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Kellerのマクロモデル ID学 vol.15

エジプトの大学で教養必修科目の日本語を教え始めて3か月。プライド(あったとすれば)はボロボロ、8年ほどの経験でほぼ怒ったことがないわたしが、なんとすでに5回も怒ってしまい、理想と現実の間で悶々とする日々。熊本大学のインストラクショナルデザイン講座の入門編を終え、応用編を受講するにあたって、もういちどARCSモデルと向き合うべく、ID学のvol.1からvol.13で読み終えた「学習意欲をデザインする」をもう一度読み直して、できれば違った視点で深掘りしていきたい。

J. M. ケラー(著)・鈴木克明(監訳)『学習意欲をデザインするーARCSモデルによるインストラクショナルデザインー』(北大路書房)

頭にきたから、どうせあと2年も辞められないなら研究でもしたろうじゃないかい!と、何か研究のタネが見つからないかなという邪心をもちつつ。


マクロモデル 

ARCSモデルは、それまでの動機づけ研究の集積を俯瞰したものでもあるわけです。あたりまえですが、Kellerがゼロからポコンと生み出したものではない。

Kellerは動機づけ研究を大きく4つの分野にくくって、1つ目は生理学や神経学に依拠するもの(遺伝的なものや生理的調整に関わるものなど)、2つ目は行動心理学(パブロフの犬的な)、3つ目は認知的理論(期待×価値理論やコンピテンス理論などいかにも動機づけって感じの分野)、4つ目は感情や情意を扱う分野とした。これらはそもそも研究の前提がその分野の先行研究にあるわけで、結果として統合されることはない、すべての立場を考慮した研究は不可能だということなんですね。

しかし、これらの理論をさらに高次元で統合・説明することは可能だということで構築されたのがマクロモデルというわけです。要するに、これらの理論を俯瞰してそれぞれの理論や用語の関連を示したのがマクロモデルだということです。

Kellerのマクロモデル(文献からの手書き引用)ケラー・鈴木(訳), 2010, p.6

真ん中の出力(努力・達成感・結末)が観察可能な事象で、観察可能というと行動心理学を想起しますが、ここに行動心理学が埋め込まれているのかどうかはよくわからない。

上段の学習者要因はより内面的なもので、好奇心や期待感、満足感など心理学的ものや、学習者の能力・知識・スキルなどがある。「好奇心・動機」と「期待感」のボックスは動機づけ研究の「期待×価値理論」を表し、赤い字はARCSの4要因を表す。このモデルから、ARCSのS(満足感)は「結末」という客観的事象と「認知的(自己)評価・公平感」という主観的事象(当初の期待と比較してどうか、他者と比較してどうかという気持ち)の両方から生成されることがわかります。

下段は学習環境で、動機デザインや教授デザイン、評価デザインなど「教師ができること」がここに入る。ARCSなどの動機デザインは1つ目のボックスで、2つ目と3つ目のボックスはインストラクショナルデザインの領域ですね。なので、インストラクショナルデザインは、すでに動機をもつ学生が対象だということがわかる。

ということで、ARCSによる動機デザインでは、マクロモデルの環境要因の1つ目のボックスを実行するために、「努力」に関連する「好奇心・動機」「自信」について勉強し、それらは「満足感」のフィードバックにより強化されるために「満足感」についても勉強する。その「満足感」は「結末」から生成されるため、評価方法や、さらには教授方法まで考慮する必要があり、結局「全部」ということになるのかしら。

修正マクロモデル

どんなに動機があっても、意志(Volition)が弱ければ続かないというのは「激しく同意」というやつですが、マクロモデルに意思を組み込んだ修正版マクロモデルというものが存在します。具体的には、マクロモデルの出力「努力」に影響する要因として「好奇心・動機」と「自信」に「意志」が加わったもの。この「意志」を支えるものには「活動前計画」と「活動制御方略」がある。学習に先だって計画を立て(活動前計画)て、計画実行のために誘惑を押し除けたり、動機を維持したりするストラテジー(活動制御方略)で、研究者は前者にGollwitzer、後者にKuhlが挙げられています(読む気なし)。

学習計画は具体的なほうがいい、そして、自身の中で対立する利害(試験勉強と飲み会とか)が計画実行を邪魔しないように、誘惑に関する情報を制限したり、当初の強い動機を思い起こす活動をしたりするストラテジーでもって、涙ぐましい努力を続けるわけですよ。このストラテジーはKhulによって6つ挙げられています。読むとすべてふむふむと思う内容。

ということで、修正マクロモデルではマクロモデルの「努力」が以下のようにより詳細に描写されている。

努力
①努力の方向性 ← 好奇心・動機・自信(ARC)
②努力の始動 ← 活動前計画(V)
③努力の持続性 ← 活動制御方略(V)

ケラー・鈴木(訳), 2010, p.10(図からの書き出し)

ARCS-Vモデルの研究

ざっくり検索をかけただけでも、ARCS-V(ARCS+意志)を採用した研究がヒットする。というか、ARCSがすでにARCS-Vに本格的に移行し始めているのかもしれない。とくに教育工学系、看護系が目立つが、言語教育や日本語教育もいくつか見られた。英語で検索すればもっと出てくる。

とりあえず、以前も挙げた
Keller, J. M. (2016). Motivation, learning, and technology: Applying the ARCS-V motivation model. Participatory Educational Research, 3(2), 1-15.
をざっくり読んでみたけど(何もかもざっくり)意志についてのくわしい記述はなかった。簡単な説明のみで具体的な方略はなし。ただし、動機デザインの10ステップについて実例も載せて説明されているので読む価値あり(ざっくりなのでわからないけど)。

実践報告は、これも以前に挙げた
中嶌康二・中野裕司・渡辺あや・鈴木克明(2013)「拡張版ARCS 動機づけモデルの実践有効性検証ツールの設計と評価」『 日本教育工学会研究報告集』
をもういちどざっくりではなく読むのと、言語教育も1つ発見
杉江聡子・三ツ木真実(2015)「遠隔交流を活用した中国語ブレンディッド・ラーニングの実践と混合研究法による評価」『教育システム情報学会誌』32(2), 160-170
まだ読んでないけど参考になりそう。

あと、どんぴしゃで日本語学習者を対象にした博士論文もあったな(遠い目…だって読むのに枚数が多すぎる)。ということで、もうすこしARCS-Vについてどこまで研究で言及されているのか見ていきたいと思う休日の午後。今日はもう読まないけど。もうすぐ停電だし。