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紀州へら竿体験記#1

和歌山県橋本市に着いたのは5月の朝。夜行バスで奈良県五條市まで行き、そこからJRで県境を越える。奈良の古都の情緒を感じつつ、その情緒は橋本にも続いていた。

高野山の入り口としてかつては宿場町でもあった橋本は、大阪や奈良に隣接していて、和歌山県内よりも大阪や奈良への行き来がしやすそう。地元の人が買い物に行くのは難波なのだそうだ。

山に囲まれ、山を越えたら海も遠くない。自然も豊かで都市部への利便も良くて、この利便性は関西圏の相模原とか町田とかに近いだろうか。

昔、京都で生活していた時は和歌山県以外の近畿の府県は仕事で歩いたことがある。関西弁と一括りにしてしまうが、微妙にイントネーションも違うし人柄にも地域性の違いがある。橋本は奈良の地域性にすごく近い感じがした。

午前中、駅前を散策してみた。昭和の面影や残る建物や古民家が多く、宿場町の面影も残っていて面白そうな街。潰れかけている素晴らしい古民家があちこちで見受けられる。街に人を誘う素敵な空間になれそうなのに、このまま朽ちていくばかりかと思うと勿体ない。

古い倉庫みたい。土地の石積みが特徴的
こんな古民家があちこち見つかる
駅前の趣ある細露路
路地を抜けたら道端に井戸

午後から紀州ひら竿の伝統工芸師である田中さんの工房へお邪魔した。
田中さんにお願いして、まずはへら竿で実際に釣りを体験させてもらった。

釣りに向かったここは竿の試験場。ここで試し釣りをして竿のしなり具合を確認するのだそう。思いの外広くてびっくり。一般にも開放されている。

へら鮒釣りは、江戸時代からある道楽だったらしい。
竿を通して魚の引きを楽しむことが目的の釣り。

すごく贅沢な釣りのセットに気分は大名

釣り場をセッティングしてもらい、餌も針につけてもらい、自分は釣るだけというなんとも贅沢な釣りをさせてもらった。
この道具を眺めているだけも十分贅沢な気分を味わえる。竿師がつくるのは、竿だけじゃなく、この釣り道具全て意匠を手がけている。

浮きは葦や孔雀の羽でできている

餌は、竿師の田中さんが魚の様子を見ながら、硬さを調整して針につけてくれる。自分はそれを水面に放り込むだけ。

トレーに転がっているのはハサミが入った竹製のケース

へら鮒釣りは、ただ糸を水面に垂らしているわけではない、浮きの動きを見て、餌の食いつきを観察して、水面の変化を見て水面下の魚の動きを推察しているのだ。

網をスタンバイするクランプ木の根でできている

魚が釣れたら力づくで竿を引き上げない。和竿は竹のしなりを生かして魚を水面まで誘い、網で掬って釣り上げる。ちなみにこの時使った網は職人の手づくり。とても細かいピッチで糸の結び目が揃っている。このピッチが見えなくなりこの網の職人はもうやめてしまったそうだ。

網はこんな感じでスタンバイ

魚は再び堀にかえす。長時間費やして得るものがないが、水面下で見えない魚との知恵比べ、鳥のさえずり、カメの泳ぎっぷり、牛の鳴き声など、周囲の自然を感じつつ自己に入っていく感じは座禅のような、これもメディテーションのように思える。

この網は手編み

終わってホテル戻ると爆睡。神経研ぎ澄ますから案外疲労が大きいみたいだ。しかし普段は四六時中PC画面と向き合っている自分にとって、推察する対象が自然に変わっただけでもすごく気持ちが晴れる。釣れた時の竿から伝わる魚の引きの強さ、竿のしなりのすごさ、そして目の前の自然の素材から作り出された道具も、この目の前の何もかもが、地球で生きている実感につながり安堵する。

田中さんに教えられながら釣りを体験していると、永遠に幸せになる釣りが少しわかる気がした。

(余談)
日本へら鮒プロ認定協会なんかもあるのだな。



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