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夜にしがみついて、朝で溶かして

クリープハイプの新しいアルバム「夜にしがみついて、朝で溶かして」を聴いて、思ったことを書きます。
#ことばのおべんきょう
#クリープハイプ
#夜にしがみついて、朝で溶かして

新しいアルバムを聴く瞬間はこんなんだったか、と久しぶりに思い出した。当たり前が当たり前ではなかった日々に、有り難いことだと思った。

1 料理
 掻き立てる激しいギターの音で始まる1曲目。クリープハイプから思い出すことがあまりないような、食べる、ということが歌になっている。不思議だな。けれどあんまり幸せそうではなくて、ちょっとだけ安心してしまう。1回目のサビでは、うまくいきそうでなくても二人なら幸せな、そんな時間の中にいる。なのにどんどんと不穏になって、箸の持ち方なんて到底気づきそうもないところで「本当」に気づいてしまう。きっとすごく曲順が考えられたこのアルバムで、この曲が1曲目になった理由を知りたい。


2 ポリコ
 イントロであのかわいいキャラクターたちが浮かんでくる。なのに。心にすごく刺さってくる。普通にちゃんと生きていただけなのに、あれ、わたし間違っているのかな、ううん大丈夫間違ってない、正しくできてる、でも違うんだ、が底のほうの溝にこびりついて取れない。粛清された世界に生きている。わたしは粛清したがっている。だからうまくいかないな。

3 二人の間
 お笑いコンビ、ダイアンのためにかかれた曲。のセルフカバー。カラフルでポップで柄物のシャツのような曲。言葉を使う漫才師の、言葉にならないその感じを切り取っている。客に届けるために、自分たちの中の言葉はできるだけ小さくしているのだろうか。この曲、このアルバムを聴いているとそんなふうに思う。言葉にとてもこだわっている。あと曲の間ね、ずっとゴイゴイスーが頭の中でちらつくのよね。
 

4 四季
 季節の空気を感じさせてくれる組曲。しょうがねー、で、受け止めてくれる。やらなくちゃいけないことのおかげでいろんなことを忘れてしまっているけれど、忘れてしまったものに生かされてきたんだと思う。それをそんなに大それたように聞かせないメロディのポップさ。突き放したり引き寄せたり、いつも自分勝手でごめんね。それもしょうがねー、で許してくれてありがとう。


5 愛す
 もう戻らない。自分のせいなのに勝手に手を離して勝手に傷ついて。なのに、いまさらなにを言っているんだろうね。でも、好きなんだ。そして空には変わらず月がある。


6 しょうもな
 からの、しょうもな。前の曲を自分で否定しているの?言葉をひっくり返してつなげて、いつだって言葉の可能性を教えてくれる尾崎世界観が、言葉に追いつかれないスピードでどこに行こうと言うのだろう。空にあるのが月だろうがお星様だろうが、ずっとその言葉を音を届けてほしい。受け取るから。足の下にあるものを踏みしめて、何もかも振り切って、違うところに行きたい。その音のスピードで連れて行ってよ、というか勝手に行ってしまうね。あなたの言葉を全部ほしいから。


7 一生に一度愛してるよ
 とてもかわいい。にぎやかでとてもかわいい。なのに見透かされている。初めて好きになったときの気持ちが今も忘れられない。最初に好きだと思った気持ちはずっと超えられないのかな。でも同じだけ時間がたって同じだけ年をとって、今だから分かる気持ちがある。ドキドキしたりしなかったり、安心できるから。ずっと好きよ。多分ずっと愛してる。


8 ニガツノナミダ
 勢いが過ぎてとてもかわいい。これはもう取り戻すことのできないあのかわいさ。あのかわいい女の子の出るCMのために作られた歌だから。言われたとおりにちゃんとできました。でもほんとのところはそうじゃない。ここまで、としばられたその後はもうこっちのもんだ。なのに結局他人に見てもらうことでしか輪郭を保てない。それじゃだめ?ううん。それでいいんだよ。がたがたうるさくしないで。ここはここがいい。だから好きなんだ。
 

9 ナイトオンザプラネット
 しがみついていたものもいつか溶かして、時々忘れる。だって生きていかなくちゃいけないから。もう随分と年をとって、大切なものは変わってしまった。そんなにドラマチックな恋愛をしていたわけじゃないし、人様に胸を張れた人生を送ってはきていないけれど、それでもちょっと思い出して、ちょっとだけ苦しくなる時間もある。じきに朝が来て、ごはんを食べさせて食べて、夜に少しだけ自分の時間をもらう。エレピの音がふわふわと心地よくて、今だけは夜の間を漂っていいよと言われているようです。最後の尾崎さんの語りに、胸を掻きむしられる。

10 しらす
 「しらすのお目目は天の川」と聴いてから、しらすを食べると確かにお目目は天の川だ。食べて命を引き受けたからには、進まなくてはならない。そう、生きていかなくてはいけない。ものを食べて物音立てて、ずっとずっと生きていかなくてはいけないよ。生きるということを引き受けて覚悟をもって死ぬまで生きる、と歌った歌がクリープハイプに今まであっただろうか。食べて眠れる当たり前にありがとうと言って、明日も生きるよ、時々は休んで。この道の先が天の川であるのなら、生きて死ぬのもこわくないかもしれないよ。童謡のような祭囃子のような、魂の根源に響いてくる音がずっと聴こえてる。

11 なんか出てきちゃってる
 ギターの小川幸慈さんの作曲。浮遊してずっとループするような、不穏な感じが心地いい。あぁもういいや、と思った途端に目を覚まさせられる。いくよ、と言われるたびに体の奥のほうがじんじんしませんか。

12 キケンナアソビ
 安アパートの部屋の中から見た夕日が真っ赤に燃えている。それでもいいから愛してほしい。愛さなくてもいいから求めてほしい、今だけでも。知ってるよ、分かってるから。バンドの楽器の音だけでこんな景色が見えるなんて、すごいなぁと思うよ、本当に。


13 モノマネ
 音はとても明るいのに、やっぱり悲しい。やっぱり今更。確かに幸せだったのに、全然分かっていなかった。モノマネだったと気づいたのも、失くしてしまってからだった。


14 幽霊失格
 絶対に泣いてしまう。どうしてだか分らないけれど、初めて聴いたときから涙が出てしまう。琴線というのだろう、そこに触れるギターの音、ベースの音、ドラムのビート。思いが幽霊の形をとって、顔色や熱さやおよそ幽霊とはかけ離れた感覚をまとっていく。食べていたり用を足したり、幽霊なのに肉体の感覚がつきまとう。思いはずっと生きている。だからここにいてね、ずっと恨んでていいから。そして終わらない終わり。きっとそこにいつまでもいてくれるんだね。

15 こんなに悲しいのに腹が鳴る
 腹が鳴る。生きている。もう忘れたり知らないふりしたりしては生きていられない。だってもうここまで来たからね。こんなになっても何か食べたい、生きていきたいんだよね。ここまで来たから分かったよ。クリープハイプの音楽には、今を生きている感覚がずっとあった(ように思う)。だから仕事を休んだり、札束三枚数えたり、年下の女でいたかったりしたのだろう。時間を経て、それでも腹が減ること、食べたいと思い生きたいと思うことを肯定する、そうやって寄り添ってきてくれたんだと、最後になって思う。上手くいかないし、逃げられやしないし下手くそに生きてきたよな。でもかっこよく終われやしないし明日も来る。だから食べて生きるんだ、死ぬまで生きるんだ。なんて有り難いことだろう。シンプルな楽器の音が、すぐそばにいてくれる。だからまた最初に戻ろうか、また繰り返そうか。


 このアルバムはとても生きている。食べて寝て風呂に入って排泄して、熱かったり寒かったり、口に含んで味わってみたり、とても生々しい。体が生きている。こんなにも五感に訴えかけてくる言葉が紡がれている。それなのに言葉を信用しすぎない、そうやって突っぱねる。どんなに苦しくても腹は減るけれど、そばにいてくれたら腹がふくれる。それを分かるくらいに生きてきたから、また生きてみようかななんて思わなくても生きていく。あぁ、じっくり聴いてもまだ足りない。もっと聴かせて。
 しかし、聴く前からほとんど知っている曲だったなんてアルバム、今までなかった。これも禍ゆえなのかな。じゃあそれもよかったなんて思わないけれど、その時間だったから見えたものも、確かにあったんだ。

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