【ぶんぶくちゃいな】四川汶川大地震10周年

5月12日は、2008年に四川省の山奥にあるアバ・チベット・チャン族自治州汶川県映秀鎮で起きたマグニチュード8の巨大地震からちょうど10年にあたった。日本では「四川大地震」と呼ばれるあの地震は、多くの中国人の人生を大きく変えた。

あの年は菜の花が咲くのが例年よりまるまる1月遅かったが、人々はそれを気にする様子もなかった。あのときはみな、専門家を信じており、専門家が花の時期が遅れるのは普通のことだし、カエルが街に大量に出現するのも普通だと解説した。当日、わたしは書斎で鋭意執筆のまっさい中で、最初の揺れは足元の猫がじゃれついたのかなと思っていた。書斎の書棚の本が飛び出すようになって初めて、それが地震だと気がついたのだ。

当時の多くのスポーツメディアでサッカーを専門に記事を書いていた人気記者、李翔鵬さんが10周年を前に書いたコラムはそう始まっていた。ここでいわれているカエルの大出現とは、地震の2日前に、震源地に近い四川省綿竹市で大量のカエルが路上を大移動して話題になったことを指している。

李さんが暮らす四川省の中心都市、成都市の地震の被害はそれほど大きくなかった。しかし、震源地に近い北川地区や都江堰市ではたくさんの死傷者が出ており、街に入るための道は塞がれ、輸血用の血液も足りないという現地からの報告が次々とSNSを通じて流れた。

あの時期は、わたしの愛国青年時代の末期にあたる。激しく燃え上がった情熱に「国に恩を報いる時が来た、我われの血肉で新たな長城を築くときなのだ」と、わたしは思った。その夜のうちにあちこちに募金を呼びかけ、翌日早朝にはメディア関係の友人らとともに北川に向かった。

しかし、そこで目にした状況は李さんの想像を超えていた。

なぜ5階建ての新しい建物が崩れ落ちてバスケットコート半分くらいになっているのに、数十年前に建てられた古い建物はしっかりと残っているのか。なぜビスケットのようにぺしゃんこになった建物からは鉄筋が1本も見えず、1階にいた学生すらも逃げ出すことができなかったのか。ある婦人がわたしのそばを行ったり来たりしていた。もう泣く力も残っておらず、その山盛りになった瓦礫を指差して言った。「見て、あれはうちの子よ。手がまだ動いてる、まだ生きてるの。でもわたしにはあの子を引っ張り出せない…」

李さんはもともと、激しい口調で人を煽るような情熱的な記事を書くことで知られていた。そんな彼の選手批判がサッカー協会を怒らせてしまい、テレビ局で持っていたコメント番組が打ち切りになったりこともある。だが、中国には同じようにサッカーに熱い血をたぎらせる人たちが多く、彼の熱い論調はとても人気があった。

それまでのわたしは愛国青年で、生活の不幸のほとんどは敵対勢力のせいだと信じていた。サッカー評論でも「大太刀を鬼子(訳注:日本人のこと)の頭に振り下ろせ」と書いたこともある。「いつも中国チームを打ち負かす憎らしいやつらは南京大虐殺の末裔だ」て言ってね。CNNのアンカーが「中国人は何千年も暴徒でクズだった」と言った時、「CNNは口蹄疫に感染したらしい」と罵ったこともある。カルフール(*)のボイコットだって反対しなかった。それが民主意識を呼び覚ますきっかけになるはずだと思っていたからだ。1999年にアメリカが中国のユーゴスラビア大使館を爆撃したときは、自宅そばの米国成都領事館に行って拳を振り上げて抗議した。その年、アメリカに取材に行った時も「ミサイルをアメリカ本土に打ち込んだように」と書いたものだ。それがものすごく力のこもった言葉だと信じて疑っていなかった。

(*カルフールのボイコット:地震の2カ月前、2008年3月にチベットで起きた騒乱事件をめぐり、チベットを自国領土とする中国と、チベット独立を支援する西洋社会の世論が大きく対立した結果、中国国内でアンチ西洋ムードが高まり、フランスから進出した人気スーパー「カルフール」がボイコットの対象となった。)

そんな典型的な排他的熱血メディア人だった彼が、北川の被災地を見て激しくその思考を揺さぶられた。

わたしはずっと愛国的な見方を持ち続けてきた。だが、その瓦礫の中にあるべき鉄筋は帝国主義がこっそりと持ち去ったわけではなく、あの子どもたちは侵略者の魔の手にかかって死んだわけではなかった。彼らは自分たちの汚い手にかかったのだ。さらにわたしを困惑させたのは、なぜ(「帝国主義」米国ですら)911事件の死者の名前が一人ひとり記念碑に刻まれているのに、我われの子どもたちの名前は残されないのかということだった。我われは血肉を使って新しい長城を築かなければならない。だが、その長城もまた我われの血肉を保護しなければならないはずだ。愛国とは双方向であるべきで、一方的に費用だけ徴収するのは愛国主義ではなく忠君制度である。

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