全国報徳サミットin掛川――「報徳思想から考える 私たちの社会の未来」――(2022年『報徳』2月号 巻頭言)

報徳ゆかりの地

第二十六回全国報徳サミットは、掛川市をホストにして昨秋十一月六日に開催されました。参加したのは、尊徳の孫の尊親が開拓した北海道の豊頃町、子の尊行と高弟の富田高慶が改革を行った相馬藩関係の相馬市、南相馬市、大熊町、浪江町、飯舘村、尊徳が実際に仕法を行った筑西市、桜川市、真岡市、那須烏山市、茂木市、日光市、尊徳の生地の小田原市、報徳思想で地域興しを行った秦野市、掛川市、御殿場市、三重県の大台町など十七の市町村でした。

コロナ・パンデミックの中の開催で、大日本報徳社大講堂で各地をつなぐオンライン・サミットになりました。従来ですと市長や教育長の報告が主になるのですが、今回は高校生や大学生など若者が主体で、久保田崇掛川市長をコーディネーターにして、若者たちの熱心な活動が報告され、画期的なサミットとなりました。

報徳サミットの歴史

報徳サミットは、一九八八年・昭和六三年に「二宮尊徳二〇〇年祭」を記念して小田原市長の山橋敬一郎さんの呼び掛けで、今市市、二宮町、相馬市、掛川市、札幌市の市長が集まったのが始まりです。その後バブル経済になって途切れ、バブル崩壊で不況になって報徳が見直される中で、一九九七年・平成九年に榛村純一さんの呼び掛けで第二回が掛川市で「振り返れば金次郎」というテーマで開催されました。

以後、毎年開かれ、第三回が今市市(現日光市)で「二十一世紀を創る報徳思想」、第四回が成田市で「現代の心田開発」といったテーマで開かれ、続いて相馬市、二宮町(現真岡市)、御殿場市、宮川村(現大台町)、茂木町、原町市(現南相馬市)…と受け継がれ、コロナ禍によって一年遅れて、今回の第二十六回の掛川市開催となりました。

演劇による問題提起、持続可能な社会への実践

まず、報徳劇『Connect―報徳が紡ぐ環境』の上映で始まりました。全国でも先駆的な地域部活の劇団「蔓(かずら)」に結集する中学生、高校生の台本・演出・出演によるものです。

二百年後の荒れ果てた地球から、タイムマシンに乗って逃げて来た「時空難民」の物語です。逆パラダイスから現代の環境問題をあぶり出す独創的な構成で、現代人の無責任をえぐる身につまされる劇でした。

サミットのテーマは「報徳思想から考える 私たちの社会の未来」でした。この未来像は、・貧困をなくす ・飢餓をなくす・質の高い教育 ・働き甲斐と経済成長 ・住み続けられる町作り ・気候変動対策・パートナーシップで目標達成、等々、国連で採択されたSDGs(sustainable development goals)の十七の目標と同質のものであり、発表はこれらの目標を参照しつつ行われました。

古紙回収、ごみの減量、プラスチックごみの処理などにどう対処するか。地産地消・互産互消で生産者との有機的な循環をどう作るか。国連大使に任命され各国の人々との英語交流とSDGs理解促進をどのように進めるか。安心安全の防災訓練や防犯パトロール、里山文化の保全、伝統の祭りの継承問題をどう解決するのか等々、地域が直面する多様な課題の解決を目指す生き生きとした実践の報告で、地域の充実と活性化、循環型社会の構築を目指した臨場感と説得力に満ちたレポートでした。

相馬、南相馬、大熊、浪江、飯館など、震災被害に遭った地域では、帰還者が十%にも達しない地域もあり、そのなかでの奮闘は心に残ります。

また狩猟社会から農耕社会へ、そして工業社会から情報社会へと移行し、現在五段階目のAI社会に入っており、society5.0における対応を視野に入れた若者ならでは問題解決も模索されていました。

市町村の活動・国の活動

活動報告を聞きながら、江戸時代の尊徳の桜町や日光での仕法、明治大正昭和時代の地方改良運動や農山漁村更生運動、戦後の食糧増産活動、等々の報徳運動を思い起こし、若者だけという今回のサミットの画期的な意味に思いを巡らしました。

戦時中の苦い経験として榛村前社長は、「欲しがりません勝つまでは」のスローガンに金次郎像が使われて若者が犠牲になってしまったとよく語られましたが、村や町や国の関係を振り返って、気がついたことがありました。

江戸時代は二六〇年ありましたが、戦争で死んだ人は、大阪の陣、島原の乱など数万人だったのではないでしょうか。それに対して明治維新から昭和二〇年までの七〇年間に、太平洋戦争で死んだ人は三一〇万人といわれますが、日清・日露戦争、シベリア出兵、日中戦争など、戦病死者や戦争犠牲者は。五〇〇万人は下らないのではないかということです。

江戸時代の四分の一の七〇年の間に、何と五〇〇万人も死んでいる。愕然とさせられる数字です。中国大陸や東南アジアに攻め込み、そこでも一千万人とも三千万人ともいわれる犠牲者も出ています。

戦後、台湾も朝鮮もサハリンも失ったにもかかわらず、世界第二の経済大国になったことを考えれば、「満蒙は日本の生命線」に始まる国家の構想が、国民の幸福とは無縁の、いかにいい加減な思考の上に立ったものかが判ります。問題はやはり国家にあるでしょう。自治体は、決してこうした発想や行動はしないことに気づきます。

自治体と自治体連合の大きな意義

私たちの日々の生活は、自治体と共にあります。自治は、自由と基本的人権の尊重の上に成立します。自由と自治を享受する自治体の意味を、改めて認識する必要があるのではないでしょうか。

映画『日曜はダメよ』で、陽気な娼婦を演じて有名なギリシャの女優メルナ・メルクーリは、後に文化大臣になると、一九八三年「欧州文化都市」構想を提起しました。各国で一つずつ都市を決め、その都市の文化度を上げると共に都市間交流を盛んにするもので、知名度やイメージ度の低い都市の底上げ、活性化、連携交流の豊かさを目指し、国境の壁を低くするEUの理念とも結び付いて、現在も大きな意義をもって展開されています。自由と自治を本質とする都市の交流連帯です。

報徳サミットも、丁度その頃始まり、考え方は通底するものがあります。それぞれの自治体の充実と連携による成果の共有と発展です。若者たちの報告にあるように、自治体における活動こそが文化と環境を守り、平和で豊かな生活を守っていく上でいかに決定的であるかがわかります。

振り返ってみたら報徳

「万象具徳」「以徳報徳」を基盤におき、「積小偉大」「一円融合」を軸に、「天道と人道」「道徳と経済」「新田と心田」のバランスを考え、「至誠・勤労・分度・推譲」を実践する報徳思想は、SDGsの十七項目の実践をみても判るように、報徳と自覚しなくても、やってみたら報徳だった、振り返ってみたら報徳だったという普遍性を持っています。

「報徳は地下水のようなもの」ともいわれます。姿は見えなくてもしっかり地域を支えている。若者たちの活動や私たちの活動が地下水のように地域を潤している。自主的に、自治の精神で以って。

こうした自治の活動が、そして、自治体の連合が、世界各地の都市と連帯して広がれば、生活と文化に根差した市民の交流連帯ですから、紛争などの対立を除去する大きな潜在力になるでしょう。

国家は戦争を起こしますが、自由と自治を本質とする自治体は戦争を起こすことはありません。世界の都市が連合すれば、戦争好きの国家など不要にできるかもしれません。

若い世代の皆さんの報告を聞きながら、多くのことを学び、触発され、考えさせられました。いろいろな可能性を挑発する豊かなサミットでした。

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