見出し画像

『Y駅発深夜バス』青木知己

雲を掴むような発端が魅力的。あとひとつ大きな武器があれば【58】

 懐かしい。『新・本格推理』で表題作や「九人病」に出会った時のワクワクを久しぶりに思い出した。作者の強みは、どこか雲を掴むようなその発端にある。平凡な日常が徐々に奇妙な世界へと変貌していく不思議。それは表題作のような奇妙な体験として現れる場合もあるし、「九人病」のように奇妙な設定として現れる場合もある。そして、その奇妙さが読了後も薄れないのも、またいい。その一方で、なにか一抹の物足りなさを感じるのも事実である。どの短編も、着想は悪くないし、プレゼンテーションにも工夫を凝らされているのだが、あと一歩何かが足りない。例えば、表題作は再読してみてこんなに生々しい話だったのか、と驚いた。いや、生々しい話で結構なのだが、不可思議な謎自体をもっと強調するとか、ユーモアを効かせるとか、人間模様の生々しさを毒々しさまで昇華させるとか、どうしてもあとワンパンチが欲しくなってしまうのだ(というか、初読時はそういうものをあった気がしていた。美化されていたのだろう)。「九人病」もアンソロジーの中の一編として読むと感心するのだが、こうして短編集の中の一編として読むと、もっと怪奇色を強めてもよかったのではないか、と思ってしまう。「ミッシング・リング」の構成や「特急富士」のシチュエーションにも同様のことがいえる。そういった不満をあまり懐かなかったのが、集中の佳編「猫矢来」ということになるだろう。もしかしたら、この作者は本作の背景に見られるような社会派的なテーマ(こういう雑把な括り方をしていいとは思えないが)を深めていったほうがいいのではないか。なんにせよ、次作を楽しみにしたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?