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昔の恋のエピソード⑤【気持ち】

まいが僕を避けるようになった
と気付いたとき、
僕はどう接したら良いのか
わからなくなっていた。
まいは僕のことが嫌いになったのかな。
他に好きな人ができたのかな。
僕が何か悪いことしてしまったのかな。
いろんな憶測を立てながらも
それらを解決する方法が
思いつかない僕はただ黙っている
ことしかできなかった。
まいに近づくことができたのは
仕事中にまいのミシンの前の工程を
僕が担当したときだった。
そしてそのとき気付いた。
まいの右手薬指にはめていた
指輪が無くなっていた。
心の動揺は仕事にも現れた。
いつもなら難なく縫い合わせられた
ものが上手くいかない。
針も何本も折れた。
まいの手元に縫い合わせるものが
無くなってしまった。
僕が遅れているせいだった。
それでもまいはこちらを向かない。
ここまで避けられると…
まいは僕に愛想が尽きたのだ。
車の免許にばかり夢中に
なりすぎてまいを疎かにした
バチが当たったんだ。

休みの日のお昼に
僕はお昼ご飯を作るために
材料を持って食堂の給湯室に向かった。
…匂いがする。
誰か先に使ってるんだな。
でもこの匂い…唐揚げだ!
材料を持ったまま給湯室に行くと
まいがひとりで料理をしていた。
まいは僕に気づくと手に持った
ビニール袋を後ろに隠して
うつむいた。
僕が鶏肉に下味をつける時
ビニール袋に入れれば手が
汚れないからと教えた
あのやり方と、
見た目でわかる味付けと
唐揚げの色合いで僕の唐揚げ
だとすぐに認識できた。
まいは動かない。
入口に僕がいて逃げ場が
ないからだろうか。
まいは何も話さない。
やはり僕のことは裂けたいみたいだ。
でも、どうして僕の教えた
唐揚げを作ってくれてるの?
嫌いになった人が教えたものなら
作ろうって思わないよね?
そう考えたのは無言で給湯室の
コップに水を汲んで駆け足で
自分の寮の部屋に戻った後だった。
聞けなかった。
どんな返事が返ってくるのか
予想もつかなかったから。
無視されたら辛いと思ったから。
でも嬉しかった。
僕が教えたレシピをそのまま
やってくれていることに
ただただ嬉しくて涙が出た。
やっぱりまいと付き合いたい。
僕はもう一度まいに手紙を書いた。
もしチャンスがあるなら
もう一度お付き合いしたいと。
そしてその手紙を女子寮の
先輩に託した。
直接渡す勇気は無かった。
臆病になってしまった僕には
まいの顔すらまともに見られない。
だから先輩に託すしかなかった。
季節は夏になり、
忠節橋の架かる長良川では毎年
大規模な花火大会が開催される。
その日に、自分が買った車を
停めている駐車場で待っている
からと書いた。
大丈夫、まいはきっと来てくれる。
そう信じて待ち続けた。
車の中からは見えなかったが
近くで打ち上がる花火の音に
僕の気持ちも上がっていった。

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