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【連載・第一回】 意外と知らないお月見の話 (2021年9月19日)


最近空を見上げたのはいつですか?

そういう私は、だいぶ長いこと空を見上げていないような気がします。


そういえば、今月9月21日(火)は十五夜のお月見じゃない!
ということで今回は、お月見のお話です。




お月見と中秋節


月を愛でる風習は、なんと日本の縄文時代にもあったといわれます。

縄文時代は少なく見積もっても3000年以上前のことらしいので(始まりは1万年以上も前)、そんな頃からと言われると驚きますね。


夜でも明るい現在とは違って、真っ暗な闇を照らしてくれる月は、縄文の人々にとって大切な存在だったのでしょう。


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私たちがイメージするお月見、「十五夜」と呼ばれる「中秋の名月」を眺めるようになったのは、現在の中国から「中秋節」の考え方が入ってきた奈良~平安時代前期(だいたい700年~800年代)のことです。


この「中秋節」は、中国だけでなく、ベトナムや台湾、朝鮮など東アジアを中心とした国々で同じように行われています。

「月を観る、この日のための食べ物、皆でお祝い」という共通の行事は、根っこの部分で繋がっていることを感じさせますね。


「綺麗、美味しい、楽しい」という万人に共通のスキ❤が重なれば、広まっていくのは当然だったのかもしれません。

もう一つ、繋がっていることを感じさせた話があるのですが・・・
ご興味のある方はこちらへどうぞ。→月に住むものとウサギの仕事


日本のお月見

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そうして中国由来で始まった「十五夜」のように、日本の文化は大陸から伝わったものも多いですね。
しかし、日本の「お月見」は他国の「中秋節」にはない発展をします。


平安時代に中国から入ってきた「十五夜」を、貴族たちは水面に映る月を眺めながら、お酒を飲み、船の上で詩歌や管弦の宴として楽しみました。


今も日本三大名月鑑賞地の一つに数えられる京都の大沢池(現存する最古の人工池)は、嵯峨天皇が船を浮かべて観月の宴を行った場所として有名です。


独自の十三夜

中国由来の「十五夜」ですが、日本の「お月見」には約1カ月後に巡ってくる、満月にまだ満たない十三夜の月を愛でる「十三夜」というものもあるのです。


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これこそ、完全であるからこそ素晴らしい、と考える他国の「中秋節」とは全く異なる日本独特の文化です。
「十三夜」は「後の月(のちのつき)」とも称され、こちらも平安時代(900年頃)から始まったとされています。

満月にまだ満たない十三夜の月が愛でられたのは

完全であることよりも未完であることに充ちていくエネルギーを感じたのか・・・

はたまた、完全ではないものにこそ美意識を感じる日本人の感性なのか・・・。


移りゆくものが見せるその一瞬に心惹かれ風情を感じる

日々刻々と姿を変えあっという間に散ってゆく、そんな桜を深く愛する日本らしく、「無常」の概念にも通じるような気がします。


そもそも、月自体が日々刻々と姿を変え、昇ってから沈むまでに、その色さえも変化していく様は「移りゆくもの」そのもの、である気さえします。


平安貴族たちが、わざわざ水面に映る月を眺めたのも、うつろう風情をより味わうためだったのかも?


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見えないものを見る

ちなみに、十五夜または十三夜の、どちらか一方しかお月見をしない「片見月(かたみづき)」は、あまり縁起が良くないとされています。


その理由はどうも、花街の女性たちが「片見月」を口実に翌月もお客さんを呼ぶための計略だったとか・・・


「愛しいあなたに、また来て欲しいの。」と素直に言えない女心が生んだ言い訳と言っておきましょう。


でもこれ、やってみると意外と難しいことがわかります。

お天気が悪くて見えなかったり、気づいた時には過ぎてしまっていたり・・・

なにせ十五夜と同様、十三夜も、その年によって日にちが変わるので、これまた注意が必要なのです。

2021年の十三夜は10月18日(月)ですから、9月のお月見をされる方はカレンダーに要チェックです。


お天気が悪くて見えなかった、などと私のように嘆くのは現代人の感性・・・

雲に隠れて見えなければ「無月(むげつ)」、雨が降ってしまったら「雨月(うげつ)」と呼び、たとえ月が見えずとも、そこに風情を見出し楽しんだのが先人たちのようです。


目には見えないけれど、そこにあるものを感じる

いかにも日本人らしいと思いました。

それに、実際に見えるかどうかよりも、そうして月を眺める時間をもつことに意味があるのでしょうね。


月の名前

「十五夜」の前日の月を「待宵(まつよい)」、後日を「十六夜(いざよい)」と呼び

さらには、月が昇るのを立って待っている「立待月(たちまちづき)」から、だんだん昇る時間が遅くなるので「居待月(いまちづき)」「寝待月(ねまちづき)」

と、その様子を名前に付けて月を楽しむあたり、忙しいと空を見上げることも忘れた現代人の私も見習いたいところです。

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時は過ぎ室町時代になると

宴会は質素に、月にお供えをして祈るようになり、さらには庶民の間へも広がることで、「お月見」は貴族の遊びから豊作の感謝をする日になっていきます。


十五夜には里芋を供え、十三夜は栗や豆を供えたので

それぞれ「芋名月」、「栗名月、豆名月」という別名もあるようですがお団子を供えるようになった江戸中期以降の「月とススキとお団子」が、現在の私たちが思い浮かべる「お月見」となりました。



中国の中秋節


中国の「中秋節」はと言いますと

始まりは新羅(朝鮮/前57年~935年)からという説もありますが、中国で宋(618~907年)の時代に定められ、明(1127~1279年)の時代になると、月を眺めながらの宴会だけでなく、お供や月餅の習慣を伴い、現在の「中秋節」になったというのが通説のようです。

中国の「中秋節」は、満月を「円満・完璧」の象徴と考え、お世話になった人や大切な人へ月餅を送り、故郷や大切な人を想いながら、家族で一緒に食卓を囲むのが伝統的な過ごし方だそうです。

毎日は無理でも、この日は互いを想い感謝しながら月餅を食べる、ということでしょうか。

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最近は、孤食という言葉も聞きますし、大勢で食卓を囲むことが難しい状況となっています。

けれど、誰かと一緒に食事をすることで、お互いの物理的な距離だけでなく心の距離が近づいた、そんな経験を誰もがきっと持っていることでしょう。

こんな時代だからこそ、身近な人と過ごす、当たり前のような日々の大切さを改めて感じます。

日本では、豊作への感謝の意味合いが強い「お月見」ですが、中国の「中秋節」も素敵な過ごし方ですね。


最後に

いつもはお月見団子の私ですが、大切な人との絆を再確認するための月餅に、なんだか急に興味が湧いてきました。


あんこは苦手なのですが、今年はちょっと食べてみようかな?

そう思って調べたら、蓮やゴマ、クルミが使われているって、何だかとっても身体に良さそう!

そして、1つあたりは700~1000カロリー・・・って、えーーーーーーっ⁉なんですと?

予想外の超高カロリーにビックリです。

だからこそ、昔は御馳走だったのかもしれませんが、今これをおやつに食べたら大変なことになりそう・・・。

お月見の夕食を月餅にするかと腹をくくりかけましたが、最近は、低脂肪やもち米を使った焼かない月餅が登場し、台湾ではモカやチョコレート、ティラミスやアイスクリーム月餅、などといった新しいスタイルの月餅も登場していることを知りました・・・

時代は変わり、月餅も変わるのですね。

それなら私好みの月餅もどこかにあるに違いない!

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「十五夜」の起源は中国でも、日本風にアレンジされた「お月見」・・・


純粋に月を愛でるもよし、雅な時代に思いを馳せるもよし、私のように食いしん坊万歳の言い訳とするもよし

たとえ大切な人と離れていたとしても、同じ空の下で同じ月を眺めている・・・


そう考えたら、ひとりじゃない、と思えるから

今だからこそ
貴方も一緒に月を愛でてみませんか?





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