星座 自殺サイト 冷蔵庫/前編

いただいたお題で、ショートショート書きました。今回はショートショートになるのかなあ(遠い目)


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 夜の街に溢れる喧騒や明かり。人や車が左から右へ流れていく。

人工的な色とりどりの光が窓ガラスに反射していく。とても綺麗だ。車内には、こんな夜にぴったりな、電子音交じりのゆったりしたロックが流れていた。

「ふふふ。まさか、煌犀こうせい先輩だとは思わなかった」

 偶然にしては出来過ぎだよね。
半分ほど開けた窓から風景を眺めながら、助手席の彼は言う。街中を漂う様々な匂いが、冷たい風に交じって入ってくる。
微かに彼の香水の香りがした。

暖房、逃げちゃうだろ。…まあいいか。苦笑して俺は暖房を消す。

「あ、ごめんね!窓閉めるね」

 パワーウィンドウのスイッチに慌てて手をかける申し訳なさげな彼へ、大丈夫そのままでいいよ、と制した。

「冬の匂い、好きなんでしょ?黄身くん」

「ちょっと…その名前で呼ばれるの恥ずかしいからやめて!いつも通り呼んでよ~…」

「いつも通り呼んでるよ?」

「それはハンドルネームでしょ!!はぁ…そうやって余裕そうな顔で人の事からかうとこ、変わらないね。スロット蕁麻疹さん。それにしてもやっぱ変な名前。………スロット蕁麻疹……くっ…」

 じわじわ来たのだろう。彼の肩が小刻みに震えだす。そしてどっと笑いだした。

「そんな大笑いするくらい面白いか?…適当に閃いた言葉がそれだったんだよ。深い意味はない」

 「ぎゃははは」とか「あひゃひゃひゃ」とか…とてもよそ様には聞かせられない抱腹絶倒っぷりである。つられて、俺も笑ってしまう。彼の笑い声は何故か笑いを誘う。愉快な黄身くんである。

 笑い過ぎた拍子に、思わずハンドルを少し右に向けてしまい、センターラインをはみ出しそうになる。おっとっと。慌てて左へ切り返す。黄身くんの下卑た大笑いはまだ続く。
 しばらく二人で笑いあった。

 もう少しこのままでいたかったが、そろそろ本題に入らなければ。

「ところでさ」

笑いの収まってきた空気を見計らって、俺は切り出す。

「黄…じゃなくて、ひいらぎ、改めて久しぶり」

「ふう~。そうだね…久しぶりだね、先輩!」

 …………。

改めて挨拶を交わせば、先程の賑やかな空気とはうって変わって、途端に双方気まずくなって黙り込む。
 思いがけない形での再会となった為、疑問がどっと溢れてくる。

だが藪から棒に、「何故」「どうして」と知りたいという欲を優先して触れれば、傷付けてしまうかもしれない。デリケートな問題かもしれないじゃないか。
俺とは違って。
 いくら親しかった相手とはいえ、デリケートな部分い踏み込むような真似、人としてそれだけは避けたい。

 黄身くん改め柊は、高校時代に同じ部活に所属していた一つ下の後輩である。
 出会って初日、第一声を交わした瞬間になんとなくだけど、
こいつ、俺と波長が合うな。そう思った。そうしてすぐに仲良くなった。

 ただ、俺が高校卒業して以来、一度も会ってはいない。というわけで本日、約10年ぶりの再会なのである。
 在りし日々に思い馳せ、懐かしさを分かち合いたいところなんだけど…。だけど、そんな訳にもいかない。

 この、双方思う所ありつつも、相手へどう切り出すべきか考え過ぎて躊躇い、気まずくなっていく車内をどうにかしなければ。……どうにかとは…?ああだこうだと考えていると、ぷっ…と噴き出す音がした。

「あひゃひゃっ。先輩、そんな硬い顔しないでよ」
 柊は重たい空気を飛ばすように笑った。

「あ、ああ、ごめんごめん…」ぎこちなく謝ってしまう。

「いやいや。こっちこそ、気を遣わせてごめんね。お互い思う所あるだろうけどさ、先に僕から聞いてもいい?先輩の疑問にも、ちゃんと答えるから」

「…ん」

 相手を慮れるというか、こうやって事態の進展をスムーズに進めてくれるところ、あの頃のまんまだな。高校時代も、よく喧嘩の仲裁に入ったり、何か困ったことがあった時、助け舟を出してくれたり。それに比べて俺といえば…。…相変わらず情けない先輩で申し訳ない。
 柊は、腰ごとこちらに向けて、真剣な眼差しで言葉を放った。


「どうして、自殺サイトなんて登録したんですか?」


 ですよね。気になりますよね。
まあ…それはこっちのセリフでもあるんですけど。にしてもがっつり踏み込んでくるな~…。時には思い切りも大事だけど。その「時」が今なんだろうけど。

「職場で色々あってね~。…嫌いな奴がいたんだけどさ。そいつに宜しくない形で、俺のプライベートを職場連中に暴露された。ただでさえ、職場での立場よくないのにさ~もう周囲の目が痛いのなんのって感じで。その結果、適応障害って診断食らっちゃったんだよ。ま、無駄に貯金だけはあったし、どうせならってことで仕事辞めた。んで…まあ…ふらふらっと…ネットサーフィンしてたら、自殺サイトに惹かれて今に至る」
 なるべく軽い口調で、重たい空気にならないように俺は話した。
「それって………あ、いや…。そっか…。なんか…ごめん。」
「何で柊が謝るんだよ。…はは、そう重く捉えるなって。過ぎたことだし」
 ……こんなくだらない話、一番聞いてほしくない相手だったんだけどなあ。
 柊とは、あほくさい話で盛り上がったり、くだらないことで笑い合っていたい。高校時代はずっとそうだった。これからもそんな関係でありたいところなんだけど…。
 そんな関係、ってなんだろうな。なんだ…?

 ここで、目的地に到着。地下駐車場に車を停め、エンジンを切る。

「長くて悪かったな。まあ、そんな感じ」シートベルトを外す。
音楽も何も聞こえなくなった車内。柊はこちらに顔を傾けたまま、鼻から息を吐きだして、「そっか…」と言うだけだった。
「…俺も話したんだから、お前の番だぞ。柊」

「え~……僕は…詳しいことは言いたくないんだけど…。ま、ここはフェアにいかないとね。……僕のせいで、父さんが死んだ。それで責任を感じて…」

 柊は簡潔に述べ、

「でも、偶然、本当に偶然。奇跡としか言いようがないよね。一緒に死ぬ相手、同年代なら誰でもよかった。男でも女でも。…お互いの素性はあんまり明かさずにさ、いつどこで会うかみたいな簡単なやりとりしかしなかったじゃん?僕たち。それでも、まあいいや。この人にしよう。って自分で選んだ相手なのに今日こうして、スロット蕁麻疹さんに…ブクク…っふふふふふ…………あー、ごめんごめん。また笑いが…。こうして会うの、ちょっと不安だったんだ。…死ぬって覚悟決めたって言うのにさ。おかしいよね~」

 屈託のなく笑って、柊は勢いよく車内から出た。俺の言葉を待つことなく。まるで、これ以上は何も言わないでいい、気を遣って言葉を紡ごうとしないでいいから、と制されたようだった。

 まあいい。俺に掛けられる言葉なんて一つもない。

 時刻は21時過ぎ。先程の話は一旦置いておくことにして、エレベーターで地上階へ移動。プラネタリウム何とか(名前忘れた)と記載されてあるアーチ型の看板が掲げられた、こじんまりとしたゲートへたどり着いた。係員へ2人分のオンラインチケットを提示し、ゲートの先を通過していく。
「本日ただいまのお時間、お客様2名様のみのご利用となります。ごゆっくりお楽しみください」と係員の女性は、丁寧に頭を下げた。
「ということは貸し切りじゃん!いいね~」
「平日だからかな。堪能できそう。今日にしてよかったな」
 成人男性が2人横たわれるほどの大きな丸型のソファが、今回の予約シートである。3組限定のシートらしい。早速体を倒すと、結構な深さまで沈んだ。
「すご!めっちゃ沈む!」
小声ではしゃぐ…いや、はしゃいでるつもりの柊。立ったり座ったり。大喜びである。
「しーーっ。早く横になりなさい」
「ごめんごめん」とはにかむと、荷物置きに荷物を入れ、脱いだ靴を並べ、俺の隣に横たわった。
「先輩」
「何?」
「ありがとね。予約取っといてくれて。PaiPaiで送金しといた」
「どういたしまして」
 どうしてこんなところに来たかというと、サイト内のDMでやり取りした際、黄身くんは「いくつか連れて行ってほしいところがある」とお願いをしてきたからだ。その一つが、プラネタリウムである。
初対面となる(はずだった)であろう相手に、よくもまあ頼めたものである。肝が据わってるとも、図々しいとも言える。
「柊、まだ好きだったんだな、星」
「うん。よく、天体観測したよね~。工藤先生巻き込んで」
「懐かしいな。おじいちゃんだったのに、無理やり望遠鏡と一緒に屋上に引っ張って…。無理させすぎたな」
「今もまだ現役だって。だから大丈夫だよ」
「何が大丈夫なんだよ」
「色々?実は僕、星について未だに理解してないんだよね。ほぼ毎日観測してるのに…あひゃひゃ」
「観測してるだけじゃ理解できないだろ。そうだ、工藤先生から貰った星座早見表はどうしたんだよ。なんであれを見ながら観測しないんだ?」

 愛おし気に微笑みながら、柊は言う。
「あれさ~…埋めちゃったんだよね。タイムカプセルに。僕にとって、凄く大切な思い出だから。ぎゅっと閉じ込めておきたくてさ。」
「ははっ、乙女みたいなこと言う」
 俺の言葉に、あひゃひゃと笑った後、視線を逸らしてぼそりと何かを呟く。
「…なんだって?」
「…ん、ううん。何でもないよ。ていうかさ、先輩も理解してないでしょ~星のこと。あれがなんとか座だよって工藤先生に説明してもらっても、こじつけすぎだろの一点張りで喧嘩してたじゃん」
「ははは…そんなこともあったな」
「先輩は星、もう見てないの…?………見てなさそうだね。まあ…そんな余裕、あるはずないか。」
「そうだな。久しぶりだな…」
「…先輩」
なんだよ、と首だけ傾けると柊がそっと顔を近づけてくる。何やら神妙な面持ちである。
「何かエッチなことしたら、許さないから」
 と、ここで館内がゆっくり暗くなっていく。
「何言ってんだか。するわけないだろ」
俺は吐き捨て、呆れて天井へ顔を戻す。
ドーム型の大きな大きな真っ暗な天井のあちこちに、無数の星が煌めき始める。

「昔、キスしてきたくせに」

星を見つめながら、表情一つ変えず柊は呟いた。

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つづくかも。

過去に…2年前とかに書きかけの謎ショートショート(ですらない、もう)が発見されたので、修正とか追記とかしてみました。
気力があれば、続きを書きます。
あと、髪ゴムの話も終わらせたいところなんだけど、改めて読み返してみて、私どんな展開で終わらそうとしたんだっけ…?となっているところです。ははは。終わらせたいよお。

それでは。

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