まもりのものがたり (第1話)

《ん》


「ん」
「え」
「うん」
「あ」
「ん?」
「えん!」
「いく!」

4月。
この子は、年長さんになっても一語しかしゃべらなかった。

学校、どうしよう。
どうしたらいい? 
あなたはどうしたい?
この子に聞いても仕方ない。
そう思ってた。

           □

12月。
クリスマスツリーをかざっていたら、この子が言った。
「おれ、くろいらんどせるが いい」。

「え?」
「ランドセル?」
「え?」
「くろ?」
「おれ?」
「だれ!」
一語しかしゃべれなくなった私。

あなた、知ってたの? 
学校って、知ってたの?
ランドセル? 
誰から聞いたの?
黒? 
黒って、あなた「色」なんて気にしたことある? 
だいたい、色の名前なんて知ってたの? 
いつ? いつから?
それに、おれ? 
おれってだれよ。いつからおれになったのよ。
だいたい、ランドセルって、サンタさんじゃないでしょ。

一人でしゃべりつづける私に、この子はすべて一語で答えた。
「ん」

          □

6月。
「おかさん しらない せんせ きたよ」
「ずと みてた」

「ん、みてた だけ」
「きょうの わたぐもは いいかんじ だた。ふわ・ふわ」

「すきな せんせは て、きかれた」
「みんな すきて いたら、わらてた」

「すごく たのし がこうが あるんだ て」
「いてみたい て きかれた」

「おれも て」
「おれも してるて、いたら、また わらた」

・・・そう。あなたは、もう楽しい学校を知っているのね。
私が迷っているうちに、自分で見つけたのね。
分かった。もう迷わないね。お母さんは大丈夫だから。おもいきり、楽しんでおいで。
私が探してたのは、みんなのなかで、たのしって笑ってくれるあなた。
だからもう、だいじょうぶね。

「ん」

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