3Dヴァーチャルライブに関わった10年(1)

なかむー@新大阪→新幹線移動中です。

EGOIST活動を締めくくるライブ、9/23(土)@グランキューブ大阪公演が終わり、残すは10/9(月)@パシフィコ横浜公演のみとなりました。

まだライブを観ていない方もいらっしゃるので、ネタバレはせずに、自分が辿ってきた「3Dヴァーチャルライブ」というジャンルの変遷について

(1)2013年:EGOISTライブ立ち上げ(AFA13 シンガポール)
(2)2013年〜2016年:EGOISTライブ
(3)2019年〜:Vtuber ヴァーチャルライブ
(4)2020年:EGOISTに再び関わる事に
(5)2023年:PSYCHO-FES
(6)2023年:EGOIST 最後のライブ

という感じで、長いので数回に分けて、10年間を振り返ってみます。


(1)2013年:EGOISTライブ立ち上げ(AFA13 シンガポール)

遡ること10年前:2013年11月8日。
EGOISTの3Dヴァーチャルライブは、AFA13(Anime Festival Asia Singapore 2013)シンガポールにて初披露となりました。

https://animefestival.asia/afa13/


人物や物体の動きをデジタル的に記録する「モーションキャプチャー」(以下モーキャプ)というシステムは、当時、ハリウッド映画撮影やゲーム制作などで活用されていました。

複数のカメラで、対象となる人物(物体)に貼り付けた反射マーカーをトラッカーとして撮影して動きを記録する「光学式」という方式が主流で、比較的広い空間が必要となり、専用のスタジオなどで運用されていました。

そんな中「慣性式」という、複数のカメラも、広い空間も必要としない、「光学式」に比べ簡易にモーキャプできるシステムの存在を知ったのが、2011年頃。
オランダのXsens社が開発する「MVN」という製品が使われている動画を何かしらで目にしました。

その動画を見る限り、モーキャプ精度も高そうで「こんな簡易的なシステムでモーキャプできるなら、リアルタイムで3DCGキャラクターを動かして、ヴァーチャルキャラクターのライブとか出来るのでは?」と思ったのが、3Dライブが生まれるキッカケです。(なぜ簡易的でなければいけないのかは、後述します)

とはいえ、その「MVN」とやらの実力は、実際にこの目で見て、自分で触ってみないと何とも言えないので、オランダまで見に行こうかな、とも思ったのですが
2011年は震災のあった年で、復興支援に力を入れていた事もあり、心の在り処的に具体的なアクションは起こせず。

なので、この時はまだ、ただの夢物語でしかなく“いつかそんなライブが出来たらいいよねー”くらいの感じで、脳内アイデア引き出しの中にそっとしまわれ(忘れ)てしまいました。

それから2年経ち、2013年。

「MVN」を持っているゲーム会社が国内にある、というウワサを聞き、引き出しにしまって(忘れて)いたアイデアをふと思い出して、運用しているところを見学させてもらえる機会が訪れました。

実際に触った「MVN」は、想像以上にヌルヌルと3DCGキャラクターを動かす事ができ、運用もとても簡単で、夢の「リアルタイム3Dヴァーチャルライブ」が、一気に現実的なものになりました。

とはいえ、実際にライブをやるには、乗り越えなければいけないシステム的課題(身体全体の動きはキャプチャーできるけど、顔の表情や、指の動きはキャプチャーできない、とか)はたくさんあり、あとは「実際にやる事が決まってから、それに合わせて開発すりゃいいかー」くらいの気持ちで、まずは『簡易モーキャプシステムを活用した、リアルタイム3DCGヴァーチャルライブ実現の可能性』みたいな、フワッとした(中身スカスカでウスめのw)企画書を作って各方面にバラ撒き「こんな事できそうですよー」と、ギョーカイの方々に吹聴してまわりました。

当時お仕事をご一緒していたニトロプラスのAさん経由で繋がったのが、過去にも何度かお仕事でご一緒した事のあった、Sony Music プロデューサーSさん。

以下、やりとり要約。敬称略。
S「なかむー久しぶり、面白い企画みたよ、ホントにできんの?」
な「まだ色々課題ありますけど、追加開発とかすれば、多分」
S「じゃあやろう、EGOISTって知ってる?」
な「いや知らんです」
S「勉強しといて、あと本番は11月、シンガポールのAFAね」
な「…え?いま9月ですよ?来年じゃなく、今年の11月ですか??しかもシンガポール???」
S「うん、じゃあヨロシク!」

…さすがにもう少し丁寧なやりとりだったと思いますが笑

まだ誰もやった事のないライブを、約1ヶ月間の準備で、海外で初披露する…

常識的に考えてあり得ない、受けてはいけない話だったのかもしれません。
でも、僕はそのSさんが好きで、Sさんに繋いでくれた、ニトロプラスのAさんも好きで
好きな人からの頼まれ事が断れない性分で
「なかむーならできるでしょ」の期待にも応えたくて
こういう新しいモノを産み出す時は、ムチャな勢いとパワーみたいなものは必要で
「誰もやった事のないモノを、誰も出来ないようなスピード感で、実現させる」事に、不安よりもワクワクが勝ってしまって

時間もないから悩む間もなくやる事を決断し(=決断を伝えた時点で「EGOISTがAFAに出演する」という情報が解禁され後戻りできなくなる)突然に3Dライブのデビュー日と場所(国)が決まり、たくさんの人を巻き込み、大急ぎで準備をしなくてはいけなくなり

こうして、EGOISTの3Dヴァーチャルライブ プロジェクトが立ち上がり、これがきっかけで、おそらく世界初であろう「リアルタイム3Dヴァーチャルライブ」というものが生まれる事となりました。

(※注釈:世界の隅々まで調査したわけではないので、もしも僕の知らないところで、これより先に世界初の類似方式ヴァーチャルライブが実施されていたらゴメンナサイ、世界初じゃねーぞというご指摘があれば訂正します)


僕もみなさんと同じく、マンガもアニメも人並みに好きで、それに関連するお仕事もたくさんやっていて、オタク心を持つ者として「架空のキャラクターに会いたい」という想いと妄想はわからなくもない、という考えが、3Dヴァーチャルライブ発想の原点です。

作品に感情移入するからこそ、そこに登場するキャラクターたちは、僕らにとっては“リアル”で、だからこそ泣けるし、感動もする。

架空のキャラクターに会いたい感情って、好きなアーティストのライブに「会いに行く」感じと似ていると思っていて、ライブを観に行く/聴きに行くだけじゃなく、そのアーティストに会うために(向こうからは視認されないだろうけど)どんな服を着て行こうか悩んでオシャレして、グッズを完全装備して、全力で光る棒を振り回して、大声で歌う。

僕がライブを創る時、大切にしているのが、この「体感価値」で、日常から切り離された空間と時間を、同じ好きを持つ仲間で共有して、世界観に没入し体感する。

好きなマンガやアニメの仕事をしながら
好きなライブという仕事もする僕が
その好きと好きを掛け算したモノを創りたい
そう思いながら、EGOISTのライブ制作に取り掛かりました。

EGOISTのアーティストは「楪いのり」ですが
その向こうに存在する「chelly」もアーティストであり
その両名の存在を感じられるライブでなくてはいけません。

キッカケは「慣性式モーキャプ」というテクノロジーだけど、ライブが「すごい技術のお披露目会」になってしまわぬように

コレは今でも変わらず、僕がライブを創る際に心掛けている事です。

すごい技術面を見に来てくれる人もいるけれど、僕が創るライブの本質はそこではなく「憧れのアーティスト(キャラクター)に会える事」で
すごい技術も、音響も照明も映像も、すべてはライブを創る「手段」「要素」でしかなく、イチ手段でしかない「すごい技術」が主役的に目立つ必要はない、というのが、僕の考え方です。


Sさんへの「やります」お返事からすぐ、EGOIST関係者、ライブチームが召集されて、乃木坂のSony Music Studioで全体顔合わせを兼ねたMTG行われ、そこで、ryoくん、chellyちゃんに初めてお会いしました。

スタジオ内で実際にMVNシステムを組んで、アクターさんがスーツを着て、リアルタイムに3DCGキャラクターが動く様子を見てもらいつつ(3Dいのりちゃんはまだ作っていないので、仮の3DCGキャラで)主にryoくん、舞台監督さんと、どんなライブにするかを話し合いましたが、その日、人見知り発動chellyちゃんとは、一度も目が合いませんでした笑
(たまにこの話しても「え?そうでしたっけ?」ってとぼけますけど笑)

EGOISTのライブは、chellyちゃんにモーキャプスーツを着てもらい、生で歌ってもらう(事前録音とか絶対ダメ、リアルじゃなくなる)という方式に決まった際、舞台監督さんに「観客からchellyちゃんの姿は見えず、chellyちゃんからは観客が見えるようにしたい」と相談したところ「紗幕にプロジェクションするのはどうか」というアイデアが出てきました。

半透明な白い幕に映像を投影し、その後ろにもう1枚、黒い紗幕を挟んで、その後ろでchellyちゃんが歌う。
実は、よーく目を凝らすと、白紗幕〜黒紗幕越しに、chellyちゃんのシルエットはうっすらと見えるんですが(客席最前列の人からは、もしかしたら見えていたかも)人間の目の特性上、手前に映っている明るい映像にピントが合ってしまうから、chellyちゃんのシルエットには気づかないという、人の目の特性を利用した仕組み。

また、chellyちゃんが立つエリアを暗くして、照明が当たって明るい客席側を観ると、chellyちゃん側からはハッキリと客席が見える。(視認性の高さ=暗<明)

これが、人間の目の特性と、MVNシステム×紗幕プロジェクションを使った『EGOIST 3Dライブ:最初のシステム』になります。


迫り来る本番日までの、とてもとても短い準備期間、3Dシステム開発と繰り返し検証を行いながら、楪いのり3Dモデル制作、演出構成を考え、アニメ映像を再編集したアタック映像や演出映像の制作、などなど…

2013年のAFAでは「All Alone With You」のジャケットイラストの衣装を元に3Dモデル化しましたが、なぜ上半身しか描かれていないイラストの衣装にしたのか?理由はナゾです…。
(描かれていない部分は、ご多忙につき対応が難しかったredjuiceさんに代わり、僕が描き足して、redjuiceさんに監修してもらいました)


これらの準備ももちろん大変だったのですが、何より困難を極めたのは、シンガポール現地チームとのMTG。

国内とは違い、持ち込める機材にも物理的に限界があるので、現地にあるものは出来るだけ現地で手配をお願いするのですが、これはヴァーチャルではない普通の海外公演でも同じで、言語と文化の違いもあり、ただでさえいつも大変なのに(頼んだ通りの機材が手配されていない、など)今回は更に「誰も見たことのないライブ」という事で、まずは現地チームに「リアルタイム3Dヴァーチャルライブとは」を理解してもらうための説明からスタートで、正直これが一番不安で大変でした。

準備、検証、MTG…やってもやっても不安なままでしたが、せっかくやるのだから、観に来てくれるお客さんには楽しんでもらいたい、そしてなにより、はじめてアーティストとして観客の前に立つchellyちゃんに、人前で歌うライブというものを楽しんで欲しい、それが出来れば、自分も楽しかったと言えるはず…という想いだけを拠りどころに、とてもとても短い準備期間は、あっという間に過ぎていきました。


シンガポール本番直前、コンサートホールを借りて、本番同様のセットとシステムを仮組みして、最終確認が行われました。

この時、chellyちゃんのリハーサルも兼ねていましたが「楪いのりとしての立ち振る舞いをどうするのか?」が議題に上がりました。

本来、いのりちゃんの話す声は茅野愛衣さんなので、chellyちゃんがMCで「楪いのりです」と言うのはおかしい。
かと言って、MC部分を茅野さん声で録音して流すと、生ではなくなり、お客さんにウソをつく事になる。

EGOISTのライブは、素晴らしい楽曲を聴いてもらう事と同じくらい、MCで「ヴァーチャルキャラクターと生のやりとりができる」という『双方向性(インタラクティブ性)』が大事で、これがあるから「そこにいるという存在を感じられる」んです。だから、録音とか絶対ダメ。

僕は、白黒2枚の紗幕越しにうっすら見えるchellyちゃんの姿が「そこにいて、生で歌っている」感が感じられて、とても面白いと思っていて、ヴァーチャルライブなのに『そこにchellyちゃんがいる=いのりが存在する』と感じられる曖昧で不思議な感覚を、お客さんは絶対に理解して楽しんでくれるという自信があったので「MCはchellyちゃんに、いのりとしてではなく、アーティストchellyそのままで話してもらおう」と提案し、ギルティクラウンの世界で描かれたEGOISTとはまた違う、この世界でのEGOISTの新しい表現方法が生まれました。

演出映像など、まだ一部未完成ながらも、ひと通り全体像が見えるレベルまでは何とか辿り着き、ryoくんからの OKももらい、本番の最後に流すエンドロールをチェックしたryoくんから「ライブのプロデュースはなかむーさんだから、エンドロールの最後に出てくるプロデューサーはなかむーさんの名前にしましょうよ」と言われ「いやいや、EGOISTのプロデューサーはryoくんだから」と、名前を出す出さないで小競り合い(モメたわけではないですよw)した結果、ここからEGOISTの「ライブプロデューサー」という肩書きを拝命する事になりました。

EGOISTのライブのかたちの基礎は、この日、出来たんだと思います。


EGOIST初のライブとなるシンガポール公演は、AFA13(Anime Festival Asia Singapore 2013)メインステージで行われました。

会場となる SUNTEC CONVENTION & EXHIBITION CENTRE SINGAPORE はとても大きく、EGOISTの、そしてchellyちゃんの初ライブを行う会場のキャパはなんと3,500人。でかっ。

単独ライブではなく、EGOISTの前後には他アーティストさんのライブもあり、突貫で仕込んで〜本番やって〜突貫でバラす、という、プロジェクト立ち上げから本番まで、すべて突貫で作るライブとなり、まさかこの「突貫」が、10年後のEGOISTファイナルライブまで続く…というお話は、後述します。

シンガポール現地手配の機材が多いとはいえ、根幹の3Dライブシステム一式は日本から持ち込むしかなく、ATAカルネ申請(詳しくは調べてください笑)から自分たちでやったのは良い経験になりました。

何とか無事に日本から持ち込んだ機材と共にシンガポール入りして、突貫の仕込みも終え、いよいよライブ本番直前、3,500人キャパ超満員の会場の、ステージにまもなく上がる出番を待つchellyちゃんに、声をかけました。

「間違ったり失敗したら音を止めてもいいし、つまずいて、コケてもいいから、むしろ、コケてくれたほうがライブ的にはおいしいよ笑
それが出来るのが、リアルにそこにいる証拠だから

あのステージのセンターに立てるのは、ほんのひと握りの選ばれた特別な人で、幕の向こう側にいる3,500人もの人たちは、今から何が起こるのかも全く知らないのに、chellyちゃんの歌声を聴くために、お金を払いチケットを取って、時間を割いて集まってくれた人たちで

そんな貴重な機会、せっかくだから、めいっぱい楽しんでらっしゃい

chellyちゃんが楽しんでいれば、お客さんは、3DCGのいのりの姿の奥に、chellyちゃんの存在を必ず感じるはずだから」

相変わらず目を見てくれない人見知り発動chellyちゃんでしたが、いちおうお話は聴いてくれていたと思います笑

The Everlasting Guilty Crown
名前のない怪物
好きと言われた日
All Alone With You
Departures 〜あなたにおくるアイの歌〜
(曲順合ってるかしら…間違っていたら教えてください…)

こうして、時間にして30分程でしたが、10年前の2013年11月8日、EGOISTの3Dヴァーチャルライブは、AFA13(Anime Festival Asia Singapore 2013)シンガポールにて、なんとか無事に、初披露となりました。

最後に歌った「Departures 〜あなたにおくるアイの歌〜」で、感極まって少し声が詰まったシーンこそ、このライブでしかできない事。

人生初のライブを終えて、ステージから降りてきたchellyちゃんの第一声は「あー楽しかった」でした。緊張した、とか、疲れた、とかじゃなく。

そのフワフワ飄々とした立ち振る舞いに、彼女が特別なものを持つアーティストたる所以、片鱗を見た気がしました。


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(2-1)2013年〜2016年:EGOISTライブ(前半)
こちらから


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