【読んでみました中国本】「首都圏」だけを対象にした中国人居住者の本音、ちょっと残念:中島恵『日本の「中国人」社会』

ここ数年、日本で語られる話題は大きく変わった。

わたしが北京から帰国した2014年ごろはまだまだ2012年に中国で起きた反日デモの影響が色濃く、中国に対してどうやって対応すべきか一般社会もビジネス界も戦々恐々としていた。

そして2015年から16年にかけてシャープの買収先を巡って、政府をバックにしたファンド産業革新機構と、中国で大規模なOEM生産を展開する台湾の鴻海精密機器との間でつばぜりあいが起こった。面白いことに、80年代にはばんばん海外の企業を買収して世界に注目された日本が、このときには「日本の技術が流出する」という物言いで情報戦を展開、鴻海の出資を阻止しようとした。

今回の『日本の「中国人」社会』の版元親会社である日本経済新聞は当時、明らかに産業革新機構とシャープの旧勢力側からのリーク情報を使いまわして、まるで鴻海がシャープというブランドと技術を「盗み取ろう」としているかのように書きたて、日本のアンチ鴻海ムード作りの先陣に立ったことは記憶しておくに値する。あのときは尖った経済アナリストたちの多くが産業革新機構による買収に否定的だったにもかかわらず、テレビを含めたマスメディアが国粋的な情緒を醸し出し、鴻海という外国企業を知らない一般日本人に向けてそのおどろおどろしさを強調した。

あれはある種の分水嶺だったといえる。その後、昨年ふたたび東芝メモリ売却騒ぎで鴻海の名前が出現し、似たような抵抗「勢力」の出現はみられたものの、シャープ買収時ほどのアンチ論戦は見られなかった。というのも、鴻海に買収されたシャープはわずか1年余りで東証1部に復帰、黒字回復したからだ。当時メディアに煽られた一般日本人の間にもシャープ復活は伝わり、事実が意図的に流されたネガティブ情報を払拭した好例といえる。だが、意図的にアンチ戦線を張って世論を操ろうとしたマスメディアは反省したのだろうか?

もちろん、マスメディアの中は一枚岩ではないので、この『日本の「中国人」社会』のような本が同じマスメディアを親会社とする出版社から出ても不思議ではない。だが、それ以上に日本国内で注目される「中国要因」が大きく変わったことによって、こうした本の需要があると判断されたということだ。

特に昨年は、東京近郊の埼玉県西川口市を中心に出現した「新中華街」がたびたびメディアに取り上げられた。東京の中心地に次々と出現する蘭州拉麺という、日本ではあまり知られていない「フツーの中華食」も注目された。

新しい顔を見せ始めた中国や中国人が注目され始め、それに対する日本人の好奇心を埋めるべく出版されたのがこの本というわけだろう。

●新しい中国人社会の捉え方

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