あなたが口にしたことでこの名は洗われた

私の本名というのは初対面の人に3回に一回くらい「素敵な名前ですね」と言われるくらいには、「私の恋人になり私の名前を体に彫る男や女は運がいい、うつくしい名前だから」と思うくらいには、名付けた父は詩人かと問われるくらいにはハイパービューティトゥインクルトゥインクルネームなんですが、この引き出しでは「自分の名前が嫌い」もしくは「呼ばれてきた環境が嫌い」な人が「洗われた」と感じた瞬間をまとめています。


永尾未果子(峰浪りょう『ヒメゴト〜19歳の制服〜』)

経緯は結構ネタバレになるので省きますが、制服姿で15歳として売春をする女子大生の未果子の回想です。彼女は物語の大きな事件から時間が経った後、「未果子」の名を「熟れるな、実るな、未熟な少女のままでいろ」という呪いの込められた名として嫌っていたけれど、登場人物の一人、由樹に何度も呼ばれた時にその名が洗われたように感じ、それをもらうために口づけをした、と回想します。

本当は状況とかそれまでの二人の関係性とか、作品の中での「少女」と「成熟」の意味とか色々背景が絡んで印象的なシーンなんですがネタバレになるので割愛します。ヒメゴトは主要登場人物の三人の独白やイメージの映像が詩的なのでこのシーンもすっと入ってきます。未果子が階段を降りていくイメージとかよかったな。

あと名前にこだわってて、主人公たちが草木に絡む名前で他の女の子がみんな果実系の名前なんですね。

同じ作者の『少年のアビス』もヒメゴトからさらに表現力や構成がパワーアップしていておすすめです。全員一般人なのに『宝石の国』や『ゴールデンカムイ 』に近い「地獄!!!!!!!!!!!!」って感情が味わえます。

私は令児のお母さんが玄くんをヤリ部屋に呼ぶシーンがこの世の数多のコスプレセックスフィクションの中でも一番好きかもしれん。


キマイラ(池田あきこ 猫のダヤンシリーズ)

策略家の化け物キマイラは自分の目的のためタシルの王の子・子猫のバニラを攫うものの次第に情が湧いてしまいます。キマイラは優れた変身能力と計略を練るずる賢さはあるものの体は小さく力もなく、魔王の城の中でも見下されている下っ端の化け物で、一方バニラは無邪気で純粋、誰から見ても愛くるしい真っ白な子猫です。

お互いの名前を告げるシーンで、バニラが「キマイラ」と口の中で転がすように唱えたとき、キマイラは今まで恐ろしい化け物にたちに投げつけられるように呼ばれてきたその名が洗われたように感じます。

これも自分の名とそれを取り巻く環境を嫌悪しているものが純粋でうつくしいものに名を呼ばれて「洗われた」と思うシーンですね。

猫のダヤンシリーズは短編だと幻想的で可愛らしくどこか妖しい世界観が魅力的な児童書なんですが、軸となる長編は重厚なテーマとドラマ、凄みのある描写力が印象的で大人が読んでも楽しいと思います。

キマイラとバニラの道中は歪んでしまったが情が残っている悪い大人が無垢な存在と過ごす時間を眩しく愛おしく思う描写が子供心に印象的でした。描き方がそうだったのもあるけど、歪んだ大人の方に自分を重ねて読んでたな。


良い人が口に出すことやキスをすること、大きく捉えると唇で汚れを払う、浄めるという表現はいくつか出てくるのでそれも大きな引き出しかもしれないです。

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