報徳思想の現代的発展を目指して――「報徳文化研究所」の創設――(2022年『報徳』3月号 巻頭言)

「これまで通りには生きていけない」

コロナ・パンデミックは、現在、第六波の只中にあって一日の感染者が一〇万人に達しようとしています。世界では、オミクロン株がピークアウトした国もありますが、猖獗の危機は去っていません。コロナと共に、あるいはコロナ後をどのように生きていくのか、私たちは大きな課題に直面しています。

十九世紀の世紀末、ヨーロッパでは人々の間に「最早これまで通りに考え生きて行くことは出来ないのではないか」という閉塞と没落の予感が広がっていました。社会が新しい出口を求める中で、戦争と革命の二十世紀が始まります。

二十一世紀の中葉に向かう私たちも、同じような問いの前に立たされています。勤勉努力の一億総中流がいつの間にか格差社会に堕ちて低迷委縮が始まり、東日本大震災、気候変動、自然災害、そしてコロナ禍に直面して、私たちの生き方も、社会の在り方もこのままでよいのか、鋭く問われてきています。

現実を打破する変革の思想――報徳

江戸時代末期、二宮尊徳の直面した現実も、相似たものでした。天変地異、飢饉、疫病、商品経済の浸透、貧富の差の拡大、農村の荒廃の中で、人々の心も荒れ果て、生きる展望が見失われていきました。

「我が道は、人の心の荒蕪を開くのを本意とする」。尊徳は、農民一人ひとりの中に、自主自尊の心を徹底して呼び覚まします。「一人の心の荒蕪が開けたならば、土地の荒蕪は何万町歩あろうと心配はない」。こう確信して農民を自覚させ、多くの村々を立て直し、勤・倹・譲の実り豊かな循環社会を生み出しました。

「我が道は至誠と実行のみ」という実践第一主義。「荒れ地は荒れ地の力によって立つ」という自力更生の精神。「遠きをはかる者は富み、近くをはかる者は貧す」の戦略眼。綿密な実態調査と年次計画による「報徳仕法」。商品経済の浸透による格差に対抗した金融相互扶助組織の「五常講」…どれをとっても尊徳の報徳思想は、実践的思考に裏打ちされた、現状の問題を打破していく変革思想であることがよくわかります。

報徳文化研究所

遠きをはかる見識と気概、自主独立の精神を失って、日本の存在感は国際的に地盤沈下が続き、政治、経済、科学、技術、文化の面でも、低迷、委縮、閉塞のスパイラルに入っています。

「死中に活」の思想、それが二宮尊徳の報徳思想です。尊徳の考え方を現代においていかに生かすか。まさに今、その現代的な探求と発展が求められています。

「どんな古い思想でも、その時代に合った価値観を導入していけば、生き生きと続いて行く。しかしその努力を怠った時点で終わってしまう」。これは数年前、孔子の生誕地・曲阜で開かれた「国際二宮尊徳思想学会」で議論されたことです。『報徳文化研究所』をどう創るのかの議論のなかで、副社長の杉山雅之さんは「常に念頭に置くべきこと」と強調されました。

古い思想・プレモダンの思想を、モダンの達成点からどれだけ深く豊かに捉え返すのか。こうして捉えた深さと高さの水準が、ポストモダンの、コロナ後の思想の、質の豊かさを形成していきます。

現代の今に生きる必要から、報徳の考え方をどのように捉え返し、発展させるのか。『報徳文化研究所』は、まさにその要請に応えようとするものです。

まず、尊徳の思想そのものの研究が必要でしょう。そして豊田佐吉、御木本幸吉など、考え方を後継した人たちの実績の追尋です。更には明治、大正、昭和、平成と日本の各地で展開された刻苦精励の報徳社運動の成果も、私たちに等身大の触発と励ましを与えます。

報徳の魂を究める

『報徳文化研究所』は、岡田良一郎を記念して造られた「淡山翁記念報徳図書館」を拠点として、次の七点を活動の魂として展開します。

① 「報徳思想の研究」。早田旅人さんの『報徳思想と近代社会』からは仕法について、大藤修さんの『二宮尊徳』からは分度の意義を、北岡正敏さんの『二宮尊徳』からは技術思想について多くの触発を受けましたが、佐々井信太郎、下程勇吉、奈良本辰也などによる戦前から続く研究成果を共有し、尊徳研究の推進を図ります。

② 「報徳継承者たちの研究」。渋沢栄一については、皆さんの論が『報徳』に載りました。松下幸之助、土光敏夫、稲盛和夫たち企業人、北海道農業の小林篤一、漁業の安藤孝俊などの後継者たちの研究と情報の共有を図ります。

③ 「現代的活用の研究」。アフラックの大竹美喜さんから「至誠・勤労・分度・推譲」は、武士道ならぬ市民道の中核におかれるべきという提案があるように、報徳を今様にどう生かすのか。「天道と人道」「道徳と経済」「新田と心田」における中庸の現代的解明など、今日的課題への活用を研究します。

④ 「報徳図書館所蔵文書の整理活用」。江戸時代後期から、明治、大正、昭和にかけての書籍や和綴じの文書が未整理のまま大量にあり、全国的に展開された報徳社運動に関わる書簡や書類など、日本の近代化を地域から支えた報徳社運動の全体像をあきらかする文書を整理発信します。

⑤ 「各地報徳社運動の掘り起こしと資料収集」。百五十年にわたる各地の報徳資料を収集し活用を図ります。最新の研究に須田将司さんの『昭和前期の報徳運動と報徳教育』があり、宮地正人さんの『日露戦後政治史の研究』をはじめ、見城悌治さん、足立洋一郎さんなどの成果の共有と地域研究の推進を図ります。

⑥ 「広報出版活動と研究会活動」。出版部門をつくり、研究書、冊子、各地の地域興しの記録、資料集など、受容されやすい形で発信し、現代の問題を考え、生活にヒントを与える出版活動を行います。

⑦ 「報徳文化研究のネットワーク形成」。地域報徳社や個人会員の相互の交流、各地の報徳関係の資料館との連携を図り、各種の研究会、勉強会を組織します。

リトリートセンターとして

図書館活用について各地でオリジナルな実績を上げておられる岡本真さんからは、学問を生活化する観点から、報徳精神を学び生かす、リトリートセンターの考え方をいただきました。

「リトリート」とは、「一時的、意図的に心身を一歩退いた場に移すこと」。その上で、「次の前進に備えて、心身の休養、修養、涵養を図ること」で、 そのための時間と空間を提供するのがリトリートセンターです。

修養と実践の学びプログラム、一年を通した体系的で魅力的なプログラム、「道徳と経済」塾の開校、等々、そして冀北学舎を利用した宿泊研修の提案もされました。学びに「修養」の観点を強調され、私たちの研究所の在り方そのものに触れる提案です。

財政的な基盤

榛村純一社長の時代に報徳社の建物群の改修整備が行われました。この事業は多くの方たちの推譲によって達成されました。『報徳文化研究所』の財政的基礎もそれに倣って固めていけたらと考えています。目標額は一億円です。総会を経て五月号で詳しくお知らせします。ご理解とご協力をどうぞよろしくお願い申し上げます。

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