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5/6 欧州大戦マルチ プレイレポート

MOD【EuropeWarMulti】を利用した欧州対戦マルチです。プレイヤーは以下の通り。なお、本来は7人で行うマルチですが、5人しかいなかったため、スカンディナヴィア・トルコの2カ国はAIにした上で、MODに用意されていたディシジョンにより操作不能としておきました(MOD製作者様のご配慮のおかげ)。
【プレイヤー国家】
イギリス・フランス・イタリア・ドイツ・ロシア
計5人

【勝利条件】
1945年1月時点で最も工業力が高いこと。

1938~1940

     思い付きから始まった欧州大戦。ルールは単純、1941までの戦争禁止のみ。
ドイツプレイヤーの「外交大事だねこれ」という一言により開始早々秘密外交が飛び交う胡散臭い国際社会となってしまった。なお、ドイツプレイヤーはこの時点でイギリス・フランス・イタリアに秘密外交を飛ばしていた模様。
     全プレイヤー初プレイのMODだったため、各々手探りで内政を始めていく。所感としては、バニラに比べてかなり忙しかった。各国家が順当に軍拡を進める中、唯一の島国であるイギリスはロイヤルネイビーを作らんと海軍増強を急ぐ。一方でイタリアはフランスに奪われた旧領であるサヴォイア・ニースの奪還を宣言し、対するフランスはコルシカ島の奪還を目指して対立。もっとも戦争に近い二国家の裏で、硝煙の匂いを嗅ぎつけたドイツとイギリスが暗躍していた。唯一地政学的に優位にあるロシアは史実よろしくマイペースに軍拡を進めていったが、戦争準備が間に合わずドイツと1942年までの不可侵条約を締結し、世界を驚かせた。他方でイギリスもまた、ドイツとの間でオランダの割譲と引き換えに1943までの不可侵条約を締結。
     各国間で外交が飛び交う中、フランスとドイツは対伊共同戦線を張ることに合意した。

1941年

     1941年になり戦争が解禁となったにも関わらず、世界は静かであった。各々が内政に追われて静まる国際外交の場に、ドイツプレイヤーの「大ドイツ主義って知ってる?」という一言が投じられ、途端に世界に緊張が走る。ドイツはフランスとの合意に従い対イタリア戦争を開始し、フランスもまた、英雄の故郷を取り戻さんとイタリアに宣戦布告。遂に欧州大戦の火蓋が切って落とされた。
     イタリアは歩兵の生産に重点を置いた内政を行っていたため、軍隊数で言えばドイツ・フランスを圧倒していた。しかし、ドイツ機甲師団によりバルカン方面が突破され、戦線の崩壊とはいかないまでも対独戦線はジリ貧の状態であった。そんな中、イギリスが“均衡外交”を掲げて対仏宣戦布告。フランスは一転して不利な状況へと追い込まれる。イタリア戦争に加えて、イギリスによりイベリア上陸作戦が実行され、フランスは戦争からの離脱を望むように。ドイツは戦争を比較的有利に進めていたが、イギリス・ロシアの義勇軍戦法により窮地に追い込まれ、ドイツもまたイタリアとの和平を模索する。
 結果的にイタリアは戦術的・外交的勝利を収め、フランスからサヴォイア・ニースを、ドイツからハンガリーを得て講和した。フランスはイギリスとも和平を行い、北アフリカ領土を割譲。これ以後、イギリスに対抗するためにひたすら海軍増強を行うこととなる。
 ドイツは不可侵条約を結んでいたイギリス・ロシアの義勇軍により敗北に追い込まれたことによりヘイトが爆発。「全領土を失ってでもロシアを倒す」と言い放ち、悲しき復讐鬼として対ロシア戦争を行うことを宣言した。イタリアはウクライナの割譲と引き換えに参戦を支持し、ここに対ロシア共同戦線が構築された。

1942年

 ドイツ・イタリアは上記の取り決め通りにロシアに宣戦布告。既に軍拡を終えていたロシアは持ち前の陸軍を以てドニエプル川に防衛戦を構築するが、欧州の2大陸軍国家を抑えることは出来ず、ウクライナ戦線が突破されてしまう。状況を見たイギリスは持ち前の英国面を発揮して対ロシア戦争に参戦、エストニア・ラトビアをロシアから奪取して即座に講和した。まさにイギリス。
 南方戦線の崩壊に加えて北方・中央で20個師団近くを殲滅されたロシアはドニエプル以西の割譲を条件に独伊と講和。対ロシア戦役は独伊の勝利に終わった。
 その後、ドイツは1943の対イギリス戦争に備えて軍拡を進めていき、イタリアはひと足先にイギリスに絡まれ、戦争へ突入した。一方のフランスはイギリスとの密約によりノルマンディーを割譲し、同盟関係を構築して対イタリア戦争を始めつつ、ドイツとは「独英戦争における非参戦」を確約した。

1943年

 イギリス=イタリア戦争はロイヤルネイビーの力によりイギリス有利に進み、サルディーニャ・コルシカに加えてシチリア島までもが英国占領下となる。一方で陸上戦では大量のイタリア軍を突破することは叶わず、地中海戦線は膠着状態へと落ち着いた。
 ドイツは宣言通り対英戦争を開始。しかし、イギリスの機甲師団はドイツ軍の予想をはるかに上回る攻撃力・突破力を誇っており、ドイツ軍の対英戦線は崩壊した。唯一の希望策であったゼーレーヴェ(ブリテン島上陸)作戦も本島にいたイギリス機甲師団により失敗し、アシカは哀れにも北海に叩き出されることとなった。陸軍師団を20個以上殲滅され、もはや勝ち目なしと見たドイツプレイヤーはハノーヴァー・フランクフルト・ラインラントの割譲を条件にイギリスと講和。イギリスは世界一の工業力を手にし、名実共に最強であることを世界に示した。ドイツが敗北した以上、これ以上の戦争継続は不利とみたイタリアはサヴォイア・ニースをフランスに返還し、かつシチリア・サルディーニャ・コルシカをイギリスに割譲することにより講和した。
 独伊連合と英仏同盟の戦争はイギリスの強さを世界に示すとともに、ドイツの没落を招き、欧州のパワーバランスはこれを機に大きく転換することとなる。
 フランスはイギリスと同盟を維持しつつ下剋上の機会を虎視眈々と狙い、ロシアはまだ余力のあるイタリアを潰さんと対イタリア戦争を開始。ロシアの予想通り、陸軍自体は無傷であったイタリアはこれに応じ、イタリア=ロシアの全面戦争が勃発した。一方、ドイツは小さくなった領土に引き籠ってせこせこと陸軍を整備していた。

1944年

 実に半年もの月日を費やし、対英戦争の惨禍から何とか再建を果たしたドイツ軍は、1943年に結んでいたロシアとの密約に従って対イタリア戦争に参戦。長大な独伊国境を守りつつロシア軍を抑えるのは不可能であると判断したイタリアはハンガリー・オーストリアをドイツに、ウクライナ・ルーマニア・トランシルヴァニアをロシアに割譲することにより講和した。
 これ以後、ロシアとドイツは対英の立場で共同していくことになる。前年の戦争でイギリス軍が屈強であることはもはや周知の事実であり、イギリス軍を下すには各国の力を合わせねばならなかったのである。
 そして1944年夏、最後の戦争が幕を開ける。ロシアはリトアニア・ラトビアの奪還を、ドイツは旧領の奪還を掲げてイギリスに対し宣戦布告。更に前々からドイツにより参戦を促されていたフランスも、遂にノルマンディーを取り戻さんと宣戦布告。ここに対イギリスのための共同戦線「対英大同盟」が結成された。ナポレオンが見たらさぞかし喜んだことだろう。
 流石に3カ国相手ともなればリンチ同然である。陸軍師団の半壊まで追い詰められたイギリスは、ドイツ・ロシアとの講和を模索。一方で、今までの恩義を捨て、同盟関係を破棄してまで攻め込んできたフランスへのヘイトは高く、いつぞやのドイツのように悲しき復讐マシーンと化してしまった。特段フランスへの義理もないドイツとロシアはイギリスの条件を飲み、旧領を回復。イギリス=フランスはドイツが陣営盟主であったために強制的に和平となってしまったため、一時の停戦となった。
 そして1944年12月、プレイも終わりに差し掛かったころ、復讐マシーンがフランスへ襲いかかった。フランスは防衛の姿勢を見せるも、海軍増強の弊害でイベリア半島を守るほどの戦力は無く、イベリアはイギリスに蹂躙されることとなってしまった。更に、独露との戦争以後不干渉を宣言していたイタリアもここぞとばかりに対仏参戦。ベネルクス・アルプス・イベリアの3戦線を守ることなどいくらフランスでも不可能であり、本土もまた一方的に蹂躙されることとなった。なお、パリだけは何とか1945年まで守り通した模様。
 他方で、ドイツは既に世界一の工業力を取り戻していたため、勝ちを確信して対仏参戦はせず、傍観。反対に、ロシアはもはや世界一の工業力を取り戻すのは時間的に難しいため、結果とてドイツ同様に傍観を貫いた。

結果

【1945年1月時点での各国工業力】
フランス:約400
ロシア:約500
イタリア:約500
ドイツ:約600
イギリス:約650

イギリスの勝利

なんと、最後の対仏戦で電撃的侵攻に成功したイギリスがたった一ヶ月で工業力を100近く伸ばし優勝。うさぎと亀かのような結果に終わった。
とは言っても、イギリスは世界最強の陸軍・海軍を揃えることに成功したのだから、順当な結果と言える。MVPもイギリスと言って良いだろう。
ちなみに、イギリスのフランスに対するヘイトは凄まじく、1945年1月が過ぎても攻勢を続け、最終的にフランスは欧州から姿を消した(下画像を参照)。

各国の最終的な領土


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