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『シン・仮面ライダー』と「人間」の問題

庵野秀明監督の『シン・仮面ライダー』について書く。知っている人も多いと思うが、僕は「仮面ライダー」シリーズの大ファンだ。映像作品としてはともかく登場するキャラクターの造形としては50年前に放映された初代『仮面ライダー』の、特に初期(旧1号編〜2号編の初期)あたりのものが至高だと考えている。なかでも仮面ライダー旧1号は現時点の世界でもっとも美しい存在ではないかと思うくらいだ。僕の私生活の何割かは確実に仮面ライダーのグッズ、特にフィギュアの収集と撮影とメンテナンスに費やされていて、同世代のなかではなかなかのレベルのコレクターではないかと思っている。

僕はそういう人間なので、前提としてこの『シン・仮面ライダー』については「生まれてきてくれて、ありがとう」的な感情を抱いている。徹底的にこだわり抜かれた仮面ライダーのリニューアルデザインは、発表当初こそベルトやコンバーターラングのメカニカルな意匠に違和感を覚えていたが、徐々にその味わいが理解できてきて、いまは素晴らしいデザインだと思っている。既にムービーモンスターシリーズとフィギュアーツとプラモデルは購入済みで、特にフィギュアーツの完成度についてはかなり満足している。いまは、月末発売の一番くじの購入シミュレーションを詰めている。

仮面ライダーチップスのカードのコンプリートについては……と、延々と僕のコレクション状況について解説していても仕方ないので、本題に入る。何が言いたいのかというと僕はこれくらいこの映画が制作されたことに感謝している。しかしひとりの批評家としては、この映画の達成をしっかり位置づけるその一方で、問題点についてもきちんと言及せざるを得ない、ということだ。

いま「批評」は一部の人たちに目の敵にされている。しかしある知的な営みを自分が気に食わないから、知的なコンプレックスを刺激するからといった卑しさから否定するのは、あまりに貧しい行為だと思う。「みんな」である作品を神輿に担いで楽しくなるという行為は今日の情報環境下におけるコミュニケーションの快楽の貪り方としては主流なのだろうが、僕はあくまで人間同士ではなく、人間と事物(作品)とのコミュニケーションを楽しみたいと考えている。これはそういう人のための文章だ。僕は批評「も」ある世界のほうが豊かだと考えている。

ロードムービーと「お友だち仕事」

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