竹林

常々よく立ち寄るオフィスビルに来ている。
約束の時間はまだだ。ちょっと早く着きすぎた。

今日も、いつもの駅でいつも乗るセーラー服~の……じゃなかった、いつもの駅でいつも乗るエレベーターに乗り、いつも通り北側の入り口を通って、いつも通りすぐ脇の階段を上った。
そこにいつもの打ちっぱなし天井のロビーがあった。

だが、何かが変だ。
何かが違う。
広く味気ないその空間を認識する意識の中に、小さい違和感が出たり入ったりしている。

あっ。
右奥隅の階段が変だ。いつもと様子が違う。

と思ったら、違うのは階段ではなかった。階段横の、いつもは空いていない業者用の扉が奥に向かって開いているのだ。
ここから遠いのと、斜めから見ているのでよく見えないが、奥には配管らしき縦の輪郭線が見える。

なあんだ、そんなことか、と思ったのだが、まだ頭がもやもやする。
普段何とはなく、しかし頻繁に見ている空間に、予想しなかった広がりが生まれたことで脳の地図が混乱している。
既知の空間と同じ座標に無理やり新規の空間を上書きしようとして、二つが同時に存在してしまったような感じ。

扉に近づいてみる。
奥行きが肩幅程度しかない、鈍い金属でできた足場が手前にある。
その奥、足場より低い位置から、鉄色もとりどりな管が何本も生えている。
外から見ると、それらが一階からつながっているのか、足場の少し下から生えているのかわからないが、こうしてみていると管はさながら竹林であり、足場は竹林の中の遊歩道である。

足場の上に黄色いヘルメットが一つ伏せられている。中に持ち主がいるのだろうか。
いや、中にいる場合はヘルメットは被っているだろう。外に休憩に出たのかもしれない。

それにしても、まぶしいほどに新しい黄色である。
好奇心の侵入から竹林を守る標識のような、明るくお堅い黄色である。
持ち主は新人だろうか。それとも全員に最近新しく支給されたのか。ベテランで、前のが古くなって替えたのか。

持ち主が、黄色のヘルメットとともに中に歩み入るのを見てみたいところだが、残念ながらそろそろ時間である。
見慣れた空間と目新しい空間の間にある見慣れた階段を上って、見飽きた顔を見に行かなくては。


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