【読んでみましたアジア本】中国で「最も恵まれた世代」が直面した社会とは:郝景芳・著/櫻庭ゆみ子・訳『1984年に生まれて』

2016年に『折疊北京』(邦題『折りたたみ北京』)でSF小説界のノーベル賞といわれる「ヒューゴー賞」を受賞した中国の郝景芳(ハオ・ジンファン)の自伝的小説といわれる一冊。

『折りたたみ北京』は、中国出身の米国人作家ケン・リュウがまとめた中国人SF作家アンソロジーで読んだ時、SFといえばSFなんだけど、それよりももっとちょっとセンチメンタルなストーリーがピカイチの作家だなぁ、という印象があった。そこに構成としてSFになっていて、必ずしもSF好きじゃなくても読みやすいのが特徴。

本作はそれこそ自伝的と自他ともに謳う作品なわけでSFなわけがない――のだが、そのことをを含めてこれまた読みやすく、展開が面白かった。どこまでが自伝で、どこまでが創作なのか。現実を活きる人の普通をギリギリのところでSFに仕上げていく手法は見事である。

タイトルにある1984年はもちろん、著者が生まれた年でもある。そして訳者の櫻庭ゆみ子氏(1961年〜)はそのあとがきで、「当時中国に留学中だった」と書いている。

そこでふと振り返ると、わたしにとっても1984年はわたしが初めて海外に出て、そして中国に足を踏み入れた年でもあることに気がついた。そういう意味で、著者にも訳者にも、そして読者でもあるわたしにとっても1984年はある種共通するエポックメイキングな年であったことは間違いない。

当時、わたしが訪れた北京では知り合いに紹介された中国人女性らと知り合う機会があり、そのうちの一人が妊娠中で大きなお腹をしていたことを思い出す。当時はネットもなかったし、わたしの中国語もつたなく、彼女たちとの連絡はその後途切れてしまったのだけれども、著者はあのときあのお腹にいた子どもだったんだと思うと、非常に感慨深い。

先日もある中国人の友だちが「わたしたち80年代生まれも40代に入り…」と言ったのを聞いて激震したばかりだ。確かに。逆算してみると、あの頃生まれた子どもたちがもう40代に入りつつあるとは。

1984年を起点に次第に、そしてゆっくりとずっぷり中国に関わるようになった我が足取りと記憶を思い起こしつつ読むと、本書はとても興味深い。

特に興味深かったのは、当時のわたしの言語能力のせい、そして中国が外国人慣れしておらず、社会全体に外国人に対する警戒感というか距離感のようなものがあり、あまり踏み込めなかった中国人たちの生活の実際が細かく描かれていることだ。

あのような表情の裏にこのような生活があったのか、そしてその記憶は今40代になろうとしている彼らにこうやって刻まれているのか、と思いながら読むと、これが小説なのか、ドキュメントなのか混乱するほどリアルな世界だった。

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