実感でとらえる報徳(『報徳』2023年6月号巻頭言)

オンライン報徳ゼミナール

 報徳の考え方は、日々の仕事や活動の中で実感としてどのように捉えられているのでしょうか。先月行われた「報徳ゼミナール」では、弁護士の牧野百里子さん、建物再生会社「形線」社長の西尾文克さん、掛川市副市長の石川紀子さんが、仕事と関連させつつ身の丈の報徳を語って下さいました。
 どのような問題意識をもって日々過ごしているのか、報徳の考え方をどう受け容れているのか、現代に生きる私たちに報徳がどのような指針を与えているか、等々、報徳受容の在り方が、それぞれ浮かび上がる興味深いお話でした。その骨子を紹介します。

いもこじ

 牧野百里子さんは、菊川市で法律事務所を開いておられます。いろいろな相談が持ち込まれ、依頼者の方たちと一緒に考えながら、問題の解決に向かって充実した時間を過ごしているが、報徳社に入って五年、毎月の常会に出て物事を見る観点が広がるのを感じるといわれます。
 やはり歴史と伝統のある大講堂での常会は、明治の時代から道を求めて集まった皆さんの思いが宿っているのか、研鑽の聖地という迫力があり、学びの楽しさに厳粛さを与えてくれる。「いもこじ」をやると聞いて、「芋汁会」を期待していたら、はずれてしまった。皆で議論し合うことと初めて知った。菊川市の行財政推進懇話会の委員を務めているが、隣りの掛川市ではまちづくり協議会など、いもこじ的な組織があり、合意形成を図る日本的な和の経営として大変示唆的だと思ったとのことです。

至誠実行と一円融合

 弁護士の仕事は、争い事の仲裁です。人間関係や経済問題が多く、相続でも離婚でも、お金の問題が大きなウエイトを占めます。対立している両者の意見も、いもこじ的にお互いの立場を斟酌しあって和解ができれば一番いい。自分のことだけでなく相手のことも考える、一円融合の視点は、あらゆる事柄において大切と感じます。
 至誠は、誠実であること、事柄に則して考えることと捉えています、真実に接近する態度ですから一致点も見出しやすい。至誠を意識して日々をおくるようにしています。
 尊徳先生の道歌に「この秋は 雨か嵐かしらねども 今日のつとめの田草取るなり」とあります。『報徳訓』にも昨年の努力で今年があり、今年の努力で来年があるとあります。
 今やることをやれば、明るい未来が開ける、目の前のことを一心にする、そう心がけています。報徳の考え方から多くの知恵をいただいています。

造っては壊すのでなく、再生、掘り起こし、活用

 西尾文克さんは、建築関係の仕事だけに、造っては壊し、造っては壊す街の姿に長年、疑問を感じていたといいます。成長期が終わった日本は、どのようにしたら本当の成熟期に入れるのか、ものの豊かさを心の豊かさにどう転換し深化できるのか。
 「生かす、活かす、育てる」、「感性、感覚、らしさ」を合言葉にして、物の持っている良さ、徳を生かす工夫が大切です。キーワードは「再生」で、建物の再生、街並文化の再生を仕事の柱としてきました。本物のエコとは、物を大切にするこという単純な真理に行きつきます。
 遠州の文化産業発展の根幹には遠州民藝があります。浜松藩の大庄屋だった高林家では、高林方朗が水野忠邦に国学を講じ、高林兵衛は報徳人で民藝運動の功労者です。柳宗悦や益田鈍翁と深い交流があり、高林家は日本初の「日本民藝美術館」になっています。同じく保存運動がなされた平野家旧邸宅は市の不見識から潰されましたが、私たちの文化を高めて行く上で、こうした文化遺産の保全と活用は必須なのです。

「思いの育成」と浜松駅南のスロータウン構想

 小中高生への啓蒙活動を行っています。学校に伺って、地域の歴史を話し、郷土への思いを啓発します。考え方の中核には「積小為大」や「至誠・勤労・分度・推譲」を置くことの大切さも話します。
 地域主体の街づくりとしては、浜松駅南の砂山銀座商店街から中田島砂丘への六キロを「スロー」を合言葉に、新たな街づくりに挑んでいます。スローロード――自然環境を資源とした健康ロード。スローフード――安心安全な食、オーガニック、地産地消。スロータウン――ゆったり豊かな高貴な街づくり。そして発酵食品などをふんだんに並べたスローフード・マルシェの開催などです。
 こうした活動の根幹には、やはり報徳の「勤・倹・譲」が導きの糸になっていることを強く感じます。

大手電機メーカーNECから掛川市副市長に

 石川紀子さんは、公募した掛川副市長にNECから転身して就任されました。最新のDX・デジタル改革を通じて、ダイバーシティー・多様性を尊重した生き方、働き方、組織文化や生活文化の変革と発展を課題とされています。
 日本最初の生涯学習都市宣言、そして報徳の根づいている町の底力は、新幹線掛川駅に二九億五三一四万円、掛川城天守閣に四億六六三四万円、掛川駅木造駅舎六七五八万円と、市民の寄付で実現したところに示され、報徳の「至誠・勤労・分度・推譲」の「推譲」の実践であり、市民の中にこのようなエートスが根付いているということは、本当に素晴らしいと語られました。

二年連続、ゴミ減量日本一

 人口一〇万人以上五〇万人未満の自治体で、掛川市は、年間一人一日あたりのごみ排出量が最も少ない自治体となりました。全国平均八九〇グラムだが、掛川市は六二二・六グラムです。
 市としては更に「おむつリサイクル」を考えており、使用済み紙おむつ、生ごみ、プラスチック、剪定枝、落ち葉に照準を合わせて燃やさずに資源化する研究を進め、企業と連携して具体的な事業化を視野に入れています。
 これは「掛川SDGs(持続可能な)プラットホーム」の活動とも重なります。国連で一七項目掲げられた持続可能な社会を目指す改善項目を念頭にした活動で、昨年の全国十七市町村の結集した「掛川報徳サミット」では、中高生が中心となったSDGs活動が報告されました。
 温室効果ガス排出量について二〇三〇年度までに十年前と比べて四六%削減し、報徳電力の試みなども踏まえつつ、二〇五〇年度には実質ゼロにする目標を掲げたプログラムを進行させています。

ダイバーシティ(多様性)とインクルージョン(包摂)

 ダイバーシティ(多様性)は、人間の多面的な在り方の全面的発展を目指す概念です。人間にとどまらず、自然の多様性も保全します。
 市では企画政策課に「ダイバーシティ戦略室」を新設しました。職員ひとりひとりが自分自身を大切にしつつ、共にあることで大きな力を引き出し合い、「市民起点、利用中心、未来志向」の仕事が展開できることを目指します。
 そして、市民の皆さんが率直ないもこじが出来るようにと「かけがわダイバーシティカフェ」を企画。Well-beingや働きがいなど直面する様々な課題についてまずは職員の間で話し合いました。今後、ダイバーシティとインクルージョン、多様性と包摂性の豊かな関係を創造できたらと思ってます。

参加者から

 三人のお話は、期せずして心田の開発、市民活動、行政仕法の話になり、報徳との関係が多様に示されました。参加者の中からの意見、質問もご紹介します。
 愛媛県の清水和繁さん――今住んでいる近くは植物学者の牧野富太郎が採集に歩いたところ。失敗や重荷を人は背負うが、大切なのは何に向き合っているかということ。今、尊徳を実践した安居院庄七と岡田良一郎に関心を持ち、報徳資本主義について思いをめぐらしている。
 掛川の村松篤さん――清水さんのオンライン報徳塾に参加している。経済を回すのに道徳は不可欠。掛川駅前に島田掛川信用金庫の建物ができつつあるが、お金の廻り、地域、報徳の有機的な結びつきが大切だと思う。
 千葉県の前島忻治さん――「この秋は 雨か風かは 知らねども…」は好きな言葉で、尊徳の歌と初めて知った。西尾さんへの「社会活動と会社事業の収支はどうなっているか」の質問に「経営はボランティアではない、しかし営利目的では街づくりは進めない。時間とお金と余剰の部分で街づくりをしている。早朝と夕方に社員の仕事の確認がある。昼間をうまく空けてするが、毎日ではない。夜も、日曜も、昼も働いている」と回答。
 福岡県の中村信之さん――IT関連の仕事をしている。今、チャットGPTが話題になっているが、Googleの検索より答えがすっと出て気分がいい。しかしそれは人が考える道を奪うことであり、利用する側の思想、道徳、倫理観がより求められる。報徳のとの関わりを考えている。
 掛川の大庭純一さん――定年で掛川に戻り、経営学を学びつつ報徳を勉強している。次世代にどのように伝えるかを課題としたい。
 相馬市の佐藤弘憲さん――南相馬市深野村では、親戚が令和の基盤整理で田圃が今より五倍、十倍と大きくなっている。尊徳の復興との対比を考えてみたい。
 横浜市の鷲山雄一さん――銀行に務めた後、経営コンサルタントで訪問介護の事業所を支援している。道徳心が強いのはいいが、経営観念がなく、経済のない道徳は寝ごとになるぞと忠告し目を光らせているとのことでした。

 現代を生きる私たちは、様々な問題への敏感な感覚と問題意識が求められています。多くの刺激と啓発を受けたゼミナールでした。皆さん、ありがとうございました。

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