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【-24- 鮪漁船|いくら水をやっても死んだ種から芽は出ない(5)】

「おい、地獄さ行ぐんだで!」

 これは『蟹工船』(小林多喜ニ:新潮文庫)の書き出しだが、毎朝洗面所の鏡前に立つ度に向こう側から、そう言われている気がした。

 中学3年生。もうすぐ義務教育が終わる。

 勉強はできない。運動はできない。

 友達はいない。敵はたくさんいる。

 登校初日以降永久帰宅部員。

 そんな自分が学校に行く意味なんて正直に上げると二つしかなくて、昼休みに自分の机で「伏せ寝」と偽ってクラスの誰かが話す音楽とお笑いの最新情報を盗み聞きして毎日収集することと、3年越しに再び同じクラスになれた小学6年のときの初恋の人の姿を毎日見かけることしかなかった。

 そのおかげで出席日数は人並みに足りている。けれども課題とプリントの提出率は完全に0%だから成績はオール『1』、以前述べたようにアスパラガス畑だった。

 ちなみに兄のバイト仲間で教職を目指す友人によると当時の義務教育マニュアル上では課題やプリントさえ提出し続ければ成績は最低でも『2』で止まるらしい(今でもそうか知らない)。

 たとえ一文字も書かれていない白紙でも名前さえ書いて提出すれば『2』が貰える。

 では『1』とは、どういう状態なのか?

『1』とは「その授業に対して妨害行為を働いている」を意味する。妨害行為とは何か。

◆授業中に罵詈雑言を行う
◆授業中に暴力行為を行う
◆授業中に飲酒喫煙を行う

 要するに犯罪に値する行為を働いたと教師にみなされたのだ。教育マニュアル上では「プリント未提出」は授業を

◆円滑に進める上で妨害した
◆その教師に暴力行為をした

とカウントされるようだ(普段こっちが暴力受けている側なのに)。

 その友人さんに私の成績表を伝えると「弟くん少年院上がりなの!?」と驚かれた。もちろん違う。でも成績表での私はそうなるらしい。

「とにかく名前だけでも書かせて提出させろ!!」と友人さんは兄に厳重忠告したが、「もうあいつがどうなろうが知らね」と兄は冷めて返した。こういう会話があったことを友人さん→友人の母親→ウチの母親経由で一連のことを間もなく私も聞かされた。

 中学3年生。もうすぐ義務教育が終わる。

 ほとんどの人はどこか高校に進学するが、心の底から勉強を恨み憎んでいる私にとって高校は地獄からの延長線でしかなくて、端から進学なんて考えていなかった。かといって就職も考えてなかった。勉強したくない。働きたくない。命令されたくない。とにかく今は何にも考えたくない。ただ家族からしたら迷惑極まりない事態。何でもいいから行動を起こしてほしい。勉強は明らかに向いていないから就職させよう。

 中学3年の担任である山本久美子先生(女子体育)の意見は率直だった。

「ちゅ、中卒で就職!? 失礼ですが今21世紀ですよ…?」

 世界有数の先進国の雇用条件は文明開化と共にハイテク化されているようだ。こんな問題校だけれど高校の進学率100%を10年以上キープしているらしい(少なくとも担任が赴任された10年間は)。

 ウチの学区内には『TNT高校』という公立高校があるのだが、ここは実写版:鈴蘭高校(漫画『クローズ』シリーズの舞台である超極悪不良校)、つまり学区有数の不良が集まる悪い意味のエリート校で、成績の悪い生徒は事実上そこに島送りされる。

 だいたいの生徒はそれを恐れるため、たとえ大学合格率そんな高くない普通校でも受験なり推薦なり何かしら死に物狂いして掴み取る。

 中学2年後半辺りから平凡生徒同士の争いやイジメが過激化するのも原因のほとんどがこの関係ゆえ。おそらく。

 おかげで中学3年半ばの教室は4分の1が空席だった。「受験の関係で欠席してる」と言えばそうだが、半年後の卒業式で3分の1以上がボイコットした時点でそうじゃない気もした。

 このシーンの下りはこれだけなので半年ほど時計を戻す。

「あんたねぇ、このままだとああいう所に行くことになるんだよ?」

 晩ご飯中に見ていた『ごくせん(シーズン1)』指しながら母は必死に必死に必死に訴えているのだが、ごくせんに出てくる不良らは義理と人情に熱い奴揃いなので、「(ちょっと反面材料には良くないな)」と盛りつけの嫌いなレタス噛みながら思った。

 TNT高校は何が何でも避けたい。そう思うお母さん、安心してほしい。1学期までの成績により「TNT高には内申点足りないから無理」と進路指導から最終通告されたから。引き算さえできれば入れる学校なんて、3+4を指で数える私には合わなかったのだ。

「あんたさ、本当にどうするの?」

「知らない(鋼の錬金術師を読みながら)」

「知らないじゃ済まされないんだよ?」

「知らない(しつこいな…)」

「ねぇ、ちょっとは真剣に考えてよ!」

「うっさいな! こっちは今真剣に読んでいて余計なこと考えたくないんだ!」

「何にも考えたくないんならマグロ漁船にでも乗りなさい!!」

「はいはい分かった、乗ればいいんだろ。でもな、ただじゃ乗らないぞ。現場監督の目を盗んで、何にもない遠い海に身投げして、その漁船に汚名というオレの名を残したるわハハハ!!」

 数ヶ月後の夏休み。体格の厳つい大人たちがいるこの場所は「あんたに見せたいワクワクイベントあるんだけど?」と連れられた先の公民館で行われたマグロ漁船の説明会場。

「(……あれマジだったのか)」

「この子、漁船に乗せたいのですが……」

 どうも見た目通りにガラが悪いスタッフは私を見て言った。

「は? こんな鶏ガラを? どっからどう見ても向いてないやろ。ヤやわぁ~ウチも舐められたもんやなぁ~お母さん悪いがコイツ雇えん。帰った帰った」

 まさかのマグロ漁船も向いていない。今はともかく私たち家族いなくなったら、この子どうやって過ごすの。帰り道の落ち込んだ母の横で私も同様に落ち込んでいた。

「くそっ…音楽プレーヤー電池切れかよ…」

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【あとがき】

 まず今回登場する担任の「山本久美子」も仮名です。

 名の由来は文中にも出てきた『ごくせん』の担任「山口久美子(ヤンクミ)」をもじりました。

 いちいち説明いらないと思うかもしれませんがエッセイを書く以上、場面によって経緯と理由は鮮明にする必要あるので…。

 このマガジンに出てくる名前は偉人以外基本仮名ですのであしからず。

 本編ではコミカル(もしくは悪ノリ)に書いてますが、ただでさえ不安な進路問題含め、この時期の出来事は心身蝕むというか露骨に将来が現れる重大な分岐点期でした。

 でも、もし漁船に乗ってたら今どうなってたんだろ…。

 それこそ「俺ア、キット殺されるべよ。」と『蟹工船』にある台詞(P.117)みたいなこと言うのかな。

 自分の性格上、どうせ航海初日に器具で引っ張る網か釣り糸が指に絡まり、スパンと持ってかれて、「わぁ~お手てがミトンになった~!」とでもほざくんでしょうね。ふざけてますね、やっぱり身投げします。(ダメ。ゼッタイ。)

 ……話題変えましょう。

 母の友人の友人の友人の旦那さんが昔このTNT高校で教員してたのですが、ある事情により辞めました。

 生徒たちから鉄パイプで背中打たれて悪いことに下半身不随になってしまい、自主退任として学校を去りました。そういう所です。もう「学ぶ校舎」じゃねぇ…。

 その旦那さんが今何をしているか知らないけど、たぶん車イスで今もどこかで何かをしているわけで、その何かが誰かのプラスだったら良いなと知ってる人と知らない人の共通項『空』に向かって思いを馳せてみる。

 あの雲、ソフトクリームみたい。

 あっ溶けていってる!

 いやっ違う……雨雲だ!!

 ヤバっ洗濯物取り込まないと!!!

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