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医療事務のマネジメントでやってはいけなかったこと

課長代行職、着任から僅か1年で電撃解任された

2019年夏より医師事務作業補助者の担当部署(通称:DA課)の課長代行を務めていましたが、2020年9月末をもって解任となりました。
こういう時って、ITベンチャーのイケイケ系のビジネスパーソンがよく「退職エントリ」なるものにて

色んな経験させてもらって、成長出来ました!
辞めた後でもずっと大好きだからね!

的なキラキラ文章をお書きになられるわけです。
まぁ私の場合は確実に「実力のなさ」と「失敗」に対する、まさに正当な組織判断によるものであって、私個人の意思やチャレンジの結果ではないのですよね。
ですので、「退職エントリ」みたいなキラキラっつーよりかは

これやったら自分が生命の危機に陥る(社会的にも人生的にも)

的な、「俺を屍を超えていけ」という具合の遺書、あるいは辞世の句のような後味悪いものになるのが請け合いです。

ということで、
「組織をサバイブする上で、やっちゃだめだったこと」
を3つ書いていきたいと思います。

※以下、分かりやすく「部下」と表記しますが、人事権を持たない職位だったので、「メンバー(準同僚)」です。

やってはいけないこと①:部下の気持ちに寄り添う

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正確に言うと、「部下の気持ちに『完全に』寄り添う」のは、本当にやるべきじゃないなと思いました。
私も10年弱ぐらい、一兵卒として色々な上司に仕えてきました。
その経験から「いい上司になろう」と思ったときにイメージしたのが、「部下の立場になって、感情や志向を理解してあげる上司」だったんですよね。
悩みがあれば親身になって聞き、やりたいことがあればそれを全力で支援し、やりたくないことは出来るだけやらないで済むようにしてあげる上司になろうとしました。
これが大間違いでした。

なぜ、大間違いであったか。
それは端的にいうと、見えてる世界が違うからです。

部下が劣等であり、上司が優秀ということを言っているわけではなく、
純粋に「見えてる世界」、つまり「得ている情報」や「あるべき姿のイメージ」が違うということですね。

ある日、病院経営について課内メンバーに説明を行いました。

「前年度の売上は○○%減した。これによって、当院の医療収益率は○%になり、額として○億円程度である。」
「経営は危機的状況だ。当課として加算取得に向けて体制を変えたい。」

これを聞いて、皆さんはどう思いますか?
「加算が取れれば収益増えるし、病院もよくなるかも!頑張ろう!」
的な意見を想った方、大変素晴らしいです。激レアさんです。
ここまで行かなくても
「えっ。収益下がってるってことは給料下がる?ボーナスなくなる?」
みたいな自分事の危機を覚えた方、貴方も素晴らしいです!最高!

一方で、こんな意見を持つ人もいます。

○億円もあるじゃん。全然平気じゃない?
病院経営は私たちの仕事じゃないでしょ。なんで、体制変えられなきゃいけないの?今まで通りの仕事しかしたくないのに。

また別の日、キャリアについて1on1面談を行うことにしました。
事前に「10年後どんな風になっていたいか」「今の課の問題はなにか」という風な質問を宿題として渡していて、この面談を元に当課の改善に注力しようとしました。
ところが、ほぼ大多数が

今やっていることをずっとやっていたい。他にやりたいことはない。
○○さんの話し方が苦手なので、顔をあわせず過ごせるようにしてほしい
お前のことを信用していないので、話す筋合いはない
指示をするな。私に指示をしていいのは医師だけ

という、ありがたいお説教を頂戴する場になりました。
(勿論、中には真剣にどうすべきかを考え、キャリアアップしたい等の想像した面談が出来た方もいましたが、10%以下だったと思います)

つまり、人間は本当に自分の立場からしか世界を把握できないし、都合のいい世界を望むということです。
これでは組織にならないのですが、個人から見れば自分が所属する組織でさえ「他所事」に過ぎないのです。

極端にいえば「自分がよければそれでいい」んです。組織がどうなろうとしったこっちゃない。出世欲がなければ、更にそれが輪をかけていきます。
今ある給料と仕事がこのまま続いていくことを真剣に信じ込むし、そうであり続けるようにしようと、心と体を働かせる人もいます。
大体、管理する側に回る人間は出世欲や向上心がそれなりにありますからね。その人とずっと平社員がいいと主張する人(あるいはその状態をキープしている人)の思考が異なっていて当たり前といえば当たり前なんですよね。

このことから、組織を考える管理者と個人に集中するメンバーの間では隔絶足る差が発生しやすいんですね。
だから、「寄り添う」対象を考えなければならないのです。
組織として必要なことを最重要視したうえで、メンバーと接し、必要な場合は寄り添うようにする。
これを完全に理解して、コントロールしなければ管理者のメンタルは大崩れします。
私はしました。

やってはいけないこと②:部下に期待する

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とにかく、期待してはダメなんですよ。
どれぐらい期待してはダメかというと
「挨拶をしたら、挨拶をしてくれる」
ということから、期待してはダメです。マジです。
声を出して挨拶をしても、相手は自分の靴を見て歩いていきますからね。
『つま先に何か強烈な違和感を持っているのかな?』
と思うぐらい、自分の靴を見ていきます。
あるいは視野がとっても狭窄していて、メンコをつけた競走馬ぐらい直進方向しか見えてない人もいます。
あまりにも挨拶をしないので、昨年冬には係長と相談して
「挨拶強化月間」なるものを作ったりもしました。
やる人はよりやるようになり、そうでない人もやるようになりました。
ただ、それでもつま先が気になる人やメンコつけた競争馬は一定数残りました。

「挨拶」というおカネも労力もかからない依頼事項が出来ないというのは
私は
「組織には社会人として致命的な人もいるのだ」
と思うようにしました。
なので、ここから徹底的に「期待しない」ようにしました。

どんなに簡単な依頼事項でも、やってくれたらすごくうれしいと思うようにします。だって「やってくれないもの」だとして考えるからです。
何かを伝える時は、厳秘情報が無い限りはメールや文書で通達しました。「聞いてなかった」という反論を防ぐためです。
また、着任前から「管理職が何か言う時はボイスレコーダーを忍ばせる」ような組織でしたので、口頭だと話している間に、ロジックが通らない部分が出てしまわないように、あるいは冗談であっても感情的な表現が出ないようにするためです。

うっかり長いメールを送ろうものなら
「見る気が失せて、見逃しました」
と言われたことがあるので、結論や概要をメールの上段に数行書き、
本来言いたいことはそのあとに書くようにしたりしました。

全く期待していないので、独自に取り組んでくれた部下はもう「神様」に見えます。
「こんなすごいことをやってくれてたんですね!すごい!」
と心の底から言えました。
「これぐらいやって当たり前やろ」
なんて毛ほども思わないです。

やってはいけないこと③:部下に好かれようとする

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優先順位を意識していくと、「部下に好かれる」って結構無理なんですよ。
まず「組織」や「業務」を優先するべきだと思っています。
その中で「折り合いがつけば、個人の希望も通す」という感じになると、
「あの子ばっかりひいきして」「私は恵まれていない」となるという。
①とも重なるんですが、個の主張を逐次聞いていたら、この優先順位を変えなければならなくなります。
それは本当に本末転倒になってしまうな、と思いました。

よく「心を鬼にして」という比喩がありますが、
それは「好かれたい気持ちがあるから」なんだと思います。
良く言うと「愛しているから」ですね、LOVEです、LOVE。
心を鬼にするというのは、相手にとって嫌われにいくということです。
愛しているのに、嫌われにいくという、ドMな所業です。
まだ一時の事であればいいのですが、異動であったり配置転換など長期間にわたる事態の判断や決断であれば、下手すりゃ一生嫌われるんですよ。
愛しているのに。

だから、「好かれる」ことを諦めるのが、度量の狭い私には必要でした。
「この人はここにいたほうが業務が効率的だ」と思えば
相手や自分の感情に寄らず、実行をするしかない、と思うしかないのです。
勿論、その説明には時間をかけますし、感情に寄り添った言葉を伝えます。
その言葉は好かれようとしていうわけではなく、客観的な判断に基づいて、感情的表現を使います。
例えば、

あなたの能力でこれが凄いと思う。それが十分発揮できる仕事だと思う。
他者とのバランスを考えて、適材だと判断している。

など、判断根拠をすこしウェットに伝えました。
「好かれよう」ではなく、「判断内容を理解してもらいたい」からです。

まとめ:いい意味で「悪人」になるしかない

どこかで「理想」を追い求めてしまうのは人世の常ですよね。
着任早々は「和気あいあいと仲良く、楽しく、キャッキャしておけば組織が上手く回る」という絵にかいたような幸せなチームにしたいと思っていたのですが、いろんな事情や歴史があって、なんとも難しいなぁと思った次第です。

決して育ちがいいわけではないのですが、
「え?ほぼ初対面の僕になんでそんな攻撃的なの?」
ってぐらい冷たく殺意に満ちた目を部下から向けられたのは初めてでした。
(そもそも部下自体を持つのが初めて)

無視はされるし、言うこと聞かないし、反発するし。
自分が部下として働いてた時に、こんな働き方してたかなぁと振り返ってみたのですが、どうにもその記憶がないぐらいに拒否されました。

チーム作りのための本を何冊か読んだのですが、当課の個人の思想とは全く合わなかったんです。

決定的に違うなと思ったのは「共通認識の有無」だと思います。
例えば、宇宙兄弟に出てくるキャラクターはみんな「宇宙飛行士になる」であったり、「チームでいい成果を出す」という共通認識があるわけです。
大まかなベクトルはあっているけど、わずかなズレがあったりするのを、どうまとめていくか、協調していくかというところでリーダー像が描かれてました。

当課の場合はどうだろうか、と考えた時に、それさえなかったんですね。
極めて「個人」に注力した集団だったんです。そら対極の「組織」側の人間には反発しかしないですよね。
だからこそ、本質に立ち返り、「組織」だけを優先して物事を進めていったのが任期後半の施策でした。
彼女たちには相当「悪人」だったでしょうが、組織として「悪いことをしている」わけではないので、許してほしいと思います。

異動が一般企業と比べて少ない病院業界において、1年という短期スパンでの解任は異例中の異例だと思います。
恐らく、序盤の病気休暇により、私の評価は急降下したんだろうと愚推する次第です。病院の判断は正しいと思いますので、潔く身を引くまでです。

本件は体力的には平気でしたが、精神的にかなり悩ませていただき、いろんな気づきや学びを頂ける経験をさせてもらえました。
またの機会があるときまで、じっくり鍛えていきたいと思います。

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