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なんで今、個別化医療なのか①

医療は常に進化していますが、近年特に目立っているのが「個別化医療」という概念の台頭です。では、なぜ今、医療は個別化へと向かっているのでしょうか。これは「現代の技術進歩とそれに伴う医療のアプローチの変化」がキーワードになります。

「個別化医療」はどうして登場したのか?

長い間、医療は「一律のアプローチ」が主流でした。つまり、同じ病気には同じ治療を施すという方法です。しかし、これはあくまで「平均的な患者」に基づいたアプローチであり、実際には人によって体の反応や病気の進行具合は異なります。例えば、同じ薬を服用しても、効果が出る人と出ない人がいますし、副作用の度合いも人それぞれです。

こうした現実に対応するため、個々の患者に最も適した治療を提供する「個別化医療」が注目されるようになりました。では、どうして今、この個別化医療が可能になっているのでしょうか。

一つの大きな要因は、科学技術の進歩です。特に、遺伝子解析技術のコストの低下と発展は大きく寄与しています。遺伝子は私たちの体の「設計図」ともいう事が出来、病気になりやすさや薬の効き方に大きく関わっています。遺伝子解析により、これらの違いを詳細に知ることが可能になり、患者一人ひとりに最適な治療法を見つけ出すことができるようになったのです。(さらに現在は、遺伝子にとどまらず、その遺伝子から転写されたものや周辺環境などを含めて多次元で患者一人ひとりを特徴づけしていこうというマルチオミクスという考え方も出てきています 1)。)

また、デジタル技術の進歩も個別化医療を支えています。スマートフォンやウェアラブルデバイスを使って、日々の健康状態を細かく記録し、分析することができるようになりました。これにより、より個人に合った健康管理や病状のモニタリングが可能になっています。

さらに、患者のニーズが多様化していることも、個別化医療の推進に一役買っています。今日では、生活習慣や健康意識も多様化したことで、患者さん自体が個々のニーズに応じたよりパーソナライズされたケアを求める傾向にあります。

このように、科学技術の進歩と社会の変化が相まって、医療はこれまでの「一律のアプローチ」から、より個々の患者に合わせた「個別化医療」へと大きな移行が起こっています。

個別化医療の3つの大きな流れ

"遺伝子を用いた医療の進展"

遺伝子を用いた遺伝子医療は、現代医療における最も革新的な分野の一つです。この分野の進歩は、私たちの健康管理や病気治療の方法を根本から変えつつあります。では、具体的に遺伝子医療とは何でしょうか、そしてどのように私たちの生活に影響を与えているのでしょうか。

遺伝子医療は、個人の遺伝情報を基にした治療法です。私たちの体の特徴や健康は、遺伝子によって大きく影響されます。遺伝子医療は、この遺伝子の情報を活用して、個々の患者に最も適した治療法を提供することを目指します。

過去には、遺伝子解析は高価で時間もかかるものでした。しかし、技術の進歩により、今ではより迅速かつ手頃な価格で遺伝子検査が可能になっています。これにより、遺伝子情報を基にした個別化された治療が、より多くの患者にとって現実的な選択肢となっています.

DNA解析にかかる費用の移り変わり
転載 https://www.adviservoice.com.au/2022/07/cpd-adviser-briefing-genetic-testing-in-life-insurance/

例えば、がん治療において遺伝子医療は特に重要な役割を果たしています。がんの種類や進行具合は、患者の遺伝子によって異なります。遺伝子検査により、がん細胞の特性を特定し、それに合った治療法を選択することができるようになったのです。これは、従来の「全員に同じ治療」のアプローチでは考えられなかった進歩です。

また近年、mRNA技術を使った新しいタイプのワクチンや治療薬が注目されています2)。この技術は、以前の方法に比べて、より迅速かつ安価にさまざまな種類のワクチンや治療薬を作ることができます。例えば、がん治療に使う特殊な成分を持つワクチンや、免疫力を高める治療薬、がんの成長を抑える成分、特定のがん細胞を攻撃するための治療薬、遺伝子を編集するための成分など、さまざまな目的のためにこの技術が使われています。これらの治療薬は、実験段階で有望な結果を示しており、一部は実際の患者を対象にした臨床試験にも進んでいます。

また、遺伝子検査は、病気の予防にも役立っています。遺伝子検査により、病気のリスクが高い人を早期に特定し、予防措置を取ることが可能になります。たとえば、特定の遺伝的傾向を持つ人々には、生活習慣の改善や定期的な健康チェックなどの予防策を講じることができます。

"デジタルヘルスケアの台頭"

現代の医療は、デジタル技術の進展によって大きく変わりつつあります。デジタルヘルスケアの台頭は、医療サービスの質を向上させ、患者の生活をより健康的で便利なものに変える可能性を秘めています。では、具体的にデジタルヘルスケアとは何でしょうか、そしてどのように私たちの医療や健康管理に影響を与えているのでしょうか。

デジタルヘルスケアとは、情報技術、特にインターネット、モバイルデバイス、ウェアラブル技術などを利用した健康管理や医療サービスのことを指します。この技術の進歩は、リアルタイムでの健康状態のモニタリング、個別化された健康アドバイスの提供、そして効果的な病状管理を可能にしています。

例えば、スマートウォッチやフィットネストラッカーは、歩数、心拍数、睡眠の質など、日々の健康状態を追跡するのに役立ちます。これらのデバイスは、健康への意識を高め、運動や睡眠などの生活習慣を改善するための実用的な情報を提供します。

さらに、デジタル技術は、患者と医療提供者間のコミュニケーションを強化しています。例えば、オンラインでの診療予約、電子健康記録へのアクセス、遠隔医療やビデオ通話による診療などが可能になっています。これにより、患者はより迅速かつ便利に医療サービスを受けることができるようになりました。

また、人工知能(AI)の導入は、病気の早期発見や診断の精度を高めることにも貢献すると考えられます。AIは大量の医療データを分析する能力に優れており、病気のパターンを識別し、個別化された治療計画の策定をサポート出来るでしょう。

"パーソナライズされた薬物療法"

医療の世界において、パーソナライズされた薬物療法は、個別化医療の中心的な部分を占めています。このアプローチは、個々の患者の特性に合わせて薬物治療を最適化することに重点を置いています。では、パーソナライズされた薬物療法とは具体的にどのようなものなのでしょうか、そしてどのようにして患者の治療に革新をもたらしているのでしょうか。

パーソナライズされた薬物療法の核心は、「正しい患者に正しい薬を正しいタイミングで提供する」ことです。伝統的な薬物療法では、病気の種類に基づいて標準的な治療が行われますが、これでは患者個人の体質や遺伝的特徴は考慮されません。パーソナライズされた薬物療法では、これらの個人差を重視し、患者一人ひとりに最適な薬剤選択や投与量の決定を目指します。

このアプローチの実現には、遺伝子検査が重要な役割を果たします。遺伝子情報は、薬剤の代謝や効果に大きな影響を与えるため、この情報をもとに治療計画を立てることで、効果が高く副作用が少ない薬物療法を実施することが可能になります。

手前味噌ですが、薬物医療の個別化に関して特に小児のお薬に関連するレビュー論文を書かせていただきました3)

例えば、特定の遺伝子型を持つ患者には、特定の薬剤が効かない、あるいは重篤な副作用を引き起こす可能性があることが知られています。このような情報を事前に把握することで、医師はより安全で効果的な薬物治療を提供できるようになります。

また、病状や体質に合わせた薬物療法は、慢性疾患の管理においても大きな可能性を秘めています。慢性的な健康問題に対しては、長期間にわたる薬物治療が必要な場合が多いですが、パーソナライズされた治療法により、より効率的で副作用が少ない治療が可能になります。

個別化医療の未来と課題

個別化医療の最大の展望は、患者一人ひとりに合わせた治療により医療の効果を最大化することです。遺伝子情報やデジタル技術の活用により、個々の患者の体質や生活習慣に最も適した治療法を見つけ出し、効果的な治療を実現します。予防医療の強化により、病気の発症リスクを減少させることも期待されます。さらに個別化医療は長期的に医療システムの持続可能性を高める可能性を秘めています。効果的な治療と予防により、医療コストの削減と患者の生活の質の向上が期待できます。

しかし個別化医療には越えなければならない課題も存在します。

課題①アクセスとコスト

個別化医療の課題の一つは、高度な技術の利用に伴うコストと、それによる医療アクセスの格差です。先進的な遺伝子検査やデジタルヘルスケアツールはコストが高く、すべての人に等しくアクセスできるわけではありません。コスト効率の良い技術の開発と医療システムの再構築が必要です。

課題②データのプライバシーと倫理

個別化医療では、患者のプライバシーの保護とデータの安全な管理が重要です。個人情報、特に遺伝的情報の取り扱いに関する厳格な倫理ガイドラインと法規制が求められます。

課題③エビデンスの構築の難しさ

個別化医療においては、治療法の効果を科学的に証明するエビデンスの構築が非常に難しい問題です。従来の臨床試験は、大規模な患者群に基づいて行われますが、個別化医療では患者一人ひとりの治療が異なるため、このような方法でエビデンスを集めるのは困難です。このため、新しいタイプの臨床試験設計やエビデンス収集の方法が必要とされています。

参照文献:

  1. Babu M, Snyder M. Multi-Omics Profiling for Health. Mol Cell Proteomics. 2023 Jun;22(6):100561. doi: 10.1016/j.mcpro.2023.100561. Epub 2023 Apr 27. PMID: 37119971; PMCID: PMC10220275.

  2. Liu C, Shi Q, Huang X, Koo S, Kong N, Tao W. mRNA-based cancer therapeutics. Nat Rev Cancer. 2023 Aug;23(8):526-543. doi: 10.1038/s41568-023-00586-2. Epub 2023 Jun 13. PMID: 37311817.

  3. Watanabe H, Nagano N, Tsuji Y, Noto N, Ayusawa M, Morioka I. Challenges of pediatric pharmacotherapy: A narrative review of pharmacokinetics, pharmacodynamics, and pharmacogenetics. Eur J Clin Pharmacol. 2023 Dec 11. doi: 10.1007/s00228-023-03598-x. Epub ahead of print. PMID: 38078929.


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