「遅いインターネット」はじめました
■「遅いインターネット」がやってくる
今日から、僕たちPLANETSのあたらしいウェブマガジンがはじまる。
テーマは「遅い」インターネットだ。
僕は2年くらい前から「遅いインターネット」というキーワードを提示して、情報ネットワークとの付き合い方を考えなおす運動のようなことをこつこつとやって来た。そのとりあえずの成果が、このあたらしいウェブマガジンと昨年末からはじめた連動するワークショップだ。そして週末にはウェブマガジンのオープン合わせて同名の本(NewsPicks BooK『遅いインターネット』)を出版する。
このウェブマガジンはタイムラインの潮目を読んで、瞬間最大風速を強くすることだけを考えがちな今日のインターネットメディアとは距離を置いて、5年、10年と読み継がれる記事をグーグルの検索に引っかかりやすいところにおいておく、という一種の「ネットサーフィン復権運動」だ。
そしてワークショップのほうは、僕がこれまで培ってきたインディペンデントな「発信」のノウハウを読者に共有することを目的としている。そうすることでSNSのコメント欄や、ソーシャルブックマークで散見される揚げ足取り的で、後出しジャンケン的な質の低い投稿とは一線を画した発信の能力を身につけることを目的としている。
そして出版される僕の本は、このプロジェクト(「遅いインターネット計画」)を考え、進行する絵で考えたことをまとめた一種のマニフェストだ。民主主義のこと、情報技術のこと、そしてモノの消費や物語表現の受容のこと、たくさんの議論を総合したメッセージだ。大袈裟に言うと、この2年間くらい僕がやって来たことが、この2月の後半から3月にかけて一気にかたちになるので、ちょっと落ち着かなくなっている。今日のウェブマガジンのオープンは、そのはじまりで、そしてたぶん3つのプロジェクトの中でも、いちばん大事なものになると思っている。
■午後4時くらいの距離感で
オープン初日には、3つの記事を揃えた。
一つは、僕がこの「遅いインターネット」というテーマを掲げたあたらしいウェブマガジンのコンセプトについて改めて書いた文章だ。
理論的なことは、本にうんざりするくらい書いたのでここではもっと読んでくれる人に、このメディアで僕が伝えたい「距離感」や「進入角度」を伝えようと思って、数年前に仲間たちと鎌倉にいったときの話を書いた。「鎌倉」というのは(東京に住んでいる僕にとっては)ふと思い立って日帰りで出かけられるちょっとした、日常の中の非日常の象徴で、実際に気分が滅入ったときや頭を切り替えたいときにふと出かける場所だったりする。そして、このとき出かけた「仲間」たちといとうのが、今思い出してもちょっと変わった面子で、一言でいうと僕以外とはまったく知り合いでもなんでもない面子が10人程度(インターネットを通じて)集まっていたのだ。僕がこの「遅い」インターネットで表現したいのは、こうしてふと出かける「鎌倉」くらいの距離感と、この日のメンバーがそうだったようなてんでばらばらの人たちが程よくかかわる進入角度のようなものなのだ。それが伝わるといいなと思って、鎌倉の話を書くことにした。
2つめは西野亮廣さんとの対談記事だ。彼と知り合ったのはもう10年も前のことになる。あの頃は僕も彼も、「このままじゃいけない」と直感していたけれど、具体的にどうすればいいかまではまだ見えていなかったと思う。あれから10年経って、気がつけばふたりとも、既存のシステムからは距離をおいてその外側で自分たちのやり方を試行錯誤するようになっていた。だから僕はこのウェブマガジンの最初の記事を西野さんとの対談にした。
そして、ちょっと告白すると、前述の記事で鎌倉のことを書いたのは、この対談で西野さんが話したことがふと頭をよぎったからだ。対談で西野さんはこんなことを言っていた。「爪や髪の毛のように、あるいはトイレのように。午後4時くらいの距離感で」ーー詳しいことは記事を読んでほしいのだけれど、これは彼の世の中に対するそれこそ「距離感と進入角度」を表現した言葉だ。
僕はどちらかといえばこれまで、深く深呼吸して、しっかり準備運動をしてそして一気に走り抜けるようなアプローチをとってきたのだけど、「それだけ」ではダメだと思ったからこんなことをはじめたところがある。そんな僕に対して、西野さんは爪や髪の毛のように、しばらく放っておいたら「あれ、伸びたかな」と気になるようなものとか、トイレのように普段は気にしないけれど絶対に必要なものとか、午後4時のように一日の折返しは過ぎているけれど諦めるにはまだ早い時間とか、そういったものたちのもつ「距離感」や「進入角度」もいいんじゃないかと提案してくれたのだ。僕はあの日、西野さんと話し込んで、この言葉にたどり着いたとき「遅いインターネット」は「できた」と思ったし、そして彼のことを(改めてこういうことを言うのはとても恥ずかしいけれど)なんて心強い、そして気持ちのいい仲間だなと思ったのだ。
そして3つ目は僕がこの計画を思いついたころに家入一真さんと話した対談だ。僕と家入さんは同い年で、そしてお互いそれぞれのやり方でインターネットで、というかインターネットという武器を使って世の中を変えていこうと試行錯誤してきた。僕はいま「遅い」インターネットという、一見矛盾するようなコンセプトを掲げている。そのなかで、革袋(仕組み)ではなく中に注ぐ酒(メッセージ)が重要だと何度も繰り返しているので、インターネットという道具に否定的なように見られているかもしれない。しかしそれは誤解で、僕はそれでもあたらしい酒にはあたらしい革袋が必要で、あたらしい革袋を手に入れることで、これまでは届けられなかったタイプの酒をこれまでは届けられなかった場所に届けることができると信じているのだ。でもいまのインターネットはどちらかと言うと古いタイプのお酒を、それもいちばん届けてはいけない場所に届けてしまいがちな使われ方をしている。それをもうちょっとどうにかしたい、ということを僕は酒の、家入さんは革袋の側から考えているのだ。
■これからのこと
初日なので、今後のことも少し書いておきたい。いまはまだ殺風景だけれど、このウェブマガジンは週に2回から3回かの更新を考えているので、すぐににぎやかになると思う。やりたいことはたくさんある。このウェブマガジンはいまのところ、PLANETSCLUB(僕の「発信する」スキルを共有するワークショップなどを行っているコミュニティ)の収益を一部充てて運営していて、将来的にも閲覧数を換金するタイプの広告を入れるつもりはない(資金が足りなくなりそうだったらクラウドファンディングをするつもり)。なので、これまでやりたかったけれど商業的に断念してきた企画をどんどんやっていこうと思っている。ちょっと古い本を、変わった角度から読み返すようなこともしてみたいし、いまのブログ文化の基準からするとちょっと長すぎるエッセイの類もたくさん載せていきたい。PLANETS本誌のような作り込んだ特集記事をウェブの無料公開で挑戦してみたいし、小説も載せてみたい。僕も、ときどきまとまった文章をここで公開するつもりだ。
あと、いまのインターネットはちょっと「ひと」にフォーカスしすぎているように思えるので、徐々に「モノ」や「コト」や「場所」にフォーカスした記事を作っていくつもりだ。昼休みとか、帰宅の電車の中でだらだらと眺めて、それでいてしっかり実のある記事を、それこそ「爪や髪の毛のように」「あるいはトイレのように」「午後4時くらいの距離感で」出せたらいいと思っている。きっと楽しい場所になると思うので、マメにチェックして欲しい。
僕と僕のメディア「PLANETS」は読者のみなさんの直接的なサポートで支えられています。このノートもそのうちの一つです。面白かったなと思ってくれた分だけサポートしてもらえるとより長く、続けられるしそれ以上にちゃんと読者に届いているんだなと思えて、なんというかやる気がでます。