『空野雲行があやしい』 #創作大賞2022
【プロローグ】
世界中で膨大なデータが生まれ続けている。
毎日、毎秒、今まさにこの瞬間も。
それはまるで夏の積乱雲のように、目を離した隙にみるみる大きくなり、いつの間にか姿を消している。
例えば、統計や研究結果、資産などの数値データ。
あるいは名前や住所、経歴だけにとどまらず趣味嗜好までも含んだ個人情報。
そして文字や音声、動画から作られる、物語・音楽・映像といった「作品」と呼ばれる記録がある。
何度も見返すデータもあれば、二度と開かれる事の無いファイルもある。
自分にとっては宝物でも、他の誰かから見ればガラクタ同然であったり、その逆のケースも少なくない。
その昔、記録を残すのは石や紙の上でしか出来なかった。
それがいつしかテープとなり、ディスクとなり、チップとなり、科学技術の進化によって媒体はどんどん小さく便利になっていった。
そして現在、記録媒体はもはやその形を無くし、「クラウド」と呼ばれるインターネット上にデータを管理・保管をするシステムが主流となる。
ところでクラウドと言えば雲という意味だが、今では空に浮かぶ白い雲にロケットで「雨の種」となる化学物質を打ち込み、人工的に雨を降らせる事もできる。
天気予報の精度は日進月歩で、これだけ科学技術を進化させてきた人間でも、未だに解明できていない雲がある。
それは「ヤミ雲」と呼ばれる、人間の心の中に広がる黒煙のようなもので、不安や悩みによって作られるストレスの雲だ。
人は、心にストレスを生み出す度に新規保存し、そのほとんどをフォルダの奥深くに押し込んでは、消去できずに容量不足で苦しんでいる。
これは、そんな「目に見えなくて形の無い、ありとあらゆるデータ」にアクセスできる少年 “空野雲行” の、雲を掴むようなお話。
ここは、とある座標の上にある町の公園。
一組の家族が抱えるストレスによって発生した、ヤミ雲群を感知。
いつの間にか迷子になってしまった我が娘を探す母親と父親を見つけた。
この町中の防犯カメラの映像のほとんどはサーバーに保存されている。
そこから検索すればきっと見つかるハズだ。
“検索中・・・・”
“1件ヒットしました”
────見つけた。
あの子だ。
…それにしてもヤミ雲が大き過ぎる。
あんな小さな体なのに。
500MBくらいあるかもしれない。
ならば。
「こんにちわ、りのちゃん」
「パパとママが探してるよ。ボクと一緒に行こう」
「え、どうして!?」
…なんてこった…。確かにいきなり現れて驚かせてしまったかもしれない。
「あ、あやしくないよ!ボクは空野雲行っていうんだ!」
そりゃ疑うに決まってる。自分で「あやしい者じゃない」と言うやつほど信用できないものはない。
「じゃ、じゃあボクがパパとママに連絡するから、ここに来てもらおう!その間一緒に待っていようよ」
GPSでこの場所をスマートフォンに送った。これで来てくれるはず。
「今、こっちに向かってきてるから、あと少しで会えるよ!もう安心だね!」
…おかしい。ヤミ雲が全然晴れない。
親とはぐれた不安が原因じゃないのか…?
「ねぇりのちゃん、パパとママに会いたくないの?」
…なるほど。この子を蝕むヤミ雲の正体はこれか。
このまま親と合流できた所で、この子の空はいつまで経っても晴れる事は無いかもしれない。
「そんな事無い!」
「そんなこと無いよ、りのちゃん。…だけど、良い事も悪い事も、口にしてしまうとその通りになってしまう事があるんだ。
りのちゃんはパパとママの事好き?」
“コピー完了”
やっぱりこうなったか…。でも大丈夫。りのちゃん、見ててね。
“ペースト”
──よし、間に合った。
“ペースト完了”
「よかったね、りのちゃん」
明日も晴れますように。
──この物語は、すべて空想です。──
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?