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【ぶんぶくちゃいな】子どもたちを支配する「正能量」と消えた「生命」

北京で暮らしていたときに一番気に入ってい子どもたちた部屋は朝陽公園の真正面にあった。この地域は北京に詳しい人ならきっと高級マンションを思い浮かべるはずの地区なのだが、わたしが住んでいたマンションは、その中でも穴場的な価格の、また不動産賃貸市場には簡単に出回らないレア物件だった。

穴場的な価格だったのにはいくつか理由があった。一つは大家側はある事情からそこをおおっぴらに賃貸市場に出すわけにいかなかったこと。もう一つは、前述の理由から大家が賃貸市場に疎く、周辺の標準価格を参考にするのではなく、「これくらいもらえればいいかな」という自分たちの期待価格で賃料を決めたからだ。

後になって大家は、同じマンション内でやはり賃貸に出している家主の賃貸料を耳にして、わたしに提示した賃貸料をいたく後悔したらしいが、それをあっさりとわたしの目の前で口にするくらい、のんきというか、気の良い北京人でもあった。

大家の一家は、新築の、地下鉄駅にも街の中心部にも近いこの物件を他人にわざわざ貸し、自分たちは郊外の新興住宅地にある、古ぼけたアパートで暮らしていた。そのアパートは大家自身が勤める病院から福利として与えられたもので、つまり北京に2軒も家を持っているという意味では「富裕層」といえなくもない。だが、その暮らしぶりはどうみても決して大金持ちでも富裕層でもなく、普通にきちんと収入源を得ている、典型的な庶民のそれだった。

わたしの入居当時、大家夫婦には小学生高学年の娘さんがいた。賃貸中、わたしは3ヶ月毎に彼らが暮らす郊外のアパートを訪れて、賃貸料を直接手渡していた。確か3ヶ月分でだいたい1万元、当時のレートで15万円相当。いつも手渡しては他愛もない話をしたのだが、一度だけ彼らがこのお金が娘さんの塾代でほぼ消える、と言ったことがあった。

3ヶ月で15万円。ほぼ新築に近い70平米マンションの賃貸料としては格安だが、塾代としては相当な額である。びっくりしていると、彼らはこう言った。

地方の田舎出身ならまだしも、北京人として育ったからにはもう大学に入らないと将来は絶望的だ。北京では大学進学はもう普通のことだからね。それも北京の大学に受かるのがベスト。北京人なのに地方の大学に進学したら、卒業して北京に戻ってきても就職先の質は下がる。だから、競争が激烈なんだ。毎日塾や補習で娘も可哀想だが、将来のためだ。仕方がない。

そんな中国の大学入学事情といえば、同じ大学の同じ専攻でも、地域ごとの教育水準のばらつきを考慮して学生の戸籍所在地によって違う合格点や募集人数枠が設けられている。だからどんなに成績が良くても、上から数えてその人数枠に収まっていなければ脚切りされる可能性がある。特に教育条件が恵まれた北京の学生だからとのんびり構えていると脚切りに合い、自分より得点の低い地方の学生に席をさらわれてしまうことも普通にあった。

だから、受験生たちは目に見えないライバルたちに勝つために、絶えず「体力」を増強し続けなければならない。そんな焦りが中国の塾や補習といった「お受験ビジネス」へと大量のお金を流し込んでいた。

●加熱するお受験、塾講師の正体は…

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