『日本探偵小説全集〈11〉名作集Ⅰ』解説  北村 薫

【アンソロジイとは結局のところ、読者一人一人が自分の内に編むものだ】

 北村薫の数ある優れた評論の中から一編を選ぶのは容易ではない。
 〝高さ〟でいえば山口雅也『キッド・ピストルズの妄想』解説や『ニッポン硬貨の謎』で展開されたエラリー・クイーン論を選ぶべきだろう。一方、〝深さ〟ということならば「東野圭吾論―愛があるから鞭打つのか」。《作者の手から人間存在の孤独に向かった錘が、ここで最も深く降ろされていたように思える》という一文は、そのまま北村の諸作品にも当て嵌まるものである。また『謎物語 あるいは物語の謎』や『ミステリは万華鏡』の持つ普遍性という意味での〝広さ〟も捨て難い。特に後者の第二章「『瓶詰地獄』とその“対策”そして—」から、第三章「忘れえぬ名犯人」第四章「『湖畔』における愛の生活とは」にいたる流れは、読む喜びを存分に味合わせてくれる。
 こうした〝名作〟を差し置いて、敢えて『日本探偵小説全集〈11〉名作集Ⅰ』解説を採った理由は二つある。一つは『名作集Ⅰ』がミステリアンソロジーの最高峰であるから。もう一つは、これが北村薫の〝切れ味〟を十二分に堪能でさせてくれる解説であるからに他ならない。
 例えば、冒頭の

《某古書店の目録に《『日本探偵小説全集』(東京創元社)全十二巻揃》とあるのを見つけたのは、我らが編集長戸川さん。《どうやって揃えたんでしょうね、買って見ましょうか》と笑っていらっしゃった》

という絶妙のマクラ。無論、それは、《申し訳ありません、ようやく本になりました》に繋がるわけだ。
 その〝切れ味〟が最も発揮されるのが、作品紹介であるのは言うまでもない。次の文章は岡本綺堂の名作『半七捕物帳』について。

《前記の東都書房『日本推理小説大系』には、捕物帳が収められていない。乱歩は、そのことに関して、解説でこう《釈明》している。《五人の編集委員の合議の席で、この大系に捕物帳を入れるかどうかについて議論をしたが、結局、プロットやトリックの創意の要求せられる普通探偵小説とは、おのずから性格のちがうものとして、捕物帳は入れないということに落ちついたのである》。まったく、説得力がない》

と、チクリ。続いて『半七』の歴史的な意義や作家たちが選んだベストに触れ、《すでに中島先生の行き届いた作者紹介があるのに、これほど駄文をつらねる必要もない。出来るだけ簡略に述べよう》と記した後、

《羽志主水
 『監獄部屋』は、大胆不敵な傑作。初読時の驚きを今も忘れることが出来ない。落雷の如き結末だが、それがあざとくない。内容、表現、技巧の完全な一致がここにある》

 全く舌を巻くほかない至芸である。その他、谷崎潤一郎の『私』に《その技法が、描きたいことと不即不離なのだ》、芥川龍之介の『藪の中』に《万華鏡に人の心を入れて、ころころ転がし、除くような作品》、水谷準を《一言でいえばグッドセンス》、城昌幸の『ママゴト』『スタイリスト』には《出来ることなら続けずに、数か月置いて読んで欲しい。似て非なる、しかし深い底では通ずる響きが、相殺しあうことを、本気で恐れる。宝石は大事に扱うべきだ》等、引いていくとキリがないぐらいに、《宝石》のような文言が並ぶ。
 そして、そのような《宝石》は必ずしも北村自身の文言ばかりに限らない。

《『春の雪解』を、もっともすぐれている、と私は思っているけれど、読み返すたびに、ストーリイのかげに隠れた人物が、具体性を帯びてくる》(『推理作家の出来るまで』都筑道夫)

《私は曾て或る小説家が、刑事事件の被害者の肉親の立場から、犯人が易々として死についたことをきいて憤慨し、抗議書を出すという小説を読んだことがあります》(『死者の権利』浜尾四郎)

《事件中もっとも面白い点が捨てられている。例えば小笛の遺書が、三分の一を黒い鉛筆で書き、三分の一が赤い鉛筆、終りの三分の一がまた黒い鉛筆で書かれている点である。なにがために二色の鉛筆が用いられたか、用いらねばならなかったか(…)本当の面白さは、事実を織る一節一節の裏にひそむ疑問の探求にある》(『探偵小説と犯罪事実小説』山本禾太郎)

《また帆村 少々無理な 謎を解き》(旧『宝石』の探偵川柳)

 それはまるで優れた言葉のアンソロジーのようだ。となれば、この駄文も、地味井平造『魔』の終幕の言葉を引いて、結びとする他ないだろう。

《世界は無量の謎であり、お伽話の中にある幾ら経っても減らない打出の小槌なのです》

★北村薫(一九四九―    )…一九八九年『空飛ぶ馬』でデビュー。当初は覆面作家であったが一九九一年『夜の蝉』の日本推理作家協会賞受賞を機に素性を公開。その読みの深さからアンソロジー編纂や文学賞選考委員も多数歴任。
初出・底本…『日本探偵小説全集〈11〉名作集Ⅰ』(創元推理文庫)一九九六年六月


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