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昔の話 ビデオ屋のバイトと、路上ライブをしていた中野くん③

「へえ!音楽って、バンドとか?」
「あ、はい、まぁ、色々…。」

また少しトーンが下がった。

私が急に食いついてしまったから引かれてしまったのかもしれない。もしくは、プライベートをオープンにするのを躊躇されたか。

「えっと、音楽、何聞くの?」
「色々聞くんですけど。一番はやっぱりこれですね。」

中野くんはさっと両腕を胸の前に、バッテンを作り、そのまま狭いビデオ屋のカウンターの中で、垂直に上に飛び跳ねながら、

「エーーーックス!!」

と、小声で叫んだ。

えっ!怖!一瞬、どん引いた。
さっきまで目も合わせなかった人が急にテンション高くエーーーックス!!って言いながら垂直に飛び跳ね始めた。

「え!何急に。怖い。なにそれ。」
「葡萄さん、知らないんですか?X JAPANです。こうやって、飛び跳ねるんですよ。
エーーーックス!!」

X JAPANはもちろん知っているし、小学生の時にHIDEが亡くなった時、テレビでは連日、X JAPANの音楽が流れていたから、知ってはいるけど、自ら聞いた事はない。
もちろん、X JAPANが胸の前で腕をバッテンにして飛び跳ねることも知らない。

「なるほど。中野くんのおすすめはX JAPANなんだ。今度聞いてみるね。」
「聞いてみてください。」

その後、私が現在に至るまでX JAPANを自ら聞いた事はない。

「葡萄さんは、映画好きなんですか?なにが好きですか。」
「えっとね、今は…」

何個か私の好きな映画を紹介した。
でも、中野くんから映画の感想を聞いた事はないから、きっと、中野くんも私のおすすめを見ることはなかったのだろう。

その後も、中野くんとシフトがかぶる時に、少しだけ世間話をした。少しだけ世間話をして、それ以上仲良くなる事はなかったけれど、中野くんを少しだけ詳しくなった。

中野くんは、私と同じ大学2年生で、専攻もたまたま同じ、近代文学。

同じ文系だったけど、大学はあまり真面目には出ていない事。
ビデオ屋でバイトを始めたのは、CDを安く借りられるから。
実は友達とバンドを組んでいる事。

ギターを弾いている事。
友達とバンドをやっているけど、
実はメインは、
彼女とデュオでバンドを組み、よく駅前で路上ライブをやっている事。

見た目の控えめさとは裏腹に、中野くんはアクティブだった。

「彼女と!へえ!」
「はい。」
「どんな感じの歌?X JAPANみたいな?想像できないな…。」
「いや、全然違いますね。彼女が歌います。彼女は、もっと、ゆったりした、なんか…」
「ゆったりした…」
「葡萄さん、なに聞きます?」
「最近はクラムボンを一人でカラオケに行って立って熱唱してるけど…」
「あー、どちらかと言えば、そっち系です、X JAPANよりは。彼女とブログやってて、音源載せてるので、よかったら聞いてください。」

そう言いながら、中野くんがカウンターのいつもは社員さんが使うパソコンで、パッと自分のブログを出してくれた。

夜の22時、店内にはお客さんはほとんどいない。
いても奥のアダルトコーナーにこもっていて、私は中野くんとカウンターに体を傾けて、少し音量を上げて中野くんと彼女の音楽を聴いた。

もう10年以上まえだから、あの頃はまだYouTubeとかではなかったな。どうやって音源載せてたかわからないけど、映像もない音だけ。

ゆったりとした、音楽。
声量のある彼女の声が店内に響いた。

結論から言うと、クラムボンではなかった。HYとかの方がどちらかと言うと近いのかな。
けっこう、いい加減な事いうな、こいつ。と、心の中でつぶやいた。
でも、彼女の声は綺麗で、明るい歌詞で、聞いていて心地が良い曲だった。

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