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ウェルカム トゥー 居酒屋

以前、居酒屋で飲んでいた時の出来事。
そのお店はコの字のカウンターしかないタイプで、家族で切り盛りしていてる。マスターや息子さん達がとても元気なお店だ。
とにかくお客さんに色々声をかけているマスターや息子さん達。私はその雰囲気が好きで数年前から通うようになり、マスターに名前を覚えてもらえるようになっていた。同じようにそんなお店に惹かれて常連になるお客さんも多く、見ず知らずのお客同士、声をかけたりするなんだかとてもあたたかいお店である。


そんななか、ある日一人で飲んでいると、二人お客が入って来た。たまたま空いていた私のとなりに座った二人。40代ぐらいの男性と、少年だった。なんだか少し緊張しているように思えた。
マスターが「久しぶりだな!息子も連れてきたか!」と笑顔で言っているの聞いて、この方も常連さんで最近は来られてなかった様子。
「仕事が忙しくてね、すいません、なかなかこれなくて」と返す男性。
見た目の予想通り親子で来られたようで。私はすでに程よく酔っていたのもあり、遠慮せずその会話に聞き耳を立てていた。
(実際、みんな周りは大声で話してる酔っぱらいばかりなので聞き耳どころかいやでも聞こえちゃう状態なんですが)
話の流れを聞いていると、どうやら、今日は一緒にきた息子がキックボクシングを習いたいと言い出したらしく、今日がその体験入学の日だったとの事。その帰り、父親がよく通っていた居酒屋が近くあるから、寄ってご飯を食べて帰ろうという事になったらしい。
息子はファミレスとかが良かったらしいが、父親が強引にこの居酒屋にすると言って決められたようで少し不満そうにしていた。息子は中学一年生。たぶん反抗期に入りつつあるのであろう。
そんな息子の目が、「なんだこの酔っぱらいばかりのうるさい店は」的な私を含め顔を赤くして大声で話している大人達に少し偏見にみているようにも思えた。
私はそんな彼を見ながら自分が中学の頃、反抗期で多感な時期を思い出していた。
あの頃は父親とはもちろん、母親とでは特に一緒に出かけるのが嫌だったなと。


今回、息子がキックボクシングをやりたいと言った時、どうやら母親はすぐに反対をしたらしい。けれど父親は、自分も息子の年頃のころ格闘技をやりたかったけれど、同じように両親に反対されたそうで、結果やれなかった。それが今でも後悔が残っている、だから息子には、興味があるならやらせてあげたいと。それで今日は反対する母を押し切り男二人で出かけて、その体験入学をしてきたらしい。


そんな話を聞いたマスターが息子に「父ちゃん、理解あって良かったな」っと言った。
そうすると、小さくコクっとうなずいてた。隣にいた父親はちょっとその息子の反応に驚くような、でもすこし照れ笑いするよに「本当に思ってんのか?」と二杯目の生中をゴクゴクと飲んでいた。
マスターはそのまま息子に話しけていた。ここが本当にすごいところなんだが、マスターはどんな年代の人でも話で人を和ませる力がある。
息子もマスターから色々出されるメニューを美味しそうに食べて大分、緊張している感じがなくなっていた。

自分も思わずそんな会話に参加したくなって、隣の父親に「息子さんと二人で居酒屋来るなんていいですね」と声をかけてみた。
父親はちょっと照れた感じで、「まだ少し早いですけどね。息子が酒が飲めるようになるのが楽しみです」とほんのり頬を赤くしながら言っていた。


そんな父親の姿を見ていた息子の顔が本当に印象的で今でもよく覚えている。
たぶん、いきなり知らない隣の客が話しかけて来たこと。そしてそれを自然に返している父親。なにより父親が自分といつかはお酒を一緒に飲むことが楽しみだと言っている事。彼にとってはいきなりつれてこられたお店で、目の前に起きていることが、瞬間的に情報量が多くてすこしポカーンとしていたけど、次第にうれしそうな顔をしていた。
私は息子にも「こんな父親がいるなんていいね」とふっと言ってしまった。
一瞬しまった!と思った。なんかめんどくさい酔っぱらいがとうとう自分にまで絡んできたと思われてしまうのではないかと。けれど息子は
少し小さい声で「はい、うれしいです」と。
その瞬間、今度は、息子の隣にいたおっちゃんが「あんちゃん、いいな」と息子の肩を叩いている。
驚いている感じだが、おっちゃんとニコニコしながら、ただただコクっとうなずいている。
そして店長が、「正直で素直なせがれじゃないか!いいな!はいこれサービス!」とアイスを出して上げる。

そんなタイミング良く出すかよ!?って思うが、正直、出していないと思う。  でも、これが酔っぱらいの都合の良い所で、私の記憶ではとてもタイミング良くマスターがアイスを出している事になっている。(実際アイスはちゃんと出している)

このなんとも言えない空間、瞬間がたまらなくいいなと思ってしまう。
映画のような、ドラマのような場面が本当にこうやって、一期一会で起きるのだなと。
私はそれほど飲みに行く方ではないが、こんなお店は本当になかなかないと思う。
一人で飲みに行って、たまたま隣りに座った客と話しして盛り上がるなんてないなって。
楽しいマスターがいる楽しい店で楽しい会話をして美味しいお酒を飲む。
これって、なにかのキャッチコピーじゃないけど本当にお金で買えるものではないなと思う。


息子はきっと居酒屋て面白い場所だなって思って帰ったと思う。
なんか、そんな、誰か、なんかの、心地がよい、いい思い出のちょっとした、  キッカケ・要因になっているかもと思うだけで面白いな、うれしいなって思ってしまう。

なかなか今はそんな感じで居酒屋に行けないけど、またそんな場面に出くわせたら良いなって思います。


あらためて自分の思っている事、言いたい事を文字にするってうまく出せなくて笑ってしまう。もっとうまく自分の考えているいる事、思っている事を、描き出せるように。また少しずつでも描いていこう。ありがとうございます。


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