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第90位『英文学の地下水脈』小森健太朗

〝天才〟黒岩涙香の翻案を軸に、ミステリ史の空隙を埋める

【内容】
 ルイス・キャロル、バーサ・M・クレー、ヒュー・コンウェーといった、これまでミステリとの関りが薄いと思われていた作家又は全く看過されていた作家たちにスポットをあて、彼らが日本のミステリ史に与えた影響を剔抉した画期的評論。

【ここが凄い!】
 英国文学が本邦探偵小説界に与えた影響は大きい。しかし、そうした際に名前が挙がるのは、だいたいアーサー・コナン・ドイルやG・K・チェスタトンやアガサ・クリスティーといったビッグ・ネームばかりだ。しかし、本書を読むと、彼ら以前に活躍した作家たち、つまりバーサ・M・クレーやヒュー・コンウェー、ファーガス・ヒュームといった我々にはほとんど馴染みのない作家たちの影響が、地下水脈のように流れていたということが理解できる。そして、こうした水脈を掘り当て、それらを活用して斯界を潤した張本人こそ、黒岩涙香であったのだ。「無惨」で創作探偵小説の道を拓き、「真っ暗」で本邦初の犯人当て小説を試み、『幽霊塔』で乱歩を酔わせた涙香。それだけでも十分に特筆すべきことだが、本書の「第二章 『妾の罪』における叙述トリックの位相」及び「第三章 語られざるバーサ・M・クレーのミステリ」を読めば、彼の〝天才〟が日本どころか世界のミステリ史をひっくり返しかねないほどのものであったことに驚かされるはずだ。地下水脈の深奥には、とんだ金鉱が隠されていたのである。

【読みドコロ!】
 涙香論の影に隠れてはしまったが、「第一章 ルイス・キャロル論」も『アリス』二部作を〝逆説〟という観点から読み直した名論で目を洗われる。また「第八章 二人のM・C」でも逆説の名手G・K・チェスタトンが取り上げられており、こちらも秀逸である。氏には宗教・哲学方面からアプローチしたチェスタトン論を一冊お願いしたい。

【次に読むのは?】
 氏の評論には本格ミステリ大賞受賞作『探偵小説の論理学』(南雲堂)、と続編『探偵小説の様相論理学』(南雲堂)がある。また、アニメ批評集『神、さもなくば残念』(作品社)の、『攻殻機動隊』論及び『魔法少女まどか☆マギカ』論のスリリングさはほとんど本格ミステリのそれ。尚、黒岩涙香に興味を持った読者には伊藤秀雄の『黒岩涙香研究』(幻影城評論研究叢書)を推奨する。

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