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第94位『随筆 黒い手帖』松本清張

〝巨人〟の発想の原点にして、新たなる〝松本清張論〟への試金石

【内容】
 〝社会派推理小説〟の巨人・松本清張が推理小説の魅力を語り、自らの創作ノートを披瀝しつつ、その創作作法について語った貴重な随筆集。

【ここが凄い!】
 今日にいたるまで松本清張を語る際の語り口はどうも似たりよったりである。曰く〝社会派〟〝時代の闇〟〝動機の重視〟〝人間を描く〟〝ルサンチマン〟等々。確かにそれらは重要だが、そうした点ばかりで語っていると、見失われてしまうものもあるはずだ。例えば、氏が重要視する〝動機〟とは人間を犯罪に駆り立てる原動力としての〝動機〟を指すのであって、現代の我々が想起する〝ホワイダニット〟―チェスタトン的な意外な動機―とは別物である。そして、その原動力に如何にしてリアリティを与えるか、そこに作者の苦心があることが、本書を読むとよく理解できる。つまり〝何を書くか〟ではなく、〝何を如何に書くか〟が清張の勘どころだったはずなのだ。

【読みドコロ!】
 最も断片的で、且つ最も不親切な「創作ノート(一)(二)」が、しかし最もスリリングである。なぜなら、それは創作を誘発する素材である共に、批評を誘発する素材でもあるからだ。例えば、《実際の生活とはまったく異なった、公表を予想して書いている虚構の日記。》という一文はあの名短編に繋がっているのではないか、等と。

【次に読むのは?】
 松本清張の研究書は膨大であり、キリがないため、特に印象に残った論考として、ここでは藤井淑禎『清張 闘う作家 「文学」を超えて』(ミネルヴァ書房)の第4章「「天城越え」は「伊豆の踊子」をどう超えたか」のみを挙げるに留めたい。

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