中学生たちの地域部活「未来創造部パレット」が拓く世界(2022年『報徳』4月号 巻頭言)

クラブ活動の新しい形態

「遠州報徳の岡田良一郎の生涯を描いた劇を中学生たちがやりますので、是非、観に来て下さい」。斎藤勇さんにそう言われたのは二〇一九年の春のことである。斎藤さんが理事長を務める「ふじのくに文教創造ネットワーク」は、二〇一八年に全国初となる文化系地域部活「掛川未来創造部パレット」を立ち上げた。中学校を横断する新しい形のクラブ活動で、その第一弾に岡田良一郎を取り上げ、『遠州報徳と我が故郷』という創作劇をやることになったという。

これまでクラブ活動は学校中心で、その学校の先生が顧問を務めた。しかし昔と比べて先生方の仕事が繁忙になり、しかも未経験のクラブの活動までまかされて戸惑うなど、問題がいろいろ指摘されてきた。少子化でクラブが成り立たない不満も生徒から出ていた。

働き方改革のなかで、部活動は「学校単位から、地域単位の取り組みへ」の方向が追求され始めた。体育系は地域の体育協会などの協力で学校との連携が生まれてきたが、文化系となると簡単ではない。斎藤さんはそこに先駆的に切り込んだのである。

『遠州報徳と我が故郷』

地域部活パレットは、掛川の五つの中学校からの一九名の生徒たちで始まった。学校が違い、出会いは新鮮で、音楽、演劇、ダンスを学ぶ。指導するのは、在住の俳優、音楽家、脚本家たちである。生徒たちは岡田良一郎の地域発展の夢と希望をたどり、遠州の産業を調べ、明治・大正・昭和の童謡や唱歌も学びながら、創作劇への議論を重ねた。

成果は、県の教育会館「あすなろ」で『遠州報徳と我が故郷――「エピソードⅠ」――』として上演された。脚本は桜木敬太さんが総合し、良一郎役は静岡県舞台芸術センター・スパックの横山央さん、音楽は池谷貴恵子さんの指揮で、生徒たちは劇の進行や合唱やダンスを担った。生徒たちの活力が、これら地域の芸術家たちと結びついて、舞台は好評を博した。

この模範と経験を踏まえ、早速、秋には「エピソードⅡ 私たちの未来」が創作された。今度は、生徒自ら脚本、パフォーマンス、演出をして、大日本報徳社の大講堂前の広場で上演された。

報徳のDNAが現代から未来へどのように受け継がれていくのか。舞台は二十年後の二〇四〇年、市の財政は厳しく、報徳社も存続の危機に直面する。AIや人口知能が社会の中に地歩を占め、人の心の感情とAIデータをめぐる葛藤の中で、展望はどう生まれるのかという問題提起的な劇となっていた。

地域に根差した自主・民主・共同の活動

『パレット』が目指すのは、地域と共にある部活動である。地域に歓迎され、地域に応援され、地域に将来を期待されることを目指す。

昔は、近所のおばさんに叱られたり、おじさんに自転車の乗り方を教わったりと、生きる知恵の教育が地域で自然に行われていた。こうした地域の教育力の弱まりが指摘されて久しいが、それだけに『パレット』の活動を通じて、創る、観る、支えるといった活動が生まれれば、地域の教育力を新たに引き出していくことになる。

地域部活は、プロ育成を目指す民間のクラブチームとは異なる。純粋な楽しさを深く追求し、新しい感性と意欲を育み「様々な精神的・文化的活動への動機づけと橋渡し」が目標とされている。

クラブの運営は生徒が中心である。上意下達の組織ではなく、プロジェクトを進める対等の形がとられ、ビラミット型でなく円形型で、炉端に集まって熟議する報徳の「いもこじ」に似たスタイルである。最後は一致した結論で統一的に行動し、その結果を検証する。

これまでの活動について次のような感想が寄せられている・自由で楽しく、やらされ感がない・好きな事、興味のあることに取り組めて、専門家の意見も聞ける・トラブルもみんなの知恵で解決し、人間関係を学べる・地域をよく知り、街が好きになり、自分の住んでいる町をよくしたいという郷土愛に目覚めた、等々。

長やリーダーが偉いのではない。パフォーマンスも運営も、役割が異なるだけである。個々の良さをお互いに生かし合う活動である。一緒にいられることへ感謝、周りの仲間への思いやり、お互いの立場を認めてリスペクトし合える、真の意味での礼節の実践でもある。活動はこのように民主ということの生きた学校になっている。

愛郷心――地域住民・日本国民・世界市民

グローバル化の時代である。こうした愛郷心が広い基盤の上に花開いてもらいたいと思う。この地域では、若い頃アメリカで農業研修を受けた人たちが、日本に来た留学生たちを農家に泊め、家庭交流・学校交流・地域交流を行う活動を五十年前にスタートさせた。

それぞれの農家でホームステイ後も留学生との交流が続き、結婚式にトルコに行った、エジプト旅行をしたなど、地域の人たちがそのまま世界と結び付いているのに、驚いたことがある。手紙、電話での結びつきからインターネットに変ったが、地域住民・日本国民・世界市民のサイクルが、私たちの地域で日常的に成立しているのである。

留学生に質問されて、地域の産業や歴史を初めて勉強した、日本の歴史や伝統文化を学び直した、日本の良さを改めて発見した、等々、留学生交流を通じて日本の素晴らしさを再認識し、確信した話しをよく聞いた。

郷土愛や愛国心は、国家が絡むと、必ずエゴイズムとナルシズムに堕する。上から言われて日の丸を掲げるというのは本当の愛国ではないだろう。農家民宿の人たちの実践は、万国旗のなかの郷土愛であり、愛国心である。日の丸も万国旗の中ではためいてこそ生き生きと輝く。農家民宿三十年の歴史は、本当の愛国心、愛郷心とは何かを教えている。

地域のこうした現代的伝統からも、地域部活は多く学んでいただきたいと思う。それはそのまま、各国の市や町や村の中学生との友好と連帯につながっていく。

全国的な展開へ

文化庁から先進例として推進を委託され、斎藤さんを中心に「日本地域部活動文化部推進本部」(NPO Pocca)が組織され、全国展開が図られ始めた。『パレット』は島田掛川信用金庫の後援を得たが、財政的基盤など、解決すべき課題は多い。

先日の「研究集会」で、武蔵野美術大学の大坪圭輔さんは、芸術教育には「芸術のための教育」と「芸術を通じた教育」があるが、学校教育は「芸術を通じた教育」であり、両者の接近融合によって「文化芸術の主体者育成・地域文化の継承発展・文化芸術体験による汎用的能力の育成」を生み出していく。ここには、単なる知識や上辺の経験でなく、真の人格形成に通ずる「学びの真正性」があり、『パレット』はその王道を行っていると評価された。

また、早稲田大学の油井一成さんは、社会の仕組みを知っているだけでなく、課題を発見して解決に参画する「行動的市民」が求められており、「社会的・道徳的責任」「コミュニティへの参加」「政治的リテラシー」「多様性とアイデンティティ」の観点を語られて、『パレット』の活動が、ローカル・シティズンシップの先のグローバル市民に必要な資質を形成して行くことを期待された。

斎藤理事長は「高校、大学を出て、国内外で大きく羽ばたいても、その地域と何らかの関係を持ってほしい。できれば戻って来て、仕事と共にもう一つ、地域部活で学んだ表現、鑑賞、プロデュースなどの各種活動に携わり、地域の生活文化をより深く耕す活躍をして欲しい」と地域部活の目指す人間像を語る。

日本の活性化は、地域の興隆にかかっている。活動の大いなる発展を期待しよう。

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