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納豆あれこれ

 わが家の冷蔵庫の常備品の一つに納豆があり、そこには、なつかしさとせつなさの混ざりあった思い出が寄り添っている。
 
 ぼくが丹波の山間の施設にいたころ、養護学校時代からのつき合いだったYくんがおもしろいことを言いはじめた。
 藁で巻いた大豆をホームこたつで三~四日温めると、おいしい手づくり納豆になるということだった。

 施設のまわりの稲刈りが終わり、そこここに藁塚が組まれる時期になった。
 Yくんはスタッフにお願いして、ご近所さんから藁束をいただき、空き個室を借りて納豆づくりを始めた。
 狭いスペースだったので、実際にその行程を確かめることができなかった。
 でも、無口でひとりが似合う彼が畳にトンビ座りして、手足のムダな動きを抑えながら、背中をまるめて取り組んでいる姿は、すぐに想像できた。

 ある午後、「ちょっと味見せえへんか?」と声をかけられたので、通りがかったスタッフさんにお願いして、ひと口いただいた。思いのほか、クセがなくて食べやすかった。
 そういえば、彼は食べ物の話になると「世の中にヘシコほど旨いもんはないで。お茶漬けは最高や」と、言っていた。
 納豆も、ヘシコも、地味で、努力家で、それでも個性派だった彼によく似合う一品のように思う。

 Kくんとは、行きつけのコミュニティー喫茶で知りあった。共通のミュージシャンのファンだったことがきっかけで、その後、ぼくが関わっていた作業所で働いてもらったり、介護に入ってもらったり、とてもお世話になった。

 彼がわが家の冷蔵庫を覗いて、首がフューと伸びていくような好奇心をそそることを言った。
「納豆って、賞味期限が切れたほうが旨いんやで。知ってるかぁ?」
 それから、たまにわざと放置しておくようになった。

 この間、博学のヘルパーさんに訊ねると「ちょっと意味がわからんなぁ…」とのこと。

 ぼくは漠然とした表現だけれど、味に深みが加わる気がする。

 二人とも、若くして逝ってしまった。

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