『ナイン・テイラーズ』(ドロシイ・セイヤーズ)解説~タツミマサアキ・グレーテストヒッツ(7)~

《つまり、この小説の奇妙な味わいは、謎解きの過程を経て事件の論理的なつながりが明らかにされたときはじめて舌に届くものなので、「トリック」ばかりにこだわるのと同様、謎解きを無視したところに「小説的面白さ」を求める態度でも、とらえきれるわけがありません》

 『ナイン・テイラーズ』の解説の末尾で『魍魎の匣』の名が挙げられるのは実に暗示的かつ印象的である。《『ナイン・テイラーズ』の主人公は鐘です》と巽が語るように『魍魎の匣』もその主人公は「匣」だからである。個人的な話をすれば、私のオールタイムベストミステリのベスト3が『ナイン・テイラーズ』『魍魎の匣』そして『さむけ』だから、より印象に残ったのだろうと思う。巽が指摘するように、いま挙げた3つの作品はいずれもジグソーパズルを思い起こさせる。それは推理小説の否定的に比喩する〝パズル〟という意味ではなく、最後のピースがパチリと嵌ることによって、一枚の《不可思議な因果関係》の絵面が浮かび上がるその快感を想起させるという意味で、である。
 この3つの作品の中心にあるアイディアはどれも実に馬鹿馬鹿しいものである。少なくとも、普通の感覚では到底作品に投入できるようなアイディアではない。しかし、それがある種のグロテスクさといいようのないユーモアを伴って作品の中に奇妙に調和している。そして、そのグロテスクさやユーモアの先に――つまり教会で鳴り響く鐘の音やマトリョーシカの如き何重にも閉じられた「匣」の中に――待つ真相に到達した時、私たちはその背後に幽かに響く叫び声を聴くだろう。恐らくそれを聴き取ることが〝作品を読む〟ということなのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?