「報徳文化研究所」の実現に向けて(2021年『報徳』4月号 巻頭言)

報徳思想の強い生命力

NHKの大河ドラマ『晴天を衝け』が始まりました。江戸末期に生まれ、明治、大正、昭和を生きて日本の近代化に決定的な貢献をなし、日本資本主義の父といわれている渋沢栄一の物語です。

渋沢栄一と二宮尊徳とは深い関係があります。尊徳の高弟の富田高慶は、明治維新直後、報徳仕法の大切さを西郷隆盛に説きました。西郷はその話をどう進めるか、当時大蔵省の吏員だった渋沢に振っているのです。変転の激しい大変革期のことで、報徳仕法の実践活用までには至りませんでしたが、渋沢は尊徳を深く学びました。

『論語と算盤』では、「経済道徳合一説」を説き「富の根源は仁義道徳、正しい道徳の富でなければ永続できない」と語っています。尊徳は「経済のない道徳は労多くして功少なく、道徳のない経済は永遠の道保ちがたし」と語っています。渋沢は企業に私益だけでなく「公益」を説き、尊徳は社会への「推譲」を説きます。尊徳は六〇〇の村を興し、渋沢は五〇〇の会社を興しました。

尊徳の思想と実践は、明治、大正、昭和を通じて広く受容され、日露戦後の疲弊した日本を「地方改良運動」によって活性化させ、大恐慌後には「経済更生運動」によって再生させる原動力になりました。

世界を覆う自然災害と経済格差

渋沢は上昇する日本資本主義と並走しましたが、尊徳は、封建社会の諸問題が露呈してきた時代と対決しました。その点で、資本主義社会の問題が露呈してきた現代との対決が迫られている私たちと重なる面があります。

知恵の女神であるミネルヴァのフクロウは、凋落の夕暮れに飛び立つといわれるように二宮尊徳は、自然災害、飢饉、経済破綻に苦しむ幕末の人々に生きる知恵と道を示し、飢餓から救い、地域を発展させました。現在、世界は尊徳の時代を思わせる異常気象、災害多発、格差拡大、差別分断の問題に直面しています。

コロナ後の新しい生き方が鋭く問われる中で、ミネルヴァのフクロウのように報徳思想はこれらの問題解決にどのように資して行くのか。その現代的活用が求められています。

報徳思想の現代的探求

現在、「報徳文化研究所」の提案が理事会に出され、検討が進んでいます。岡田良一郎を記念して造られた「淡山翁記念報徳図書館」を拠点として、二宮尊徳の研究、歴史資料の整理、報徳実践家たちの追尋、報徳思想の実践的活用、等々について研究し、発信することを目指します。次の七つのテーマを考えていますが、皆さんからの更なる提案をお待ちしています。 

一 報徳思想の研究

尊徳は、「万象具徳」「以徳報徳」「積小為大」「一円融合」などの思想をどのように形成していったのか、農民たちの「心田の開発」を具体的にどのように展開したのか、等々、神道・儒教・仏教に学びつつ、現実との対決の中で生み出される尊徳の実践的思考の生成過程を最新の研究に基づいて明らかにする。

 二 継承者たちの軌跡

尊徳の思想は、日本の近代化の中で、経済人の豊田佐吉、御木本幸吉、松下幸之助たちに、あるいは北海道開拓の大友亀太郎、依田勉三、関寛斉に、農業の小林篤一、漁業の安藤孝俊、酪農の黒沢酉三に、戦後は土光敏夫や稲盛和夫たちに受容されたが、その具体的諸相を研究する。 

三 報徳思想の現代的活用

世界的な課題となっている気候変動、災害多発、貧富の格差拡大、等々に対する実践的処方箋として、「天道と人道」「道徳と経済」「新田と心田」における創造的接点の現代的解明など、今日的課題への活用を研究し、また日常生活の哲学として定着している報徳文化についてその現代的発展を探る。 

四 報徳図書館所蔵文書の整理活用

淡山翁記念報徳図書館所収の「岡田家文書」「佐々井信太郎文書」「山﨑常磐文書」など、未整理の資料を調査整理する。検索と活用のために図書目録の整備が必要であり、統一図書目録を作成して研究活動の基盤をつくる。 

五 各地報徳社運動の掘り起こしと資料収集

各地の報徳社運動は、明治の初期から一五〇年近くの歴史を刻んでいる。法人化を契機に閉じた報徳社もあり、先人たちの刻苦の業績を忘れ去ることがあってはならない。地域興しと地域文化に貢献した各地の報徳社の資料を掘り起こし、資料収集、資料整理、研究活動の三位一体のサイクルの中で位置付ける。 

六 広報出版活動

出版部門を作り、以上の活動の中から生まれた研究成果、各地の地域活動の記録などを、著作、資料集、冊子など、受容されやすい形で発信し、現代の様々な課題を考え、日々の生活にヒントを与える基盤とする。 

七 報徳文化研究のネットワーク形成

地域の報徳社や個人社員の相互交流を豊かに発展させる。各地の報徳資料館や博物館との連携を図り、緊密な情報交換によって啓蒙的機能を強化する。新しい情報技術を活用し、各種の研究会や勉強会の組織化や情報共有を進める。 

財政的な基盤

これらの活動を展開するには財政的基盤が必要です。榛村純一前社長の時代には報徳社の建物群の改修整備が行われました。この事業は多くの方たちからの推譲によって実現しました。報徳文化研究所の財政的基礎も、それに倣って固めていけたらと考えております。

目標額は検討中ですが、その到達を俟たず、推譲頂いた範囲で直ちに資料整備や研究会活動を開始し、徐々に活動全体の充実を図っていく考えです。構想への皆さんからのご提案、そして活動への参加をお願い致します。

BS朝日『百年名家』で、二月二十八日、大日本報徳社が紹介されました。明治三十六年に建築された大講堂は、日本最初の民間公会堂で、重要文化財になっています。講堂という概念のない時代、大きな未知の空間をどう創るか、日本建築などを参考に模索した六〇〇人も入る美しい空間で、明治の人たちの闊達とした創造精神を反映したものと解説されていました。

岡田良一郎をはじめ、建設に携わった先駆者たちの時代を創る意気込みと奮闘の跡が偲ばれます。報徳文化研究所も、このフロンティア精神に学び、大いなる発展を期したいと思います。

なおこの放送は大変好評で、四月四日(日)一二時より再放送されます。見逃された方は、是非、ご覧くださいますように。

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