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記憶

 


 スピッツというバンドに、ウサギのバイクという曲がある。彼らの歩みの中でも初期の尖っていたころにリリースされた曲で、歌詞の半分がスキャットでできている、変な曲だ。
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 ぼくがその曲をはじめて聴いたのは15の夏で、その時、乗っていた小田急線が、やけに強く揺れているように感じたのを憶えている。
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 ぼくはその曲をかなり気に入って、それからそればかりをループして聴いていた。そういうわけで、その曲を聴くと今でも、15歳のころのことを色々と思い出す。
 その中に、いつも決まってひとつ、変な記憶が混ざっている。ぼくは朝とても早く、地元の街を歩いていて、警察署の前を通る。するとそこからひとりの警官が出てくる。手にはB5サイズくらいのプラスチック・カードが入った透明なケースを抱えていて、彼はぼくを気にする素振りも見せず、警察署の駐車場の前にある「管内の交通事故」と書かれた掲示板の前に立つ。彼はケースから赤い文字で「3」と書かれたカードを取り出して、その掲示板の「昨日の死者」の欄を付け替える。
 それはおそらく、昨日、その警察署の管内で、交通事故のために人が何人死んだかということを示すプラスチック・カードを入れ替えるという、おそらくそこでは毎朝に行われているルーティーンワークらしかった。しかし、それをいつもと変わらずこなしていたのだろうその警官の、おそろしく淡々としたその顔つきを、ぼくは何年経っても忘れることができない。
 「ウサギのバイク」を聴いてこの記憶を思い出すとぼくは、その赤い数字にあらわされていた3人の、それぞれの顔や性格、葬式の様子などを想像しようとするが、それはひとつとして叶わない。代わりに脳内に浮かぶのは、あのプラスチック・カードのいやにザラザラとした質感だけだ。かれらの、確かにそこにあったはずの生は、赤い数字の書かれた板の下に、いつも隠蔽されている。
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 それからもういちど、別のところで同じような景色を見た。その時の警官はどこか眠たげで、その眠たげな雰囲気が、かえってその行為を他ならぬ人間がしているのだという事実を、ありありと示しているようで、薄気味悪かった。ぼくはそのことを、ずっと覚えている。




 




 ということで、こんな感じで毎週エッセイを書きます。ただ書くだけじゃ味気ないので、その週いちばん聴いた曲でも載せておきますね。

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