耳鳴りの上で鳴る

部屋では加湿器が低く唸る音だけがしている。僕の耳には高音の耳鳴りが混ざった不協和音が絶えず聴こえている。誰がこの部屋にいても加湿器の唸り声は聴こえるが、この耳鳴りとそれらが生む不協和音は僕だけのものだ。

2020年を振り返る文章を書こうと思っていた。その行為に違和感を覚えるほど僕はまだ12月にいないような気がしている。陽が沈むに連れて刺すように冷え込んだ空気だけが12月を教えていて、それ以外のすべてがバラバラに時間を止めているように思える。

今年は世界中の人間にとって絶望的な1年だったに違いないと数時間前まで本気で思っていた。でもこんな1年でも人は生まれて、誰かは恋に落ちて、誰かはプロポーズを受けて、人生規模で忘れられない瞬間を生んでいるようだった。それは人の営みがウイルスを打ち負かしたようにも思えて少し誇らしかった。

それぞれがそれぞれに耳鳴りを聴いて、あまりの煩さに命を絶った人もいた。でも人は耳鳴りがしたまま暮らすこともできるし、それが気にならないほど素晴らしい音がそこら中にあって、それを見つけられた人もいた。

音楽はそれぞれの耳鳴りの上で鳴る。だから時として意図せず耳鳴りと音楽がハーモニーを生むことがある。音楽だけでは揺らせなかった琴線を耳鳴りが揺らすことがある。だから僕はもう少しだけ、この耳鳴りと向き合ってやろうと思う。

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