり。

あさぎ「じゃあ、みんな並んで。撮影開始前に記念撮影行くよ」

緑川「支店長さんたちもどうぞご一緒に」

全員「はーい」「わー」「よっしゃー」(など口々に)

 ゆっくりと半暗転

みんなが並んでいる間に、ナレーションがかぶる。
ナレ「この後僕は本格的にゲームを作り始め、大好きなロールプレイングゲームをリリースする。映画部は半年に一度の割合で動画を公開、人気を博している。たまたま、チャレンジは成功したけれど、もし失敗してたとしても、僕たちはちっとも後悔なんかしなかっただろう。どんなに怖くてもどんなに膝が震えても、そしていくつになったとしても、最初の一歩を踏みだすことで、僕らはいつだって未来を変えられる。それがわかっただけで十分だ。時には立ち止まることもあるだろう。でもその時は、寄り添ってくれる仲間がいる。『一人の力は弱くても集まれば大きな力にかわる』。その言葉を信じて、僕らは夢に向かって、死ぬまで歩き続けるんだ」

 明転

あさぎ「はい、チーズ!」

暗転

 完  



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?