【ぶんぶくちゃいな】「メンツ」のスイッチ

2月27日に韓国星州にロッテが所有しているゴルフ場の敷地に、米国が開発した「THAAD」(高高度防衛ミサイル)が配置されることが決まって以来、中国で激しくなってきた抗議の様子を見て最初に思ったのは、「またスイッチが入ったな」ということだった。その思いは今に至るもずっと続いている。

そのスイッチを入れたのは誰なのか。すぐに分かる。中国で燃え上がる大規模デモは、「現場に中心人物が見当たらない」のが特徴だ。姿をあらわさずに多くの人たちを動かす、命令系統を持っているのがその「中心人物」である。

中国ではいつもこうだ。逆に政府批判の活動家らを逮捕したときは必ず「首謀者」が吊るし上げられる。そんな活動家たちは店舗の1軒も閉鎖できない(しない)のに、ロッテマート150店舗を数日のうちに開店休業、また一時閉鎖させることができる「中心人物」がそう簡単な立場にあるわけはないことは簡単に想像できる。

日頃は所属も生活手段もばらばらな人たちをまとめて行動させるのに中心人物がいないなんてことは、どの世界でも常識で考えてありえない。だが、中国政府はそんな「首謀者のいない」活動を「民意」と呼ぶ。10年ほど前は「中国人民の感情を傷つけた」と言っていた政府が、権利意識に目覚めた中産階級から「勝手にオレの気持ちを代弁するな!」という批判を受けるようになったのをきっかけに、昨今ではあまり堂々とその言葉を使わなくなった。

ただ、今回伝えるメディアにおいて、新華社が再びそれを使った。「THAADの配備は中国を背中から指すようなもの」と呼び、「ロッテは中国民衆の感情を傷つけた」と書き、それをビジネスだけではなく政治の面で得点稼ぎをするようなもので、「世界には一挙両得なんてありえない」と断罪した。

一方、中国国内で店舗展開しているロッテに対する不買運動、大手旅行会社のビザ手続き代行ストップ、韓国エンターテイメントのボイコット、韓国ネットゲームへの認可拒絶…さまざまな面で現れた韓国叩きに対して中国政府報道官らがおおやけの場で使った言葉は「民意の現れ」だった。

中国において「民意」という言葉が使われることは大変希少である。年がら年中、中国の報道や記者会見のメモに目を通しているわたしは、政府が国内に向けて「これは民意だ」と言ったのをほとんど見たことがない。一方で、それはなぜか、外国と関係して起きた事象の説明でのみ出現するのである。

だが、実際にその「民意」が行動を起こすのはいつも新華社や環球時報、あるいは人民日報などの政府直結のメディアが猛り声をあげるときだ。確かに日頃は「ダメだ」「〜してはいけない」「〜べきではない」という言葉ばかりが並ぶのに、そこに「ロッテグループの中国市場での発展にはピリオドを打つべきだ」(環球時報)と書かれているのだから意図は明らかだろう。政府の言葉に慣れ親しんできた中国の人たちは、当然そういった言葉には敏感である。

すでに多くの外国メディアが指摘しているが、今回のTHAAD配備騒ぎについて、こうした政府系メディアは具体的にそれが何であるか、どんな役割をはたすのかは詳しい説明は行っておらず、それを「中国の反対の声にも関わらず、自分の思いを押し通している」と繰り返している。

そこで使われている文面は読めば読むほど、実は2012年の反日デモのときによく似ているなぁ、と感じる。だからこそ、わたしはまたかぁと思ってしまうのだ。

●2012年反日デモの新バージョン

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