ifの世界
軽い。
朝、目が覚めるとこれまでにない感覚があった。
もし今が朝の5時、今日は息子のお弁当日だとして、
奥さんがいつもよりちょっと早起きしてお弁当を作ってくれている。
「おはよう」と声をかけたいと思い、そうした。
朝早くから大変だなと思い、
「朝早くからお弁当を作ってくれてありがとう」と伝えた。
子どもの喜んでいる顔が目に浮かび、
「○○が楽しみにしているからきっと喜ぶよ」と、もしその時の自分がそう思ったとしてそう伝えると
居心地のいい自分でいた。
思考と心と体が伴って整い概ね一致している。
思考は心で、心が思考であり体でもあるような。
引っかかりがなく、あるがままの自分の状態がどういう状態であるのか
客観的に確かめられたり、理解できるとスッキリとした形で感じられる。
奥さんには奥さんの思っている事があり、私の思っている事と同じであることを別に求めていないでいるのと似た、
こだわりのない自分でいる。
この感情の軽さは、
自分という容器に入った60パーセントの水が、静かにただ横たわっている感じ。
水が波のように揺れて、外の容器が結果振られて安定を保つのに力が必要な状態でなく、心も思考も容器も楽な状態で余分な力を必要としていない。
試しに体を動かしても容器の体の形に合わせ水が静かにある状態。
その状態があまりにも気持ちが良くて、もうずっとこのままでありたいと思う感覚を知った。
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