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「かたちのないばけもの」


これからここに書き起こされる物語はHalo at 四畳半が2020.10.13.に開催した生配信コンセプトワンマンライブ「かたちのないばけもの」にて公開された物語です。配信時にアニメーションで流されたものを文字におこしています。

配信のアーカイブ映像が2020.10.18.の22:00まで購入可能なので、もし視聴前に内容を知りたくないという方は視聴後にご覧ください。アーカイブ購入はこちら


「かたちのないばけもの」

第一章

20XX年XX月XX日

私が”それ”を最初に認識したのはこの日だったように記憶している。薄暗い部屋に灯るTVモニターの中で、ニュースキャスターが淡々と原稿を読み上げていた。

隣国に突如として現れ、猛威を奮っていたばけものが海を渡ってこの国に上陸したらしい。緊急速報というわけでもなく、事の経緯を説明するVTRが数分間流され、表情一つ変えずにキャスターは次のニュースを読み始めていた。

ばけものが現れること自体は珍しいことでもなく、その特徴に応じてどこぞのお偉い学者が名前を付けるのだが、今年のは聴き馴染みのない名前なんだな程度に思っていた。ただ、それが人の”言葉”を嗅ぎ付けてやってくるという特徴は去年の奴と同じだ。国内初の犠牲者が出たらしいが、特段気にすることはなかった。画面の向こう、私の知らないところで私の知らない人間が命を落としたと聞いても、麻痺した私の心はそれをほぼフィクションとして受け取っていた。だからその後に友人から届いた

「ばけものが今年も現れたらしいから、今夜の約束は延期にしよう。」というたった一文のメッセージを読んだ瞬間に、はじめて”私の生きる世界にばけものが現れた”と認識したのだと思う。一人の人間がこの世からいなくなったというのに、私の心にこそよっぽど恐ろしいばけものが棲み付いているように思えた。



第二章

20XX年XX月XX日

ばけものが現れてから約二ヶ月の月日が経過した。私が、いや”私たち”が想像していたよりも遥かに、状況は悪化の一途を辿っていた。ばけものは国中を縦横無尽に駆け回り、人々の”言葉”を嗅ぎ付けてはその街を襲った。

犠牲者も日に日に増加していき、対応に追われた政府はばけものの餌となる”言葉”を減らすべく人と人との接触禁止令を発令した。街からは人影が消え、出歩くのは最低限の買い物のみ、生活のほとんどを自宅の中で完結させる日々が始まった。

ある日、部屋の窓から射し込む陽の光が少し体温に近付いた気がして、そこで初めて冬が過ぎ、春になっていることに気がついた。

はじめのうちはこの異常事態をどこか楽しんでさえいたのだが、徐々に息の詰まるような思いが濃度を増していった。私は気付いていなかったのだ。この街にも既にばけものはやってきていた。ばけものに姿形はなく、同じように姿形の無いものを食べ漁っていく。”言葉”を、”季節”を、”約束”を、”心”を、そして最後には”命”を食い潰される。”心”を食べられた私は、ただ毎日目を覚まし、味のしない食事を摂り、陽が沈むのを待って、また食事を摂る。食事を終える頃にはもう夕陽はほとんど消えかかっていた。

…そして夜が訪れた。



第三章

20XX年XX月XX日

あれからひと月ほどで政府からの接触禁止令は解除された。だからといってこの国からばけものが消えたわけではなく、すぐさま街に人影が戻ることもなかった。

私は元の暮らしが遠い過去のように思えて、この生活にも少しずつ順応してきている気がしていた。それでも食い荒らされた”心”が戻ることはなく、低空飛行で安定していくうちに自分自身が低空にいることを忘れてしまっているような、暗がりで次第に視界が広がりいつの間にか目が慣れてしまったような、そんな心持ちで日々を過ごしていた。

ある日、政府は新たな施策として「ばけものとの共存」を提唱しはじめた。ばけものに対する即効性のある撃退法は現状なく、その中でも国が国として機能するための苦肉の策だったように思う。細心の注意は払いつつも、出来る限り以前の暮らしに近い生活を目指すこの施策によって、街は少しずつ活気を取り戻し始めた。姿の見えないばけものを目視するための空間解析スコープが開発され、人々は外を出歩く際には必ずそのスコープを装着するようになった。

それはとても異様な光景で、しかしどこか未来的にも思えて私は少しだけ胸が躍ったような気がした。

自分自身を含め異様な人間たちで再構築されたこの街は、私の目には元の暮らしに戻っていくというよりも、最早新たな街として再び誕生していくように映っていた。

最終章

2020年10月13日


最終章には物語がありません。会場からあの瞬間に生まれた言葉でお伝えしました。聴き返して文字に起こすことはできますが、それはとても野暮な気がするので是非、映像をご覧ください。

Halo at 四畳半

( photo by オチアイユカ)

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