ステートメントに出くわしたら

ステートメントに出くわしたら

自分の作品について書きなさい。そう言われると嫌な汗が流れる。公式サイトを眺めてもこういう風に書けという例はないし、過去の受賞者の応募内容が公開されているわけでもない。受賞作品にいくらかテキストが添えてあっても、それが応募内容そのままかどうかは判然としない。制作技法について書くべきなのか、なんなのか。よしと意気込んで美術館に行っても、そんなテキストは存在しない。

この文章はなんのために書くのか、そしてどう機能するのか、具体的にわからないままなのが恐怖の源泉だ。それでも書き進めなければいけない。でないとコンペに提出ができない。もし写真と文章の出会いがこんな風だったのなら、3つの「呪い」にかかっている可能性がある。

はじまりの呪い

作品は既にまとまっている状態だから、文章を書いてコンペに出そう。こうなるともう最初の呪いが発動している。あまりにもありふれていて、疑問を抱くことすら難しいかもしれない。しかしこのとき 一度はまとまったと思えたはずの作品が、コンペに出すという特殊な条件においては未完成になっていることがわかるだろうか。文章を欠いた作品は未完成という状況が生まれているのだ。こうやって作品を文章の下に置くことは、作品はステートメントなしでは成立しえないという考えを無意識下に埋め込み、いずれ大きな呪いになる。たとえそれが一時的で特別な状況であっても、である。

だからまず、そもそも自分の作品について書くことについて、本当に書かないと完成しないのかについて、考えてみてもいいはずだ。

それではあまりにもナイーブすぎる、と感じる人もいるかもしれない。だが美術館やギャラリーにある作品が、そしてその制度の外にある心揺さぶられる作品が、作者の文章なしでは成立しないことがあるだろうか。作品に文章が組み込まれたような例外にしても、言葉と他の要素について十分に思考を巡らせた上で(あるいは意図的に思考を巡らせないことによって)構成されていて、ルールだからというだけで言葉を添えたものではないはずだ。

第2の呪い シンプルさの内面化

とはいえ言語化は有用だよ、と人は言う。それはきっとある面では正しい。文章は、自分以外の誰かに情報を伝えるための強力なツールであり、物事に理屈を通す性質を最初から備えているからだ。他人に向けて 理解できるように書くことで、自分の考えに潜む矛盾を明らかにし、曖昧だった思考をシンプルに整理できる。

なにかを表現しようとする人に向けて、言語化の重要性が語られているのもよく目にする。制作という作者以外に正解を決める権限がない妙ちきりんなフィールドにおいても、言語化はきっちりと自分の仕事をやってのける。つまり、作者の思考に大鉈を振るい、頭の中に矛盾しつつ共存する、いくつかの言葉が曖昧に重なり合っているような状況をシンプルに成型してみせる。だが、そもそも制作においてシンプルさは正義なのか。第2の呪いは、自分の中にあったはずの曖昧な思考を減らし シンプルな言葉を内面化してしまうことだ。

ある作品についてシンプルに「ノスタルジー」だと説明したとしよう。では作者の印象や考えは、本当にその一言でちょうどカバーされるものなのだろうか。例えばノスタルジー・偽史・アーカイブ的意識のような わずかに重なり合った言葉や、言葉以前のゆらぎを含む雑然とした意識だったところを、言語化によって、それらの共通部分に一番近い言葉に削り出したにすぎないのではないだろうか。そして、表現という行為において、それらの曖昧さは本当に切り捨ててよかったのか。

言葉の力は恐ろしい。ひとまずこれで と文章にしてしまうと、そこからはみ出した、あったはずの広がりは切り落とされ、永遠に失われてしまって、書く前には2度と戻られない。

第3の呪い 制度の内面化

何者でもないことは苦しい。自分のやっていることに価値があるとは思えず、どこへ行けば良いかもわからないから。だから価値があるとされているものを足して「正しい」価値を付け加えたくなってしまう。こんな話をするぐらいだから、当然私にもそういう経験がある。当時、私は撮った写真をプリントして持っていくというWSに毎週参加しながら、スナップを寄せ集めたり、プロジェクト型の制作の真似事をしていた。どうにかまとまった枚数の写真が揃ったので、1_WALLに出そう と意気込んでステートメントを書くことになったが、その時に考えていたのはこの作品は「ちゃんとした」ものなのか、もしそうでないなら どうやって歴史へのレファレンスや、社会についての持ち合わせていない問題意識に接続して、作品を「ちゃんとした」ものに仕上げるのか、ということだった。<続く>


写真について Vol.1 

全文はセブンイレブン ネットプリントで配布した「写真について Vol.1」にて公開しました。内容の紹介はこちら
配布期間:2022/03/27 23:59まで

どうぞよろしくお願いします!!


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